新たな村へ
「七魔人が一人、ヴァイヴァルバ・グリューエンが相手になろう」
高々と宣言する。普通の相手ならば、恐れ慄いて腰を抜かすか、逃げ出すかするのだが、シャイトは違った。
どこからか取り出した狐面。口元が隠れないタイプのを取り出すと、装着し、口端を吊り上げ三日月の様な口で微笑み、
「三大英雄が一人、『妖狐』その挑戦受けた」
そう宣言する。決して大きくない声量。しかし、何故か海や飛空挺の音にかき消されず周囲へと響いた。
変化が起こったのは宣言した直後だった。
狐面から金の粒子の様なキラキラと輝くものが溢れ出し、シャイトの体全体に降りかかる。
黒髪が金髪に変わり、腰からはふぁさりと二本の金色の尻尾が生える。そして、最後にぴょんと頭部から飛び出した狐耳、狐面の奥から覗く紅色に輝く瞳。
その変化に一番驚いたのは敵対しているヴァイヴァルバだろう。幾ら雑魚の兵士どもを屠ろうが自分よりかは弱いと思っていたのだから。
だが、いざ扉を開けてみたらどうだ?自分より格上の存在が出てきたのだ。
驚くなという方が無理だろう。
「戦乱の時代に名を馳せた伝説の暗殺者『妖狐』。どんな難度の高い依頼でも依頼されたら絶対にやってのける。数多の王を屠り、魔王も例外ではなかった。そして、100年前に突如として姿を消した」
誰かが呟いた。シャイトの狐耳はそれを正確に捉え、その返答をする。
「ご説明どうもありがとう。しかし、訂正しておきたいことがある。暗殺者じゃない。何でも屋だ」
シャイトは最後に、9割は殺しの依頼だったがと付け足して口を閉じた。
ヴァイヴァルバはというと、今にもぶっ倒れそうな程に手足を震わせている。
それもしょうがないだろう。指向性をもたせた重圧をヴァイヴァルバのみにかけているのだから。
最初は一人だけではなかったのだが、既にもう一人がダウンしているため、一人でその重圧に耐えている。
ヴァイヴァルバはどうにか震える手足を抑えて、口を開く。
「み、見た目はあの『妖狐』でも、よ、『妖狐』の代名詞とも呼べる、武器を持ってない……じゃないか」
シャイトは「ほぅ」と感嘆混じりの息を吐き、腰からぶら下げてあるあまり目立たない“バタフライナイフ”を取り出す。そして、カチャカチャとかっこよく刃を取り出し、いつの間にか移動してヴァイヴァルバの目の前に現れたシャイトは喉仏にナイフの先端を突き付ける。
そう、“いつの間にか”だ
ヴァイヴァルバや周囲の者は一切、シャイト・『妖狐』から目を離していないのに、だ。まるで空間移動を使ったみたいに唐突に。
正確には、シャイトは人間の錯覚を利用しただけである。ずっとそこにいる様に、止まっている様に見せかけておいて、実際には歩いて近づく。シャイトの得意技の一つだ。
喉仏の上にある皮を薄く切られ、少量の血を滴らせるヴァイヴァルバ。しかし、その瞳には先程の様な怯えの色は見えず、増悪や嫉妬、その他の悪感情が入り混じった濁った輝きを放っていた。
ヴァイヴァルバの指先がタクトの様に振るわれる。空中に文字を書く様に。動き、魔力の収束状況、系統、の三つの観点から見て、ヴァイヴァルバがやろうとしているのは攻撃系統魔法の暴走。故意に暴走を起こそうとしているのだ。
魔法の暴走というのは、魔法を上級・中級・下級に分類すると、下級魔法に無理やり上級魔法で使う様な魔力を込め、尚且つ、制御を甘くすることだ。(*実際には上級、中級、下級に分類されていません)
制御の甘くなった魔法というのはとても危険で、貴族の屋敷を吹き飛ばした実例もあるのだ。このままでは周囲一帯が焼け野原になると確信したシャイトは戸惑いなくヴァイヴァルバの首にナイフの刃を押し込む。
「ガフッ……ゴフッ……」
収束し始めていた魔力は霧散し、安全が確保される。それと同時にヴァイヴァルバの首からはバタフライナイフの柄の部分だけが飛び出しており、根元からは大量の血が溢れ出ている。
また、ヴァイヴァルバの口からも血反吐を吐き出す。
「が、がなら……ゴフッ……ず」
何かを言おうと一生懸命になっているが、血と喉を潰されたせいであまりうまく喋れない。四つん這いになったヴァイヴァルバの前でシャイトは、レッグホルスターに入れておいたベレッタを引き抜き、銃口をヴァイヴァルバの頭部に合わせる。
「死ね」
ダァン!
ヴァイヴァルバが耳にする最後の音は銃声だった。
弾丸で頭部に穴を開けられたヴァイヴァルバは糸の切れたマリオネットの様に崩れ落ちた。シャイトは構えたままだったベレッタをホルスターにしまい、ヴァイヴァルバの首に刺さっているバタフライナイフを引き抜き、しっかり血を拭き取ってからしまう。
狐面を取ると、尻尾や耳、金髪の色素を吸い取られる様にして狐面に入っていく。いつもの黒髪黒目のシャイトに戻った。
「やっぱり力使うな……この体だと10分が限界か?」
そうなことを呟きながら徐々に高度を落とし、着水した飛空挺に歩いて向かっていく。甲板からは畏怖や恐怖、また、ヒーローでも見る様な眼差しを送ってくる者までいる。
シャイトは一つ深呼吸をすると、周囲一帯に効果を及ぼす範囲魔法を使用する。黄昏色の魔力がシャイトに集まり、弾けると、波の様に魔力が広がる。その波に触れたものから順にロボットが再起動する様な停滞を一瞬見せた後、瞳に知性を宿す。
また、先程の戦闘で壊れた煉瓦は元通りに、死体はいつの間にか消えていた。煉瓦などはシャイトの仕業だが、死体は何もしていない。ヴァイヴァルバの死体も例外ではなかった。
では、何故死体が無くなったのかというと、シャイトには心当たりがあった。
「あいつの仕業か」
第三勢力。この港がある国の兵ではなく、飛空船側の人間でもない。
すなわち………---
「ああ、全部思い出した」
頬を伝う瞳から溢れる涙。
この世界は初めてではありませんよ。というシャイトの言動。
この世界、アルシャファルに来たことがあるのは今回で三回目。一回目は約1500年前、異世界召喚で呼ばれた。二回目は今回と同じく転生、150年前。という感じだ。
*アルシャファルにある古代石版やシャイトの感覚を参考にして推測した年代です。正確とは言えませんのでご了承ください。
人間そんなに生きられないと思うかもしれないし、三回とかどんな確率だよ……とか思うかもしれませんが、全てが狂ったのは1500年前の召喚の時だ。
--過去話入りまーす。--
シャイトの正体は妖狐。強力な力を持って生まれた妖狐だった。修行を積み、やっとの思いで人間に化けることが可能になった当時のシャイトは浮かれていた。
人里に遊びに行っては悪戯をしたり、人間の子供たちと遊んだりもした。
そんな遊び疲れた妖狐の足元に魔法陣が現れたのだ。勿論妖狐というだけあって妖力(魔力)の反応には気づいた。しかし、対抗しようにも、遊び疲れてうまく妖力を制御出来ず妖術の発動に失敗し、魔法陣に飲み込まれ、異世界に召喚された。俗にいう異世界召喚だ。
妖狐を呼んだ召喚主は優しく、獣姿の妖狐を人間と同等に扱ってくれた。
この世界で一生を終えるのも良いかもしれない。そう思っていた時期に召喚主に告げられた。
--この世界はピンチである。と
魔王に侵攻され、異世界アルシャファルの半分を魔界帝国が領土として保有していた。勿論、人間も対抗しているのだが、そもそも、魔族と人間のスペックは明らかに違い、さらには、超常現象(魔法)まで使えるときた。まさに、焼け石に水であった。
しかし、召喚主は女神から力を承り、魔族が使う超常現象(魔法)を使えた。召喚主は自ら勇者と名乗り、魔族と戦っていたのだという。だが、やはり、一人では勝てなく、戦力増強のために異世界召喚を行なった。そして、呼び出されたのが妖狐だったというわけである。
事情を聞いた妖狐は勇者に加担、ギリギリのところで魔王退治をして退けたのだが、人間の闇というべきか、人間たちは共通の敵、魔王が殺されたことで、それよりも強い召喚主を嫌った。
差別や罵倒など日に日に増して生き、ついには襲撃者まで出始めた。
そんなある日のことだった。国同士が手を取り合い、言い方は悪いが、召喚主の討伐に動いたのだ。
召喚主と妖狐は最後まで懸命に自分達が生き残る術を探し、逃げていたのだが、ついに召喚主が殺された。
召喚主を、最愛の親友を殺された妖狐は、我を忘れて暴れた。人を虫の様に踏みにじり、幾多もの国を滅ぼした。
--何故、助けた人間から敵視されなければいけないのだろうかと。
しかし、妖狐の暴走も半年で終わりを告げた。
女神だ。
女神が神罰を下したのだ。流石に暴れすぎたと思った妖狐だったが、時すでに遅し、真っ暗闇の中に人間の姿ではなく妖狐の姿でいた。
金色の毛並み。見た目だけでももふもふ感が伝わる九本の尻尾。俗にいう九尾だ。体調は後ろ足で立って成人男性と同じくらい。
妖狐が辺りを見渡していると、突然幻想的な扉が現れる。音もなく開く扉の向こうには神々しい光を纏った女性がいた。すぐにわかる。女神だと。
「あなたは行き過ぎました。重すぎる罪です。よって罰を与えます。そして、あなたの妖狐としての力も封印させてもらいます」
--不死性を与える。
人によっては嬉しく思うだろうが、妖狐にとっては嬉しくなかった。
これでやっと親友の元へ行けると思っていたのだから。早く死んで親友の元に行きたいと思っていた。妖狐の寿命は無いに等しい。死という概念すら最初は持ち合わせていない。
何千年何万年と生きるのだから。
絶望した。一生死ねない。何千年何万年立っても死ねない。
月日が経ち、女神と最後に会ってから50年。妖狐に“1度目の死”が訪れた。
妖狐は歓喜した。死が訪れないと思っていたのだが、死が訪れたのだから。
しかし、これこそが女神が妖狐に下した罰だった。
何回も何回も死に、そして何回も何回も“別の場所”で生き返る。転生というやつだ。
そして、転生するごとに記憶の一部を失う。九割九分九厘が召喚主と過ごした記憶。正確に言えば異世界アルシャファルで過ごした50年の記憶が全てと、前世より前の記憶が無くなる。
例えば、前前世が魔法の世界で前世が科学の世界、今世も科学の世界だとすると、妖狐の中から魔法という存在が消えるということだ。
思い出す方法もある。しかし、その方法は記憶が消えると同時に同じく消えてしまうのだ。だから、どうやって思い出すのかも最初は分からないし、記憶が消えていることすら忘れている。
しかし、記憶を取り戻した今ならわかる。記憶を取り戻すトリガーは狐面だ。あの狐面は妖狐の力を封印しているもの。女神が封印した時に出来たものだ。女神が記憶を封印したが、狐面の力が強すぎて女神の力でも叶わなかったのだろう。
教会での一件もそうだ。女神を祀る教会に入った瞬間に頭が痛くなったのはシャイトが妖狐だったせいだろう。
そして、葵の猫化だが、あれはシャイトの血を引いてるからだ。正確に言えば、600年前にシャイトの分身体として生まれた。シャイトの分身体故に、女神に掛けられた呪縛も遺伝したのだろう。
葵は赤子として生まれ変わる毎に全ての記憶を失い、シャイトと必ずどこかで出会う。恋人としてだったり、義理の娘だったり、妻だったり、仲の良い友人だったり……出会い方は様々だが、必ずどこかで出会う。これも一種の呪いかもしれない。
今回の異世界転移も偶然ではないのだろう。女神の戯れか、本当に偶然なのか。偶然だとしたら超天文学的確率になるが……。
話を戻す。
全ての記憶を取り戻したシャイトはそこに呆然と佇んでいた。目尻から流れ出す熱い何かが頬を伝い、地面に落ち、シミとなる。
周囲は戦闘などなかったかのようになっており、記憶を消された兵士たちは詰所へ、飛空船の乗員乗客は全員が荷物を受け取り、船を降りているところだった。
「どうして泣いてるの?」
葵が横まで来て問いかけるが、シャイトは、なんでもないと言って涙を拭う。深くは詮索しないようで、「そっか」と一言だけ吐いて荷物を受け取りにいった。
今は大型の馬車に乗って街道の上を走っているところだ。
着港した時に一悶着あったが、それを記憶に残しているのはシャイトだけだった。
あれから数日が経ち、今は魔大陸の最西端にある村に向かっている。村の名は文字通り【ウェスターンモスト村】英語で最西端という意味だ。もちろん、この世界に英語などない。シャイトが脳内改竄しているだけなので気にしないでほしい。
そして、この【ウェスターンモスト村】だが、この村は辺境中の辺境で、お隣には世界最大級の山がある。名前は【神山】神界に一番近い山という意味だそうだ。また、標高は約一万六千メートル。エベレストの二倍くらいだ。
強力な魔物も多く住んでおり、最低でもA級の魔物だ。
魔物は階級分けされており、一番上はSSS級、一番下はG級だ。SSS級の代表例を挙げれば、ヒュドラや黄金竜などのドラゴンクラス。1匹で天変地異を起こせるもの。G級はゴブリンなどの雑魚モンスターだ。
ちなみにRPGゲームなどで雑魚として出てくるスライムは、A級に分類される超強い魔物だ。
実際に魔王の中で、一体だけスライムがいる。何度か相対したことがあるのだが、シャイトをしても戦いたくない相手トップ3に入るくらい厄介な相手だ。
シャイトの本音としては、「なんでSS級じゃねぇの?」だ。それくらい厄介な魔物だ。
シャイト一行が何故、そんな魔境に向かっているのかと言われれば、アレイドさんから紹介された人物が、村、いや、山に住んでいるかららしい。
確定事項じゃないのは、アレイドさんから聞いただけだからだ。そんな魔境に好んで住む人なんていないと思われるし、近くに村があるのに、何故そこですまないのかという話だ。
信用できないとまではいかないが、そんな人物がいなくても、「あ、やっぱり?」で終わるくらい期待はしていない。目撃情報もないし……
そんなこんなで進むこと三日間。
(え?魔境?近くね?)
シャイトは自分の心に湧き上がった疑問を無視して村の看板を見ると、
『ようこそ!ウェスターンモスト村へ!』
と、書いてある上に二本の線が引かれており、下に付け足されたと思われる看板がぶら下がっていた。
『ようこそ魔境へ!死にたくないならさっさと帰りな!だが、この門を潜ったら一端の戦士だ!歓迎するぜっ!』
汚い字で書かれており、学の無い人物が書いたと思われるものだった。また、門の横には、
『別名、【死神に愛されし村】へようこそ!』
などと書かれている。
本当に村なのだろうか?戦場では無いのだろうか?
そんな疑問も抱きながら、シャイト一行は【ウェスターンモスト村】の門を潜るのだった。




