シールドコード:ヘル
死神の手がゆっくりと門に、吸い込まれていく。 死神は必死に腕を抜こうとするが、抜ける気配はない。
最終手段として腕を切り落とそうと自分の腕目掛けて大鎌を振り下ろそうとするが、少年に手を引かれて、門の中に引きずり込まれた。
門は、そのまま静かに消える。
『通りゃんせ』
妖術の一種で、最高難易度の封印施術。 封印とは言っているが、あの細道は歌詞通りに天神の元に繋がっており、天界にも繋がっている。
また、天界に繋がっているのだから欲界(地獄)にも繋がっている。 まあ、もっと省略して説明すると、霊界(死後の世界)へと続いているのだ。
数分ほど、地面から抜き取った二刀を構えながら万が一に備えて警戒していると、シャイトの読み通りの展開が訪れる。
先程まで門があった空間が陽炎のように揺れ始め、その空間の揺らぎから骸骨の手が現れる。 ――死神だ。
空間がミシミシと嫌な音を立て、ガラスが割れるような心地良い破壊音を立てながら、空間に穴が空いた。
中から現れた死神はずぶ濡れで、ローブはボロボロ。 大鎌はどちらとも使い物にならないくらいひん曲がっており、骨の手足には手形や、咬み傷が所々にあり、かなり目立っていた。
だいたい予想はつく。
大方、あの中に入ったあと、三途の川に落とされて、その中にいる化け物と戦い、渡りきったと思ったら亡者の沼に引きずり込まれそうになって、鬼とかと戦いながら閻魔の元まで言ったのだろう。
シャイトも一度だけ閻魔に会ったことがあるので閻魔と死神のやりとりが想像できる。
『どうもこんにちは。 私は死神と呼ばれているケルロンドと言うものです。 どうぞお見知り置きを』
『うむ……………ん? ワシの聞き間違いだったか? 死神と申したか?』
『はい。 ある人物からはそう呼ばれています』
『神様ですとぉぉぉおお!!?』
『亜種の部類に入りますが……一応、神の末端を務めさせております』
『これはこれは、神様でしたか。 しかし、何故このようなところへ?』
死神は「あなたも神でしょう」という言葉を飲み込んで続ける。
『ははっ……ある人物にここに入れられてしまいまして。 なんでも天神様に続く道だとかなんとか』
『あぁ、あの生意気な狐ですか。 私でも勝てなかったやつです。 余り気になさらない方がよろしいかと思います。 あと、余計なおせっかい出なければなんですけど、元の場所にお送りしましょうか?』
『是非お願いします!』
まあ、こんな感じだろう。 予想していたので取り乱すようなヘマはしなかったが、一つだけ予想外なことがある。
「何故、ボロボロ?」
そう、それである。 何故か神様を凄く敬う|あいつ(閻魔)に頼めば代わりの物を用意してくれただろうに……
「負けたことを忘れないためのものですよ。 しかし、まだ私は死んでない。 亜神の私に死なんてものが存在しているのかどうかわからないが、私は死なない限り貴方の邪魔をする」
「それは困るな。 だから、ここで貴様を殺すっ!!!」
シャイトは自身の手を浅く切り、地面に血を垂らす。 先程までの戦闘によって地面にできた線に沿って血が流れる。
死神が立ち止まり、ギョッとして恐る恐る地面を見ると、巨大な魔法陣と思わしきものが描かれていた。
「これ、知りたい?」
ニヤニヤしながら死神に問う。
死神はぎこちないながらも頷く。
「これは妖術の一種で、知識ある怪異や妖怪たちが陰陽師に対抗するために造られたものだ。 だから、正確には妖術とは言えない。 かと言って陰陽術でもない。 足して割る2にした感じかな。 陰妖術とでも呼ぼう」
「ようじゅつ? おんみょうじゅつ?」
「あ、そこからか………そう言うものがあると考えてくれ」
着々とシャイトが行おうとしている儀式の準備が進んでいく。
「で、普通のは言霊とか呪文とか言われてるものでやるけど、大規模なのはこうして術式を描かなくちゃならいけない。 術式の大きさは陰妖術の大きさに比例する」
辺りを見回すと見える範囲一杯一杯に術式が施されていた。
死神はその言葉を理解した瞬間に、儀式がまだ終わってないことを確認してから術式を消しにかかる。 ひしゃげた大鎌を大きく振りかぶり、振り下ろしたが、カンッと言う子気味良い音を立てながら止まった。
「クラウ・ソラス!!!?」
ピクリとシャイトの眉が動く。
「………何故知っている?」
「…………」
シャイトの問いかけに黙り込む死神。
「北欧の神」
その呟きが死神の耳に入ると、手が少しだけ動いた。 表情がわかるとしたら眉も動いていただろう。
「はぁーん、お前の正体わかったぞ。 北欧神話にて、死者の国“ヘルヘイム”を支配する神。 『ヘル』だろ?」
一時は知らぬ存ぜぬで通そうとした死神だったが、シャイトの目が確信めいた何かを浮かべていたので、諦めて本当のことを言う。
「……何故わかった?」
死神――ヘルの口調が変わった。
「直感?」
シャイトがそう言うと、ヘルの体から煙が立ち上り、人影が現れる。 その人影は女体。 上半身は左右半身が人肌色と青色をしており、下半身は腐食し、緑がかった黒をしていた。 とてもではないが、普通とは呼べない。
この体は彼女――ヘルが死と生を司ることを意味する。 上半身は生者、下半身は死者だ。
そして、目を引いたのが……片腕がないことだ。 神ならばすぐに再生するのだが……
「終末の日とき、アースガルドには攻め込んでないと神話では伝わっていたのだが、それは嘘か?」
「いや、本当だ。 私はヘルヘイムに残っていたんだが、その時に襲撃を受けてね。この様さ。 まあ、ほとんどの神が死んだあの終末の日を生き残れたことを幸運に思うことにしたんだよ」
そして、シャイトの時間稼ぎが終わった。
「んじゃ、終わらせますか」
シャイトの呟きで、ヘルが今気づいたかのようにハッとなってシャイトに飛びかかるが、“クラウ・ソラス”が行く手を阻む。
『我が血と我が名において命ず。 万物を貫きし神殺しの槍よ、我が前に馳せ参じ給え。 来いっ ロンギヌス!!』
巨大な術式から現れたのは、豪奢な模様があしらわれた二又の槍だった。 神話で伝わる螺旋状にはなっておらず、めっちゃかっこいい二又の槍と何ら変わらない。しかし、存在感というものが、神器であることを証明している。 また、それを誇示するかのように神々しく輝いていた。
『そして、世界よ刮目せよ! 我が神を殺すその時まで!』
外界から切り離されている異界だと言うのに、大地が揺らぎ、空気が振動する。 まるで、大観衆の中で戦っているような……闘技大会に出ているような雰囲気だ。
「さあ、始めようか……神殺しを!!!」
シャイトが走ってロンギヌスの槍を手に取り、その勢いを殺さず、さらに加速する勢いで、ヘルの胸に突き立てた。
心拍数と同じ勢いで、鮮血と腐食した血が同時に流れ出る。
ヘルの体がボロボロと崩れていき、土に還る。
「最後に君と言う強者と相対することが出来て幸運に思うよ。 そして、ありがとう。 不死から解放してくれた君に感謝する」
「そりゃどうも」
「あぁ、それと、伝言を頼まれてたんだ。 『五本の線が途切れる時、世界の終わり――終末の日が訪れる。 十二の鐘を鳴らし、神々の運命を決めよ』」
最後の最後で伝言を言い残し、ヘルこと、ヘルヘイムの主人は消滅した。 神も人も、あっけなく死ぬものである。
シャイトは伝言を聞いた時のまま動かない。 伝言の意味を理解しようとしている。
「意味わからんな……いや、何となくわかるけど、十二の鐘って何だ? この世界に十二個も鐘なんかあったか?」
しばらく思考の海に身を落としていたが、後で考えようと思い直し、この空間からの脱出を試みる。
一番簡単な方法は、何でも貫く『ロンギヌスの槍』で空間を切り裂くのが手っ取り早そうなのだが、そうすると、どこの空間に出るかわからないし、最悪の場合元の空間に戻ってこれない可能性もある。
次に簡単な方法は、この空間に放り込んだ張本人に直訴して出してもらう方法なのだが、期待しないほうが吉だろう。
(さて、どうするか……早々にここから脱出する手立てがなくなったぞ)
顎に手を当てながら考えていると、空間が歪み、地面が所々割れている“赤い空間”に出た。
☆
時は少し前に遡る。
神兵に突貫した深青は、素手のまま殴る。 勿論、超高温な神兵の体を殴って無事なはずがなく、手から皮膚が爛れ落ち、骨が見えていた。 人工的に造られた模造天使だが、肉体は人間のそれに酷似している。
神兵は、深青の殴りで空中に浮いた身体を上手に捻り、空中で体制を整えてから着地する。 即座に防衛態勢を整えるが、深青の速度に追いつけなかった。
深青の体が学習したのか、それとも深青が意識的にやっているのかは不明だが、今度は拳に水の鎧を纏っていた。
神兵が着地し、防衛態勢を整える前に肉薄。 防衛態勢を整えた瞬間に、そんなもの無意味と罵るような勢いで殴り飛ばした。
深青の何倍もある神兵の巨体が地面と水平に吹き飛んで行き、五十メートル程ノーバウンドで吹き飛んだ後、ゴロゴロと転がるようにして勢いを消す。
神兵はこのゴロゴロしている間にでも、少しでも先程受けた傷を治そうとするが、そんな猶予を与えるほど今の深青は甘くない。
天使とは程遠い、悪魔のように長くなった爪で神兵を斬り付けようとするが、神兵が使う神法によって阻まれた。
フィルが得意とする金色結界と同じ物だが、威力は遠く及ばない。
「これなら、どおっ!?」
より一層力を入れて、一点集中突破を図る。 結界は面攻撃よりも点攻撃の方が有効なのは子供でもわかるだろう。
爪を一本に束ねるようにして力を込める。
ビキビキッ……ビキバキ……ピキッ…パシッ
徐々に神兵が張る金色結界に皹が入り始める。 世界最硬と言われるほどの防御力を持つ金色結界に亀裂が入り、神兵も目を見張らずにはいられなかった。
パリンッという割れる音が当たりに響き、金色結界に全力を注いでいた神兵の無防備な体が深青の前に曝される。
前にも後ろにも逃げられず、左右にも逃げられない。 上に逃げようかとも考えた神兵だったが、もし、仮に、逃げる行動を起こせば、急所に攻撃が飛んで来て、躱す事も防御する事も出来ずに殺されるだろう。
そう考えた神兵は、今考えうる最善の手を選択する。
攻撃が来ると予想される射線上に腕を持って行き、一時的な硬化現象を引き起こす。 鋼鉄のような硬さになった腕に、深青の長い爪が振り下ろされた。
――だが、神兵が予想していたような出来事は起こらなかった。
鋼鉄と同程度の硬さを実現した肉体に、爪が接触し、甲高い音を上げながら爪が跳ね返る。――ようなことは起きず、神兵の腕に深々と深青の爪が突き刺さった。
「グオオオォォォォオオオッッッ!!!」
神兵は、叫び声をあげて痛みを和らげようとするが、それは叶わなかった。
深青が神兵の腕に突き刺さった爪を、グリグリと動かしていたからだ。 勿論、そんなことをしている間に神兵が攻撃を仕掛けなかった訳がない。 神法を使って、雷撃や鎌鼬使っての迎撃をしたのだが、そのことごとくを深青が展開する障壁に防がれてしまっていたのだ。
極稀に、多重展開された障壁を掻い潜り、深青の体に到達する事もあったのだが、服を切り裂いたり焦がしたりするだけで、体には特に何の影響もなかった。
まあ、そのおかげで中高生男子には目の毒に……目の保養になるような姿になってしまっていたが、深青は気にしていないようだ。
神兵から一旦距離を取り、最低限の衣服を残して、戦闘に邪魔な衣服を脱ぎ捨てた。
神兵は、隙を曝している深青に攻撃を仕掛けない。 否、仕掛けられなかった。
両腕が使えなくなった現状、迂闊に近づいても反撃を受けて、今よりもっと酷くなるのが目に見えていたからだ。
そのため、神兵は、両腕の治療に専念する。
一時の休息は、深青の行動によって破られた。
深青が、口に飴玉を放り込む。
先程の飴玉とは違う色で、今の飴玉の方が毒々しい色合いをしていた。
「がっ……! ぐぅふっ……ゲホッ…ゴフッ」
深青は、喉元を抑えて、激しく咳き込む。
喉に詰まった唾などの体液を床に撒き散らしながら、唸り始める。
自分の首を締めて苦しんでいるようにも見えるが、実際にはそうでないことは誰の目から見ても明らかだ。
片手で喉元を抑え、片手で胸元を握り締める。
そして、深青は、糸の切られた操り人形のように床に伏し、全く動かなくなった。
神兵は、腕の治療が終わったと思ったら、深青が死んでいるように見えたので混乱したが、勝手に死んでくれたのならこの後が楽でいいと特に気にすることはなかった。 しかし、それが神兵にとって人生(?)最大の間違いであっただろう。
神兵が体ごと後ろを向く。
のそりと、まるでゾンビ映画のゾンビのように起き上がると、神兵の隙だらけの背中に攻撃を仕掛けた。
先程までの綺麗な藍色の瞳は、赤黒い血の色に染まり、禍々しくても上品さを見せていた爪は、完全にこの世のものとは思えない程変わり果てた形と色をしていた。
全てを憎むようなそんな色だ。
神兵の無防備な背中に深青の爪が深々と突き刺さる。 神兵は、口から血を吐きながら、自分の胸を貫いて頭を出している爪に視線を向ける。
徐々にゆっくりと爪が引き抜かれていき、支えを失った神兵の体が、うつ伏せになって倒れた。
光の粒子になって神兵が消える。 幾ら破壊を代表するような巨○兵の姿形をしていても、神兵だとわかるような最後だった。
そんな時、空間に亀裂が入り、深青が(心の内で)ご主人様と呼び慕う人物が現れた。
☆
「お、深青じゃん。どうした? お前、目が赤いぞ 」
深青は、その人物が誰かわからなかった。 いや、意識はハッキリとしていてその人物の識別は可能だったのだが、飴玉(薬)の過剰摂取の影響で体が言うことを聞かなくなっていた。
無言で素早くシャイトに近づくと、体めがけて鋭利な爪を振り下ろす。 もちろん、本能に従って動いてるだけの単調な攻撃は当たらない。
一撃、二撃、三撃と、連続攻撃を繰り出すが、全て回避される。 顔の表情が珍しくわかるようになっており、表情から読み取るに、深青を傷つけるような行為には及びたくないのだろう。
(やだ、やだ、やめてっ! 勝手に動かないでよ! なんで攻撃するの!?)
深青の口調は当初の頃に戻っており、いつもの口調ではなくなっていた。 それぐらい切羽詰まっていて、自分の体が自分の意思と関係なく動くのは怖いのだろう。
「薬の飲みすぎだ」
そう言うと、シャイトはとても悲痛そうな顔をして、
「ごめん」
と、呟いた。 それと同時に、深青の意識は闇に沈んだ。
シャイトは気絶した深青を背負い、これからどうするか悩む。
ここまで来るのは半強制的だったので、どうやったら庄司たちと会えるのかわからないのだ。
考え込むこと数分。 暑くもないのに、空間に陽炎が現れ始める。 その陽炎は、周りに伝播していき、シャイトを囲むようにして発生する。
――すると、突然景色が変わった。
そこは、虹色な空間としか表現できないような光景が広がっており、眼下では絶賛戦闘中だった。
床を埋め尽くす勢いの、半透明な気色悪い生物と、それと戦っている装甲のような装備を着ている人間数名。――庄司たち四人だ。




