エフィロスへ!
週二更新頑張ります。
「女神め……今度あったらぶっ飛ばしてくれる」
拳を握り、その拳をワナワナと震わせるシャイトが草原のど真ん中に立っていた。
その背後には、フィル、葵、深青の三人がいる。
「まあ、ぶっ飛ばす権利くらいはある」
深青が旅に参加したことで、多少親しい相手に喋るような口調になった葵が言う。
深青とはかなり打ち解けあっているように見えたのだが、まだ完全に打ち解けあってはいないらしい。
「そうだね……いますぐ戻ってぶっ飛ばしたいところだね」
額に青筋を浮かべ、隠そうともせず、私怒ってますと言わんばかりの表情をしているフィル。
そんなフィルを、シャイトは珍しいと思った。
深青は特に何も感情を表さずに、ぼうっとしている。
なぜ、こんな三人が怒る状態になったのかは、数時間前にまで遡る。
シャイトは、城の屋根にいた。
今日は出立を決めた日からちょうど三日経つ日だ。 いまは早朝で、まだ日が顔を出して数分とたっていない。
そのためか、城下町の喧騒な音は聞こえず、未だに眠っていた。 もうそろそろ、具体的にはあと数十分ほどで城下町の住民が起きだす頃だろう。
そんな一人黄昏ているシャイトの後ろに、突如人影が現れた。
その怪しい人物が足音もなくシャイトの背後に陣取ると、
「おはよう。 マイダーリン♡」
「誰かと思ったらフィルか」
特に驚きもせずに、振り返る。
尖塔の淵に二人腰掛けて、朝日を眺めるのは結構いいものだと思いながら二人して黙る。
この、朝の新鮮な空気と朝と夜の部分が混ざり合う幻想的な風景と天使たちの作る、人間とはまた違った趣を感じさせる建物群は……アルシャファルでは無い、どこか遠い遠い異国を思わせた。
「深青から貰った?」
「ん?………あぁ、腕時計か。 それなら貰ったぞ」
最初は何のことだかわからなかったが、少し間を空けてから思い出した。
「酷いわね、その間を空けて思い出すくらいに嬉しくなかったのね」
それは心外だと目で訴えかけるような眼差しをフィルに向け、口を開く。
「嬉しく無いわけがないだろ。 女に愛されて嬉しく無い男なんてこの世に存在しているとは思えない。 まあ、相手の女にもよるがな」
それは言外に「ブスは無理」と言っているようなものだ。
「私はブス?」
「お前がブスだとしたらこの世界はブスで溢れかえるぞ。 て言うか、こんな朝っぱらからブスブスブスブスって言わせんなよ」
フィルは悪戯めいた表情で、小悪魔のように舌をチロっと出して笑った。
その表情に、一瞬ドキッとしたシャイトだが直ぐに平常運転に戻る。
「もうそろそろ城が起きだす頃だな。 帰るか」
尻をパンパンと叩きながら立ち上がり、帰ろうとすると、フィルがそわそわし始める。
何事だ? と思ったシャイトがフィルに問うと、
「お、降りれないんだけど」
「どうやってここまで来たんだよ……」
「シャイトの居場所を特定して、転移の使える天使にお願いして送ってもらった」
呆れを隠せない表情で、大きく溜息をつくと、後ろに手を回しながらしゃがみこむ。
「こ、これは……! 伝説のONNBUッ!」
「伝説でも何でも無いだろ……」
その後、シャイトはフィルを背中に乗せ、城の客室まで送った。
フィルをおぶったまま客室のドアを開けると、そこには優雅に紅茶を飲んでいる女神がいた。
いつもいる護衛や侍女の姿は無い。
「逢瀬?」
女神のそんな馬鹿な質問をまともに受け取ったのか、フィルは顔を真っ赤に染めて満更でもなさそうな表情をする。 非常にだらしない。
対して、シャイトは華麗に受け流すと、女神に向けてゴミを見るような視線を向ける。
「あはは、そんなにマジになられても……」
額に冷や汗をかきながら口を開くが、ゴミを見る視線は変わらない。
何を言ってもその視線が変わることはないだろうと悟った女神は、本題に入る。
「シールドコードなんだけどね……なくなっちゃった」
「……?」
ちょっとばかし脳の理解が追いつかないシャイトは、その場で首をかしげる。
その可愛い仕草とは逆に、目は冷徹だ。
「もう一回言うよ。 シールドコード……なくなっちゃった」
シャイトの額に青筋が浮かび、何かを悟ったフィルが顔を青くしながら客室を出る。
「詳しく」
いつもより低くドスの効いた声が出る。
「え、えーっと……シールドコードで復活させようとしたら、なんか妨害の罠が仕掛けられてたみたいで、世界中に散らばりました」
「で?」
「エフィロス王国にその欠けらが落ちたので、ついでにとって来て欲しいなぁ〜なんて」
頭の後ろに左手を回して舌をだす。
ウインクも付けて、テヘペロという効果音がつきそうだ。
「そんな態度だということはまだあるだろ?」
「ご名答! 邪神にもこの情報がばら撒かれたので、邪魔が入ると思うけど、よろしく!」
「ちょっと顔かせ」
「何する気っ!?」
「ぶっ飛ばす」
シャイトが立ち上がり、殴り飛ばそうとしたところで目の前の景色が城の客室から草原に早変わりした。
ご丁寧に荷物と、他の三人も転移されており、冒頭に戻るというわけだ。
「思い出しただけでぶん殴りたくなる」
全ての装備を身に付け、背中に旅用に用意した背嚢を背負う。
この背嚢はアーティファクトと呼ばれる代物で、人間が住む世界ではとても庶民が持てるような代物では無い。
背嚢の性能は、見た目の10倍の容量を誇り、その重さを十分の一に軽減させるというものだ。見た目は30リットルリュックサックと同じなので、実際の容量は300リットル入るということになる。 また、中の形は決まっていないので、自分が使いやすい様に中の形を変えることができるのも良い。
例えば、中を縦長にすれば大きめのテントだってすっぽりと入るのだ。
まあ、それは置いといて、これからどうしたものかと考える。
いや、どうしたもこうしたもエフィロス王国に行かなくてはならないのだが、地理的にエフィロス王国に行く方法がいくつもあるのだ。
1、一番町の経由も少なく早く着くルート
2、経由する町は多いが結構な時間を必要とするルート
3、適度に町を経由し、そこそこ早く着くルート
4、観光しながら超遠回りするルート
この四つのうち、一番使われるルートか3番だ。 移動中の食料を気にしなくて良いのに、そこそこ早く着く。
しかし、シャイトとしては別に早く着かなくても良い。 確かに、早くついた方が色々と面倒ごとが早く片付くが、それだと面白くない。こういう時、普通は早く行って面倒ごとを少なくするのだが、千年以上生きているだけあって面白いことや楽しそうなことには目がない。ゲームは簡単すぎるクソゲーより難しすぎる無理ゲーの方が楽しいという感覚と同じだ。
女神も急げとは言ってないし別に良いだろう。
「急いては事を仕損する、ともいうし観光しながらゆっくり行くか」
シャイトがルートを考えているうちに装備を整えた他三人が三者三様に賛同の意を示した。
☆
日は傾き、夜の帳が下りる寸前の黄昏時。
あれから女神が自分たちを送ったと思われる場所から街道に出て歩いていたのだが、今日中に着くと思われた村が一向に見えてこない。
地図を見間違えたのかと思ったシャイトだったが、いくら確認しても間違いという間違いは見当たらず、あっているのだろうと歩いていたのだが、もうこんな時間だ。
「野営すっか」
非常に軽い感じで『野営』と行ったが、この世界では外で寝るなど危険すぎてとてもではないができない。
基本的に夜行性の魔物が跋扈するところで寝るなど言語道断。というのが常識だ。
まあ、今回の様なケースはこの世界の住人でも野営をすることはある。
「じゃあ、夜番の順番を決めよ!」
フィルがいつものテンションで拳を掲げる。
これは『ジャンケンで決めよう』の合図だ。 ちなみに、ジャンケンは暇してた葵が教えた。
「ポーカーにしよう。 ご飯食べてから寝るまでの間に勝ち数が多い人から順に好きな時間帯を選ぶのはどう? その方が楽しめるし、面白そう」
深青とまだ打ち解けあっていないのか、いつもの調子じゃない葵が言った。
「ポーカーなら負けんぞ。 それに深青とフィルをギャンブルに慣れさせる良い機会だ」
ポーカーと聞いて嫌そうな渋面をしていたフィルだったが、シャイトがそれに賛同すると、渋々ながらもポーカーをすることに頷いた。 深青は、ポーカー自体を知らないのか、頭上に大量の疑問符を浮かべていた。
「ただし、ポーカーをやるのであれば手取り足取り教えてもらうために、このフィル、シャイトの隣がいいであります!」
なんだその言い方は……と思うシャイトだが声に出しては言わない。 言うと楽しくない面倒になりそうだからだ。
いや、面倒は全て楽しくないよね? そうツッコミたい。
パチパチと木が弾ける音がする。
草原の夜は虫の鳴き声しか聞こえない実に静かなものだと思うが、ある場所だけは違かった。
この世界の魔物は夜行性で、火を恐れないものの方が多いのだが野生の勘というやつなのか、じっと身を潜め全力で気配を消している。
普通なら火の近くに人間がいれば襲いかかるのだが、悲しきかな……今火の近くにいるのは普通とは言い難い人外の類だった。
その者たちが人外と聞けば「心外な……ちゃんとした人間だ」と言って(一人を除いて)抗議しただろうが、その他の者たちがその抗議に耳も貸さないだろう。「自分たちをお前らと一緒にするな」という理由で。
まあ、何が言いたいのかというと、危険な異世界の野営なのに馬鹿騒ぎしている連中がいるのだ。
「フルハウス!」
勝ったぜ! という実に清々しいドヤ顔を周囲に見せつけたフィルだったが次のシャイトの言葉でそのドヤ顔が凍る。
「ロイヤルフラッシュ」
パサッと放り出されたトランプは見事に揃っていた。
しかし、その上をいくものがいた。
「ファイブカード」
よそ行きの口調で話す葵が出したのは、4のスペード、ハート、クローバー、ダイヤにジョーカーの5枚だった。
「あーあ、負けちゃった。 ストレートフラッシュ」
深青が放り出す様にしてカードを出す。
そして、フィルは思う。 絶対にこいつらには勝てない、と。
夜も更け、月が真上に差し掛かる頃に勝負が終わった。
結果は一位葵、二位シャイト、三位深青、四位フィルの順だった。 ギャンブルの経験回数が強い人の一番の理由かもしれないが、この四人の中では一番フィルが弱いことが確実となった。
鉄製のコップに入った温かいコーヒーもどきを口に含んで、一息つく。
結局、今夜は寝れそうにないと言ったシャイトが夜番をかって出て、現在に至る。
いくら中身が人外で、人間の体もその影響で強くなっているとしても所詮は人間の肉体。睡眠というのは必要不可欠だが、三徹ぐらい余裕だし、前世で培った殺し屋の技術でイルカみたいな“左脳を寝かせて右脳を働かせる、右脳を寝かせて左脳を働かせる”なんて行動も出来るため、頑張れば二、三週間寝なくても平気だろう。
まあ、頑張ってそこまでする必要がないので試すつもりはないが……まあ、そんなこんなで、一人炎の前で黄昏ていた。
そんな静かな時を過ごしている時だった。
地面に置いていたコップの中身が波紋を打ち始めたのだ。
最初は地震かと思ったのだが、それならば周りにいる動物たちが騒ぎ出してもおかしくないということで、地震という説は却下。ならば、なんだということになるのだが、全くわからない。まだそこそこ離れているのか、音すら聞こえない。
何か危険を感じ取ったシャイトは、他三人を起こすべくテントの中に入ったのだが、ラッキースケベというやつである。なんと、下着姿の美少女がいるではないかっ!
千年以上|(精神が)生きていると言っても、体は数十年しか生きていない思春期の男の正常な反応をしてしまう。 全く何も感じないのだが体は反応してしまう……不思議なものだ。
気づかれないように静かにテントから出ると、音響弾を撃った。
どうせ火を焚いていることで見つかっているのだから音響弾を撃ったとしても何も問題はないと思ったからだ。
イヤーマフをしていてもうるさいとと感じる程なのだから、テントの中はどれだけうるさいのかと想像していると、下着姿のままの葵が飛び出してきた。
「なになになになに!?」
「直ちに戦闘準備。 警戒レベル最大。あと、服着ろ」
顔を熟れた林檎のような真っ赤な色に染め上げると、上ずった声でかつ小さな声で「フィルと深青にも伝えます」と言ってテントの中にすっ飛んでいった。
音響弾を撃った拳銃をホルスターにしまいながら、シャイトは最小限の装備から最大限殺しに特化した装備に着替え直す。
上着を脱いで、上半身を晒したところでテントの方から熱い眼差しが送られているのがわかったが、無視を決め込む。その方がお互いのためだろう。
スキル:暗黒物質で作り出した防弾防刃のシャツを着て、同様に作り出したズボンなどを履き、最後に最初にフィルに貰った時より数段能力が跳ね上がったローブを羽織る。
勿論、腰には黒剣を、腕には深青から貰った腕時計をつけている。
地面に座り、手を当てる。 微弱な振動を感じ取るが、これが足踏みによる振動なのか別の何かなのかは遠すぎて全く想像がつかない。
しかし、これだけはわかる。
何か知性を持った物体が、こちらに向かってきている。と……。
「はぁ……なんでこうも面白くなさそうな出来事が次々と来るかね」
そう言って空に浮かぶ大きな月に向かって、深い深い溜息をついた。
「準備完了!」
テントの入り口をバサッと開けて、妙にハイテンションなフィルが出てきた。
そして、その後ろから、顔をちょっと赤くした葵とその二人をこいつら大丈夫か?みたいな目で見ている深青が続いた。
ちなみに、剣を扱うのはシャイトとフィルのみで、深青と葵は剣は使わない。その代わりと言ってはなんだが、深青は爪を主体とした近接戦闘を得意とし、葵はナイフと魔法を主体としたヒットアンドアウェイをする中距離戦闘を得意とする。
つまり何が言いたいのかというと、シャイトがオールラウンダー、深青が近接戦闘、葵が中距離戦闘、フィルが遠距離・支援と、とてもバランスが取れているパーティだなとシャイトは今更ながらに思った。
「今すぐに野営地の撤収作業に入れ。 俺は乗り物を捕まえて来る」
「捕まえる?」
引っかかった言葉をフィルが繰り返すと、何か?みたいな顔を返される。
「乗り物なんてそこらへんにゴロゴロいるじゃないか。 例えば、そこのネコ」
シャイトが指を弾いて飛ばした小石が草むらに消えると、なにかの動物の鳴き声がした。
フィルが鳴き声をあげた動物の確認をしに行くと、確認した瞬間に表情を引きつらせる。
「こ、これに乗るの?」
そう言いながらフィルが手にするのは、とてもネコとは表現していいような存在ではなかった。確かに、ネコ科ではあるのだが、大きな体躯に鋭い爪、ネコ科特有の瞳と特徴のあるとても長い二本の牙。
外見はサーベルタイガーという生き物にそっくりなのだが、魔物の特徴の赤い瞳を有していた。
なので、これはサーベルタイガーよりも危険度が高い生物となるのだが、シャイトはそこらへんのゴミを捨てるかのように小石でノックダウンさせた。なんちゅう化け物だ……と思わなくもないのだが、それを言うとシャイトが拗ねてしまいそうなので飲み込む。
しかし、思うのだが、その2メートル半以上あると思われる体長を持つサーベルタイガー擬きを軽々と片手で持ち上げているフィルも、化け物レベルだと思う。
「それをこっちに持ってきてくれ」
ちょいちょいと招くように手を動かし、置く場所を指定する。
「これは“サーベルウルフ”と呼ばれる魔物の一種だ。 特徴的なのがこの大きな犬歯で、魔力を流すと剣のようによく切れると言われている。その為か、危険度が物凄く高くて、Aランクに指定されている。また、ウルフと名前につくだけあって集団行動も取り、その場合は一個ランクが上がってSランク指定になる」
シャイトが他三人に説明している間にサーベルウルフが起きた。
これとかそれとかそんな言い方をされていたサーベルウルフはちょっとシュンとしていて、なんて器用なんだとも思わなくもないのだが、気にしても気にするだけ無駄のような気がしてやめた。
「では、サーベルウルフ君、君はこれからしばらくの間乗り物として働いてくれるかな? 勿論、報酬は出すぞ」
手を差し伸べるが、それははたから見ればお手を要求しているようにしか見えない。
当のサーベルウルフは、この人間に抗ったら絶対に死は免れないと野生の勘で感じ取ったのか、素直に前足をシャイトの手の上に乗せる。
その光景を見ていたフィルが、信じられないものでも見たかのような顔つきをしたのだが、自己完結したかのように、一瞬にしていつもの明るい表情に戻った。
それを見ていた葵が不思議に思い、声をかけると、フィルは小声で驚きの理由を明かしてくれた。
「サーベルウルフってのはね、魔物の中でも上位に位置する魔物だからか、プライドが妙に高いの。けど、そのサーベルウルフが素直にシャイトの軍門に下ったことが驚いた」
「そんなにプライドが高いの?」
「プライドが高いってレベルじゃないよ。普通はね、けど、シャイトだし」
「ああ、シャイトだしね」
私たちは便利な言葉を知っているな。と言わんばかりに何度も二人して頷いていると、シャイトからへんな目で見られてしまう。
その疑いの視線は華麗に受け流すと、一人黙々と撤収作業に移っていた深青を手伝うべく、加勢するのだった。




