エフィロス王国 4
引っこ抜くと同時に、深青は掌に少しだけ切り傷を入れて、血を流す。
叢雲の能力を使うには必要なことと割り切っていても、自分の肌を傷つけるのは恋する乙女としてどうかと思う自分がいるが、勤めてそれを無視し、目の前のキメラ二匹に意識を集中させる。
ふと、シャイトの方を見てみれば、既にキメラとの戦闘に移っており、少しだけ寂しい気持ちになるが、頭を振ってその考えを吹き飛ばした。
自分のこの気持ちを認めると、幾分か楽になるが、意中の相手への意識が高い確率で移るのは……ちょっとばかしいただけない。
恋とは、不必要だと思うが、かかってしまう病気なのである。
そんな結論に至った深青は、感情を殺し始める。 深青にとって感情を殺すことなど簡単だ。なにせ、元々は感情が無かった模造天使なのだから当然とも言える。
この間、数分ほどあったのだが、深青から湧き出る威圧に気おされたのか、攻撃を仕掛けて来なかったキメラ二匹であったが、その行動が正しかったのか、正しく無かったのかは、不明だ。
そして、完全に殺人人形と化した深青が出来上がった。
☆
レミルは思う。
あんな化け物二人が居れば、私なんか要らなかったのではないのかと……。
そんな思考に耽りながら、巨熊の爪を紙一重で回避していると、予備動作も何もない闇魔法が飛んできた。
すぐに術式を読み取り、迎撃しようとするが、精神干渉系魔法の“触れたものに対する精神の操作”という能力だと言うことがわかり、おもいっきり背後に跳んで回避する。
結構無理な体勢で回避した為に、体勢を崩すと、それを好機と見た巨熊が大振りな一撃必殺を狙った攻撃を仕掛けて来る。
普通の剣士はここで死を覚悟するが、レミルはそんな柔な存在ではない。
素早く魔力で身体強化を施し、体勢を立て直す。が、巨熊の爪は眼前まで迫っている。
あの爪を完全に防御できる程の防御力は今身につけている鎧にはないとなると、剣で防御するか、回避することしか出来ないのだが、今回避すると、また体勢を崩してしまい、同じ好機を相手に晒すことになる。また体勢を立て直せばいいと思うのだが、一回見せたものを次も行わせてくれるとは限らないし、行わせてくれたとしても、回避ばかりをしていたらループにはまるだけだ。
そう考えると、剣で防御した方が良いのだが、下手すると、剣が折れて使い物にならなくなり、死が待っている。
ここまで考えると、回避を選びそうなものなのだが……
レミルは雷を纏った剣を、爪が通ると思われる場所にかざした。
普通にかざすだけでは衝撃を吸収せずに、ダイレクトに衝撃が伝わって、最悪の場合は骨&剣が折れると言う事態になりかねない。
なので、剣を少しだけ傾けて、受けると言うよりかは、受け流すと言う選択をする。
ついに剣と爪がぶつかった。
ギャリギャリと火花と嫌な音を撒き散らしながら巨熊の爪が剣の腹を滑る。
成功した。
ニヤリと擬音語がつきそうな表情をすると、まだ滑りきっていない巨熊の爪を、合気道と剣道の合わせ技で跳ね返すと、巨熊の左胸に剣を突き立てた。
「キメラはこんなもんじゃ死なないよね……だから、こうする!!!!『焼き焦がせ』っ!」
最後に、一節詠唱で唱えられたのは、『インサイドファイア』と呼ばれる超初級魔法で、第一位階魔術と呼ばれる魔法の中でも魔術と呼ばれ、分類分けされるものだ。
普通の使用方法は、魚を火を使わずに一瞬で焼いたりするものなのだが、これを膨大な魔力と精密な魔力制御、術式の改変で強化を行うとどうなるか、それは、実に簡単なことで、目の前のようなことが起こる。
「グォォォオオオオッッ!!」
体の穴という穴から炎を出している熊がそこにおり、肉の焼ける香ばしい匂いが辺りに充満し始めていた。
生きている内に体を焼かれるというのはどれくらいの苦痛なのだろうか?というとても体験したくないようなことを考えながら、エクリプス型キメラが放ってくる魔法攻撃を熊の肉壁で防ぐ。
毒霧のような怪しい体にお似合いの闇魔法の『ダークボール』を巨熊型キメラで防ぎながら、トドメを刺す。
剣に纏わり付いている電撃に過剰な魔力を流し、電力をあげて、炎と電気で体内をこんがりと焼いて行き、数十秒もそんなことを続けていれば、熊は全身に込めていた力を脱力させて、完全に動かなくなった。
剣から伝わる心臓の鼓動も完全に止まっているが、安心は出来ない。相手はキメラ二体で、そのうち一体が闇魔法の使い手……ここまで考えれば次の手は読めるというものだ。
「『ファイア』!!!」
超高温の熱が熊を包み込み、発火。
熊の体から燃え上がる炎は、赤色、青色、白と変化して生き、数秒もかからないうちに、巨熊型キメラの死体は跡形もなく消え去った。
「魔法戦はあまり得意じゃないんだけど……やるしかないよねぇ」
物理攻撃に特化した剣を、腰の鞘に納め、レミルは魔力を身体中に巡回させ、魔力を練って行く。
☆
未だに罠に手こずっているケンタウロス型キメラの首に、シャイトが操る“羽張”が吸い込まれ、首と胴か永遠の別れを告げた。
案外、簡単に殺せたことに拍子抜けするが、今シャイトが使っている得物は伝説級の武器で神刀だ。
改めて“羽張”のチート能力を見せつけられ、戦場だというのに感心していると、目の端で動く気配がした。
むくりと起き上がったソレは、首から上がなく、筋骨隆々で、血管という血管から血が出ているのではないかと錯覚するほど血に濡れていた。
「死霊術……?」
一旦距離を取り、よく観察すると、うなじ辺りに法陣が刻んであるのがわかる。
油断なく辺りを見渡すが、術者のような人影は見当たらないし、天狐の能力に任せた探知能力にもそれらしき人物は引っかからない。
死霊術というのは一般的に自分を中心とした半径100メートルが効果範囲のはずで、そうなれば、探知に引っかからないはずがないと思うのだが………その時、異変が起きた。
死霊術で操られたと思われていたキメラの肉体が、突然に膨らんだり縮んだりと繰り返し、液状になったり固形状になったり、砂になったり筋肉になったりする。
魔法・魔術ではあり得ないような白い光、原型の変化、分解と再構築、そして改変。
これら四つのことを踏まえて考えると、これは死霊術ではない。死霊術は魔法・魔術に分類されるため、白く発行するはずがないし、肉体の改変なんて起こらない。精々が常に火事場の馬鹿力を発揮させることができるようなものだ。
それでは、これはなんだというのか……シャイトはその答えの持ち合わせが存在していた。
「錬金術……いや、あり得ない。 物体の再構築は理論上可能であっても魔法では再現できなかったは、ず……そうか! 魔法で無理ならば他のを試してみればいいということか……だから白い光なのか? でも、それだとどんなエネルギーを使ってるって言うんだ?」
シャイトは独り言のような呟きに、答えるものはいないと思っていたのだが、それを嘲笑うかのように、シャイトに声がかけられた。
「生命エネルギーだよ」
声のする方に顔を向ければ、そこには何人もの自分がいた。
「え……誰?」
当然の疑問がシャイトの口から発せられ、先程声を出した集団の一人が答えた。
「君だよ。僕たちはホムンクルスと呼ばれる存在で、何者にでも変わることが出来る能力を持っている」
また別の一人が喋り出す。
「だから、僕達は君で、君は僕達だ」
訳が分からないと、首を傾げると、また別の一人が喋り出す。
「所謂、クローンという存在だよ。精神まではコピー出来ないから、シャイト・アーカイド君の純粋な能力しか受け継いでないけど、勇者と魔法使いの息子というだけでかなり良いよ」
シャイトは、安堵の吐息を吐いた。
多分、最初に答えてもらった生命エネルギーというのは、自分の寿命を使って錬金術を扱っているということ。そして、ホムンクルスの奴らからしてみれば、生きようという意思がないので、寿命などどうでも良いのだろう。
また、クローンと言われた時は少しだけびびった。
もし、妖狐の能力までもコピーされてしまっていては、数の戦いになる。そうなると、現在とっても不利になるのだが、シャイト・アーカイドという人物だけをコピーしているのであれば、圧倒できる自信はある。
シャイトはその場から跳びのき、ホムンクルスとキメラの亡骸を正面の視界に納めるような立ち位置に移る。油断なく構える黒剣と羽張は、相変わらず自分を主張するかのように綺麗に反射していた。
「錬金術で何がしたいんだ?」
少し脱線していた話を戻し、一番シャイトが聞きたかったことを訪ねる。
普通ならば、ここは知らないふりをしたり、隠し通すのだが…………先程もそうだったが、何故か喋り出す。
「僕達はね……世界を変えようと思っているんだよ」
そこで、少し違和感を覚えた言葉を尋ね返す。
「僕達? 組織が動いているということか?」
これは完全にブラフだ。組織的に動いていることはとっくのとうに知っている。
では、何故このような質問をしたかというと、目の前にいるホムンクルスが本当は一体なのか、それとも、全てが本物なのかということを確かめたかったからである。
視覚的には複数人いるように見えるが、感覚的には一人しかいないように思えるのだ。
「……」
その質問をすると、黙り込んだ。
普通の思考を持っていたのならば、ありもしないことを言われたら即座に否定するものである。少し戸惑ってしまったり、黙り込んでしまったりすると、何かしら後ろめたいことがあるとか、図星だったりする場合が多く、人の感情というのは実に読み取りやすい。
「図星ってことは、お前ら……いや、お前と言ったほうがいいかな?」
突然、上空から鉛の弾が降り注ぎ、その内一体を除く全てのホムンクルスが脳天を撃ち抜かれ、一瞬陽炎のように体を歪ませると、空気に溶けるかのように消えていった。
「見事に嵌められたってことか……ははっ……少し面白くなってきたよ。僕はこれ以上いたら死ぬ気がするからここは一時退散。また会えることを楽しみにしているよ」
何かしらの力……生命エネルギーと呼んでいた力を体内に細かく巡回させると、その場から人間では考えられないようなスピードでこの場から立ち去っていった。
一方のシャイトは、追うことをしない。
今ここで追ったとしても、殺しきれるとは思えないし、それよりも早く殺さなければ被害が出るどころの話で収まらないような存在が出て来てしまった為、追うことが出来なかった。
そして、シャイトが追うこと止めざるを終えない状態にした元凶に、目を向ける。
そこには、パッと見でSSS級指定出来るほどの威圧と肉体を持った……とてもではないが、先程のキメラと同一の存在だとは思えないような……生き物、動物、魔物、魔獣、そのどれに属したらいいのかわからない、強いて言うなら悪魔とでも表現したらいいような……そんな化け物が、静かに佇んでいた。
☆
両手の爪を一旦引き戻し、シャイトから貸してもらった“叢雲”を握りしめる。
感情を殺したとは言っても、死ぬかもしれないと言うのは、生命の“長く生きる”というのを真っ向から反対しているものの為なのか、とても怖い。
感情を殺した故にか、他の感情があまり出てこない為、恐怖だけが心を支配する。
深青は、それでも自分がやらなければという一心で刀を持ち続ける。
「スー、ハー、スー、ハー」
何度目になるか分からない深呼吸をしてから、“叢雲”を正眼に構え、ある妖術の呪文を唱えた。
妖怪や怪異と呼ばれる存在は存在そのものが妖力と言ってもいいくらいに身体を妖力で固定しているが、そうでない人間は、妖術や陰陽術などを使う際、呪文が必要になってくる。例外なのは、とてつもないほど難易度が高いのだと、いくら妖怪といっても呪文が必要になってくる。これは、妖怪の力関係に比例しており、弱い妖怪や怪異ほど使える術が少なく、強い妖怪や怪異ほど使える術の幅が広い。例えばシャイトなどの超高位妖怪などは大体の妖術を呪文や詠唱などと呼ばれる言霊を吐かなくて良いのだが、『籠目籠目』などの伝説級の妖術は言霊が必要になってくる。
|話を戻そう(閑話休題)
「『我に力を貸し給え』」
深青が口にした呪文は、“叢雲”の能力を最大限に発揮するためのものだ。
簡単に説明すると、シャイトの力で封印されている本来の力を一時的に解き放つようなもの。術者、使用者が“叢雲”の能力のせいで命の危険に陥ると、能力にロックがかかると言う超優れものなのだが、ひとつだけ欠点がある。
戦闘中にそれが起きると、死に直結すると言うことだが、今ここで何だかんだいってもしょうがないので、考えないことにする。
深青が口にした呪文に応え、“叢雲”の能力が解放される。
“叢雲”から毒々しい紫の煙が立ち登り、それが使用者である深青の体に絡みつく。
血が吸い取られる痛みが深青の神経を刺激するが、こんなことで根を上げていたら旅なんて出来やしない。そんなことを考えながら、“叢雲”が満足するまで黙って血を吸い取られ続け、体中の血が5分の1ほど無くなった時に、ついに“叢雲”の能力が解放された。
見た目は特に変わりはないが、生きとし生けるものであれば分かるような、恐怖が刀から放たれる。使用者である深青も恐怖を感じ、カタカタと手足を震わせてしまうほどだ。
刀を振るおうにも、力が入らずに刀を取り落としてしまいそうになる。
深青が恐怖に震えている間に、キメラ達は攻撃を仕掛けて仕舞えばいいのだが、キメラ達も同様に恐怖に震えていたために、攻撃を仕掛けられなかった。カンガルー型キメラとサーベルウルフ型キメラが震える様子は何とも言えない面白さを持っていたが、この空気は笑える雰囲気ではない。
敵対するもの同士が恐怖に震え、膠着状態になるのは、シャイトの目からしても、初めての光景だったかもしれない。




