エフィロス王国 2
「よし、これからお前の名前は………ホワイトタイガーの見た目してるのに、狼の仲間ってことで、シロだ!」
近くにいたフィルがずっこけたような気がしたが、そちらの方を向くが、何事もなかったかのように撤収作業が進んでいる。
と言うか、周りの空気が寒くなったような気がするが、気のせいだろう。
若干だが、シロからもなんか責めるような視線が飛んでくる。
「なんだよ。文句あんのかよ」
ちょっと拗ねた口調で言うと、今度は周囲から熱い視線が向けられた気がして、即座に反応するが、先ほどと変わらない撤収作業風景が映り込む。
こんなにも気のせいが多いものなのか?と首をひねるが、そんなことに首をひねっている暇があったらこれからのことに首をひねれと自分に言われた気がして、これからのことについて考え始めた。
もう一頭、そこらへんにいたサーベルウルフを捕まえながらしばらく考え、結論が出た。
「とにかく、ここを撤収することを第一として、それが間に合わなかったら迎撃しながら逃走。 逃走も無理だと判断した場合にのみ、本格的な戦闘行為に移る」
撤収作業が終了した三人に向けてそう言い放ち、次に逃走するためのものを紹介する。
「逃走に使うのは、シロとクロのサーベルウルフコンビだ。二人一組に分かれるぞ」
そう言って前に出したのは、先程フィルが持ち上げたシロこと白いサーベルウルフと、シャイトが考え事をしながら片手間で捕まえたクロこと黒いサーベルウルフだった。クロもシロと同じような捕まり方をして、今では二匹ともプライドがズタズタだ。
その二匹の背中には、いつのまに付けられたのか、二人乗り用の無駄に華美な革製の鞍が取り付けられていた。目立たないようにとの工夫なのか、クロには黒色の鞍で、シロには白色の鞍が取り付けられていたのだが、シロの場合は元々が白い体毛で覆われているため、夜の行動では目立ってしまいそうなので、あまり意味がなさそうだが。
とにかく、今すぐにでもここを離脱したいシャイトなのだが、何故だかここで問題が発生した。
「じゃあ、シャイトと乗るのはこのフィルでいいよね」
「なんで、じゃあなの。葵がシャイトと一緒だもん」
「何言ってるんですか? 私に決まってるでしょ?」
バチバチと目から電撃を発して見えない戦いをしている三人と、そのすぐ傍でクロとシロが同じようにバチバチさせていた。
しばらく睨み合っていたのだが、ジャンケンで決めろよというシャイトの一言で、深青がシャイトと一緒に乗ることになった。
また、シロが器用に肉球のついた前足でジャンケンをしていたのだが、見なかったことにしよう。 因みに、クロがパーで、シロがチョキだ。と言うか、クロはパーしか出せなかった。
一刻も早くこの場を離れたいシャイトは決まった直後にシロの背中に乗り、他の三人が跨る時間も惜しいとばかりに、超速で乗せてやると、何故か三人とも嬉しそうな顔をしていたが、何故そのような顔をするのかわからない。
「シロ、クロ、次に向かう村の場所はわかるな?」
そう問いかけると、二匹ともコクリと一つ頷く。
「では、その次に近い町の場所は?」
二匹とも同じ方向を見る。
「よし、じゃあ、今後ろから追いかけてきているものを迂回しながら町の方を目指せ。 それと、余裕があったらでいいんだが、追いかけてくる奴の正体とか、様子が知りたいから本当に余裕があったらでいいから見れる範囲まで近づいてくれるか?」
「「ガウッ!」」
真夜中の草原に二匹の獣の鳴き声が響いた。
シャイト達がシロとクロの背中に乗って逃げ出した頃、一つの馬車が走っていた。
月明かりしかないと言うのに、馬車は全速力で走っており、その御者は何かに怯えるような表情をしている。
「まだ撒けてないのですかっ!?」
透き通る声が馬車の中から聞こえる。
その声の主人は現在馬車の中にいる少女のものだった。年の頃は16歳だが、少し幼さが抜けていない。
そして、その少女の問いに、となりに座っていた全身板金鎧で覆った人物が、馬車の後ろを振り返ってから答える。
「撒けていません」
声の高さからして女性のようだが、顔を覆うような兜を装備していたら女性とはわからないような体つきだ。
よく言えばスレンダーな体つき。
悪く言えばスットーンで、ぺったんこ。
さて、話を戻すが、少女もこの騎士の様な人物を乗せた馬車は魔獣の一種に襲われていた。
魔獣とは、人工的に作られた魔物で、大まかに単種魔獣と多種魔獣の二種類に分けられる。一番多いのは単種魔獣で、一種類の魔物から改造を施して作られる。多種魔獣は、名前の通り何種類もの魔物を組み合わせて作るもので、キメラとも呼ばれている。
能力的には、比較的作りやすい単種魔獣が弱く、作るのが難しいとされる多種魔獣の方が強い。
「チッ! 帝国はなんてものを作り上げてるの!? あんな大量のキメラ!」
少女がそう愚痴りながら振り向くと、背後から追いかける魔獣が見える。
数としては六体と少ないが、キメラが六体と見ればかなり多い部類に入る。 しかも、今追ってきているキメラはネコ科のサーベルウルフを主として作られているため、能力的にも普通のキメラを軽く凌駕する戦闘力を誇ると思われるため、迂闊に反撃に出られない。
そんな時だった。
いつもは口数が少ない女騎士が珍しく驚きの声を口にしたのだ。
表情も驚愕の色に染め上げられており、同時に安堵の表情も浮かべていた。
「助かるかもしれませんよっ! 助かりますよ! よかったぁ〜」
「あ、あんた……どうしちゃったの? 本当にどうしちゃったの? そんなキャラだっけ?」
一刻も争う事態だというのに、少し気が緩んでしまう。
なにせ、いつもは冷徹な表情をして、口数が少なく、男に興味がないので色恋沙汰の噂もなし、いわゆる陰キャラと呼ばれる部類に入る彼女が、今ははしゃいで、少女の腕を取りブンブンと縦に振っているのだ。
困惑しない方がおかしいと少女は思う。
「今はキャラとかどうでもいいです! とにかく急ぎましょう! 馬を潰すつもりで!」
女騎士が御者にそう告げるが、御者はそれを聞いて頭がおかしくなったのかと本気で思い始めた。
なにせ、この状況で馬を使い潰してはあの魔獣達に蹂躙される未来しか浮かばない。
即座に理由を告げてその提案を断ろうとしたのだが、少女からの口出しが入った。
「無理よ。諦めなさい。どうせこのままじゃ死ぬんだから、任せてみましょ」
そう少女に言われて仕舞えば断ることができなくなる。まだ女騎士からの提案なら断ることも可能だったが、少女からだと無理に近しい。立場が違いすぎる。
「わかりました。しっかりとお掴まりください。こんな事もあろうかと思いまして改造軍馬を連れて来てよかった。喋っていると舌を噛みますぞ!」
力強く御者がそう言うと同時に、力強い鞭の音が響いた。
と言うか、こんな事を予想する御者の頭の中を覗いてみたくなる少女だった。
少女は窓の外を見る。
どう考えたって馬車が出していい速度ではない。常識を置いてけぼりにする速度だ。
どのくらいの速度が出てるんだろうか……と考えながら、舌を噛まない様に女騎士に疑問に思ったことを告げる。
「なんで助かるかもなんて思ったの?
これで理由なんてありませんだったらぶっ殺すわよ?」
そんな少女の問いに、女騎士は胸を張って答える。
「師匠がいました。 気配でわかります」
無い胸を張るなと言いたいところだが、自分の体を見下ろしてグッと抑え込む。
「せ、成長するしね」
「何か言いましたか?」
「いやいや! なんでも無いわよ! それで、あなたの師匠っていっぱいいたけど、誰なの?」
「多分、姫様でも会ったことはありませんよ」
「私があったことない?」
「ええ、私が知る限りではありません」
姫様と呼ばれた少女は考える。
エルフが統治するエフィロス王国の姫である自分が会ったことがない相手であるならば、数人の七剣人と数人の七魔人。あとは、三大英雄……と、各国の王と東洋の重鎮達。
しかし、彼女――七剣人の一人レミル・フォン・レパウンドを弟子に取るなど、相当な腕前が必要である為、必然的に七剣人か三大英雄となる。
けど、彼女に紹介された彼女の師匠に七剣人は一人もいない。 となると、七剣人でも三大英雄でもないと言う可能性が出てくるが……
「一つ質問」
片手を軽くあげながら質問する。
「今現在、レミルより強い?」
強いんだろうな……と思いながら、言うと、案の定『強い』と言う返答が来た。
こうなると、確実に三大英雄か、レミルより序列が上の七剣人に絞られる。
しかし、レミルより序列が上の七剣人の中で、会ったことがないのは一人だけ。
最近出て来たばかりの奴だ。
「シャイト・アーカイド?」
「あってるようで、あってないような………違いますね」
変な言い回しにちょっと違和感を覚えたが、そのくらいどうでもいい。
そして、これが違うとなると、
「三大英雄!!?」
少女が驚くのも無理ない。三大英雄とは雲の上の上の上の存在であり、七剣人や七魔人のように人が目指せる境地にない。
そんな人外の領域に存在する人物が、この近くにいると言うのだ。驚かないわけがない。
そして、そんな三大英雄の中で一番最後に目撃された人物は……約10年前――妖狐だ。
「名前も素性も知る人物は殆ど居ない謎多き三大英雄の一人。 妖狐……でしょ?」
「さすが姫様。博識ですね」
賞賛するようにパチパチと拍手をするが、一人だけでは虚しく終わる。
拍手は大勢のが一番いいと思うが、それよりも大事なことが頭の中を支配する。
「レミルって妖狐に師事してもらってたの?」
「はい。もう馬鹿みたいに強くて、人類として一緒に見て欲しくないですね」
「貶してるのか褒めてるのかよくわからないんだけど」
「褒めてます」
レミルの頬は緩みきっており、どこからどう見ても恋する乙女にしか見えない。
「悲しきかな……レミルと妖狐じゃ釣り合いそうにないよ」
親友でもあり、自分の護衛でもあるレミルの失恋に悲しみを露わにしたその時、御者が叫んだ。
「さ、サーベルウルフが向かって来ますっ! 挟み討ち……ん? 人が乗ってる?」
「「は?」」
二人して間抜けな声を上げる。
普通は魔物に乗る奴なんていない。魔獣ならともかく、魔物は動くものすべてを襲うと言っても過言ではない程凶暴で話の通じない相手である。一部例外はあるが……
「あ、そう言えば、例外が近くにいましたね」
「レミル、マジで言ってたの?」
「冗談でこんなこと言ったって冗談になりませんよ」
「た、確かに……ん?「ってことは!」」
語尾がハモり、窓を見ると、ひとりの男が窓の横をサーベルウルフに騎乗して並走しながら
「おい! 剣術馬鹿! S級キメラ四体とSS級キメラ一体だ! 二体いけるか!?」
大声で問いかけて来た。 勿論、その人物の正体に気付いたレミルは即座に頷きを返す。
「勿論! あとでゆっくりと師弟の再開の喜びを噛み締めましょうね!」
そう言ってレミルは馬車から飛び出し、キメラ方面へと爆走し始めた。
時は少し遡る。
馬車が馬を潰す勢いで走り出した頃、シャイトは大きな溜息を吐いていた。
「フィル、葵、この後ここら辺を馬車が通る。その馬車の護衛をしてやってくれ。これを渡せば大体通じると思うから」
クロに騎乗している二人に投げたのは、たっぷりと装飾が施された指輪だった。この指輪は、この世界でいう名刺のようなものだ。ただし、それがとても貴重な代物で投げるなど恐れ多くて出来ない人が大半だと思う。
どれだけ貴重なのかというと、この世界に七つしか無く、偽物でさえ何千万という値段がつく代物だ。
「私はいいけど、シャイトはどこに行くの?」
「俺はちょっと馬鹿を助けに行くけど、深青はどうする?」
「シロに乗っている限り、同行せざる得ない……役得役得…というか、馬鹿って誰?」
「葵はどうせ仲間はずれですよーだ。まあ、いいけど、これでシャイトに甘える口実が出来たし……ムフフ」
最後の方は……聞こえなかったことにしよう。 シャイトは苦笑しながら、落ち合う場所を決めてから、来た道を引き返した。
まあ、そんなこんなて今の光景が広がっている。
今見ているのは、キメラ二匹を相手取っているのに、危なげなく戦闘しているレミルだ。
シロの背中に乗りながら、思う。多分、久しぶりにこちらに転生してから一番驚いたことだろうと。
だって、ゴブリンに襲われて泣いていたエルフの子供が、今では立派?な少女になり、S級キメラを二体も相手しているのに笑みを浮かべているのだ。確かに、人は成長する生き物だが、成長し過ぎじゃないだろうかと思う。
「剣術を教えた覚えないが……というか、あれは我流か? あんな流派見たことないぞ」
それに、と考える。
師匠のようなこともしたが、あれは最低限生きて行く上で必要な戦闘能力をつけてやっただけで、あくまでも教えただけ。なので、師匠やら師弟とか言われる心当たりはないのだが……と、深い思慮に潜り込みそうになって我に帰る。
「戦闘中、戦闘中……よし! シロ、深青を空いてるちっさい方のキメラに近づけてやってくれ。俺はここで降りる」
気合いを入れ直したシャイトが、顔の表面に赤い線を浮かばせながら言うと、了解したと言わんばかりの頷きを返したシロの頭を一回撫でてから飛び降りた。
(深青はあのキメラ二体に遅れをとることは無いだろう。それよりも、こちらの方がヤバいかもしれない)
遠くから見た時よりも威圧感が凄く、保有魔力量も桁違い。さらに、数多くの魔物のいいとこ取りをしているキメラだ。正直言って遅れをとったら簡単に死ぬ相手。
これは級付けを間違えたかな……と苦笑しながら一番ヤバそうなキメラに突っ込んだ。