エフィロス王国 8
姫様と呼ばれていたことから、いいとこの出だと思ってはいたのだが、本物のお姫様だとは思っていなかった。
というより、継承権第十六位って……国王、かなり頑張ったな。
「あ、ちなみに、妹達が六人いるから、兄姉弟妹全員合わせると、二十二人居るね!」
普通の人間ならば、驚くところだろうが、フィルは思考がちょっと普通の人間から離れている。
――いいな、私もシャイトとの間にそれくらい欲しい。
ちょっと考えれば、妾が沢山いて、腹違いの兄弟も含まれていることに気付くだろうが、今のフィルにそこまでの判断能力を求めるのは少々酷だろう。
「それで、貴方の名前は?」
目の前のミリヤ・フォン・アレイス・エフィロスに聞かれて、フィルはどこかに飛んでいっていた意識を取り戻し、慌てて答える。
「フィ、フィルです。フィリル・アーカイド。気軽にフィルって呼んでください」
「フィルね了解!けど、敬語はやめにしてね。やりづらすぎる。あ、あと、私のことはミリヤでもミリでもなんでもいいよ」
「じゃあ、ミリちゃんで」
「なんか、いざこういう風に対面して言われると恥ずかしいね」
フィルの対面に座るミリヤは顔を赤らめさせ、モジモジと体を動かしてそっぽを向く。
女であるフィルも、そんな仕草をされてしまってはこちらも恥ずかしくなってくるものだ。
そんな状態で何も喋らない時間が続くが、この無音の空間は……心地よくないとても嫌なものだ。
なので、フィルとミリヤはこの空気を打開するべく口を開け、喋り出そうとするが、
「「ねぇ」」
それもそうなる。二人が同時に喋り出そうとすればこうなるのは間違いない。
このラブコメみたいな展開はハラハラドキドキなのだろうが、残念ながら二人とも同性だ。もし、二人にレズっ気があったのならどうなっていたのか分からないが……。
「あ、じゃあ、ミリちゃん先いいよ」
「いやいや、フィルが先でいいよ」
またしても、なんとも言えないとても居づらい空間が形成される。
そんな時、救世主が現れた!
「パパァァァァァァ………」
葵の声だった。
次第に聞こえなくなっていったことから、走り出していったことがわかる。
この短期間離れただけで呼び方がパパに変わってしまうとは……重度のファザーコンプレックスである。いや、ファザコンで片付けていいものなのかわからなくなってくる。
「パパ?」
その呼び方に疑問を持ったミリヤが、独り言をつぶやく。
その独り言を素早く聞き取ったフィルは、即座にその疑問に対する答えを出す。
「たまにシャイトのことを“パパ”って言うんですよ」
「でも、シャイトさんはまだそんな年齢じゃないよね?」
当然の疑問である。
「別の世界での子供らしいよ」
「べ、別の世界? 文献にたまに乗っている“異世界”というもの?」
「多分……その解釈で間違ってないと、思う」
正直この世界の文献は信用に値しない。
誇張や嘘も多分に含まれているため、そのまま信じてしまうとかなりの恥となるのだ。
しかも、その文献にたまにしか載っていない“異世界”という別の世界は本当にあるのかどうかすら怪しい。
というのが、フィルの見識だ。
だが、シャイトの“異世界から来た”という言葉を信じていないわけではない。
矛盾しているが、人の認識をすぐさま変えることは難しい。
しょうがないだろう。
「あ、レミルだ」
ミリヤが呟く。
その言葉につられて馬車の窓から外を見ると、背中に深青を乗せた大きな狐と、背中にレミルと呼ばれた騎士を乗せたシロがちょうど帰ってきたところだった。
「あ、あれ?シャイトは?」
フィルは急激に不安に襲われる。
窓から外の様子をいくら見渡してもシャイトの姿が見つからないためだ。
最後に残された家族。そして、意中の相手。この二つが相乗効果となってフィルの不安を掻き立てるが、その不安を嘲笑うかのように外にいた見慣れない大きな狐がシャイトに変化した。
フィルは顎の骨が外れそうになる。
三大英雄の『妖狐』ということで、狐の獣人になれることは知っていたのだが、流石にここまでは想像していなかった。
そして、この世界にはあんな巨大な狐の化け物は存在しない。
――いや、いる。
いつの時代かは分からないが、神話として残されていた気がする。
しかし、それはあくまでも気がするで、 それが本当のことなのかも分からないし、第一、シャイトがあんなことするはずが無いと思うが、思うのだが………感情が何か違うと訴える。
――そんな些細なことどうでもいい。今は、無事に帰って来てくれたことに感謝しなくちゃ。
神話として受け継がれて来たことを“些細な事”“どうでもいい”と流せるのは、神経が図太いのか、バカでアホのどちらかだろう。
それでも、そんな思考に持っていけるフィルは年齢の割には出来ている娘である。
フィルとミリヤは馬車の窓とは反対側に位置するドアを開け、外に出る。
もう既に空は白み始め、草原の彼方に位置する地平線からは太陽が頭を出している。
光の屈折によって夕陽のようにも見える太陽は、どこか焦っていた気持ちを落ち着かせた。
太陽というものは人の心を落ち着かせる効果があると、フィルにしみじみと思わせる。
☆
『何かあったか?』
「特に何も無かったよ!」
シャイトがそう聞くと、葵がそう答えた。
今のシャイトは狐(九尾)の姿だが、葵は驚いた表情を見せない。
それを疑問に思った深青は、シャイトの背中から降りながら葵に問うと、
「パパだし?なんでもありなのかな……と」
随分と便利な言葉を持っている。
深青は自分の辞書にその言葉を書き記しながらフィルの姿を探すが、近くには朝日を受けて装飾が煌びやかに反射する馬車しかない。
あとは、そばに寝転がっているクロだけだ。
「フィルはあの中?」
深青は視線だけあの馬車に向けて葵に問うと、頷きが帰ってきた。
その間シャイトはというと、人間の姿に戻っていた。どうやってやっているのか分からないが、あの早着替え術も人間技では無い。
そんな時、馬車の方から“ガチャリ”というドアが開く音が鳴り、中から人二人分の足音が降りてくる。
フィルとレミルが姫様と呼んでいる者だろうか?
どうやらその予想は合っていたようで、見目麗しいエルフの少女と、それに負けず劣らずの美貌を持ったフィルが馬車の陰から姿をあらわす。
そのうち一人はシャイトに飛びつき、もう片方は淑女然とした歩みでこちらに近づいてくる。
その後ろには、護衛と思わしき御者をしていた人物が付き添っている。
「お初にお目にかかります。私、ミリヤ・フォン・アレイス・エフィロスと申します。お気軽にミリヤとお呼びください」
そう言い終えると、恭しく頭を下げる。
護衛の者も、自己紹介をした後に頭を下げた。
王族だというのに、それを鼻にかけないこの態度………好感が持てる。と、深青は思った。
そして、“あなたのお名前は?”と目線で問われられているのに気付いて、慌てて姿勢と服の皺を伸ばしてからそれに答える。
「深青と言います。家名はありませんので、こちらも気軽に深青とお呼びください」
王族ということで敬語を使ってみたものの、少々苦笑いを浮かべていることから、もっとラフな感じのが好みだったことが見える。
なので、
「よろしくね、ミリヤ」
そう言って手を出すと、嬉しそうに顔を輝かせたあと、不思議そうな顔をする。
握手を求めるサインだったのだが、この世界では通じないようだ。
「握手、私の国に伝わる友好の証みたいなものだよ」
「そうなのですか、こちらこそよろしくお願いしますしますね。深青さん」
「深青でいいって」
「わかりました。ところで、深青はどこの国の出身なのですか?」
「国の名前はわからないんだよね……自分が生まれ育った場所ということしかわからない」
深青は思い出しながら、薄暗い実験室を思い浮かべる。
培養器がいくつも並び――
そこまで考えたところで、思考を振り払った。
深青はそれに、と続ける。
「それに、敬語やめようって。レミルとかフィルと同じように接してくれて構わないから」
「そうですか……いや、そうだね。これからそうするよ」
そう言って、やっと手と手を握り合い、握手した。
「それで、三大英雄の『妖狐』さんはどこに?」
先程まで近くにいたシャイトの姿が見えなくなっていた。
シャイトだけでは無い、葵とフィルもだ。
その惨状に一人だけポツンと座り込み、シロの遊び相手をしていたレミルが苦笑いを浮かべながら言った。
「サイクロプスの群れが居たとかで、ちょっと狩に行っちゃったよ」
深青はさほど驚いていないように見えるが、その対面に立っているミリヤは違った。
「サイクロプスの群れ!?すぐにお父様に連絡して騎士団を動かしてもらわなくちゃっ!」
切羽詰まったように言うが、周りにいる人間はそこまでの危機感を覚えていないようだ。
それは後ろに立っている護衛の騎士も同じであった。
「姫様、大丈夫ですよ。師匠と七剣人、七魔人に相当する人が二人も行っているんですから……そんな三人が負ける相手とかなると私たちでは手に負えません」
言外に私達は必要ないし、そんな心配するだけ無駄だとも言ってくる。
ミリヤの感覚だとサイクロプスはB級指定の魔物で、それが群れを成すとA級指定になるとっても危険な魔物なのだ。
それこそ、三大英雄とかならまだしも、一個人でどうにか出来るレベルを超えている。
――ん?三大英雄?
「そういえば三大英雄が居たんだった」
今気付いたかのように口にする。
先程も自身の口で言葉にしていたと思うのだが……深青は超若年性アルツハイマーなのではないかと本気で心配し始める。
「ごめんなさい、ちょっと取り乱しちゃって」
「いつもの事ですよ」
そのレミルの言葉を聞いたミリヤは、胸を抑える。
「ど、どうしたのですか!?」
レミルはその様子を見てミリヤに飛びつく。
本気でミリヤが胸を抑える理由がわからないようだ。
後ろに控える護衛は深くため息をつき「貴方のせいですよ」と言いながらレミルの脳天を軽く小突いた。
そんな少しだけ緩んだ空気が流れているところに、地響きのような音が混ざり始める。
それは次第に大きくなっていき、ここから数百メートル先の森の木々が薙ぎ倒されていくところが目に入った。
ここは森の近くのちょっと盛り上がった丘のような場所のため、森全体を俯瞰できる位置にある。そのため、木々が薙ぎ倒されていくのがよく目に入って来て、更に緑の巨人と、少量の赤色の巨人が見える。
「赤5の緑25か………やばくね?」
レミルが青くした顔をこちらに向けてくる。
深青はどう反応したらいいのかわからないのだ。正直、サイクロプスの力量がわからないためやばいのかやばくないのかわからない。
しかし、レミルがそう言っているのだから多分やばいのだろう。
「逃げる?」
不思議と誰も口にしなかった言葉を深青が口にすると、青を通り越して白くなりつつある顔をキッと引き締め、ミリヤは首を横に振る。
「サイクロプスの進行方向には、私たちの国があります。このまま逃げて仕舞えば情報が行かずにサイクロプスに街が蹂躙されるだけ……そんなの見過ごせません」
やはり、好感が持てる人物だ。
深青は、サイクロプスの周りを走り回り、攻めあぐねているシャイト他二人の計三人に声をかける。
「シャイト! ミリヤ――姫様の許可が下りたから、派手にぶっ殺せしてもいいよ!!!!そして、どうしてそんなに攻めあぐねているの!!!?」
なんの魔法又は魔術を使ったのかわからないが、拡声器のように声を拡声した。
すると、シャイトからここにいる四人と二匹に思念が送られてきた。
『いや、ちょっとゲームをしてたんだよね。それより、派手にってどれくらい?』
「どうでもいいです!!とにかく殺してください!!!」
ミリヤが叫ぶと、それが伝わったのか、了解の意が帰って来た。
と言うか、可愛い顔に反して殺せと言う。深青はこの世界の人々はみんなこんなものなのかと疑問に思いながらサイクロプスの群れを見下げた。




