路上
レヒトさんが手を振って別れていくと、ジュベータはトマさんの背中を目当てについていこうとしたが、慣れない雑踏をかき分けて歩くのは難しくて、なかなか追いつけない。何度か足を止めて待ってくれたトマさんは
「おい、曲がるぞ」
と言って横道に入った。何度か細道を曲がって、裏道にでた。人混みは少なくなって、歩くのは楽になったけど、道路に余裕があるときはトマさんの横に並ぶべきなのか、後ろをゆくべきなのか、悩ましい。後ろを歩くと、トマさんは速度を落として
「疲れたか」
と問うので、どうやら横を歩くべきらしい。
「あの、鯰、ごちそうさまでした」
「おう」
「おいしかったです」
「おう、よかった」
「なんか、不思議です、どうして、こう、こうなって、ここを歩いてるのか」
トマさんはちょっと考えたようだった。しばらく置いて
「ちゃんと食ってないような顔してるからな」
「え、それ私が、ってことですか、あの、あの頃はたまたま事情があれで、そのあと吐く風邪にもなって」
「背が伸びる時期にしっかり食わないと、身体ができん」
「いや、それはじょ女性に対して、どうなんでしょう」
「お、すまん」
トマさんの口の端は笑っていた。
「トマさんは、きっと、たくさん食べて大きくなったんでしょうね」
むっとして、言い返してみる。
「と待って」
トマさんは道端の露店で足をとめると、ナッツの飴がけを一袋買ってジュベータに渡してくれた。
お詫びのつもりなのだろうか。食べて大きくなれというのか。どうしたらいいのかわからなくて、黙る。
しばらく歩くと、広い通りに出て、遠くの笛や太鼓の音に向かって、風船や花を持った人々が二人の前を通り過ぎて行った。通りを走ってわたるとまた裏道の続きだ。
「あの、ちょっと聞きたいんですが」
「何」
「コルムさんに、私のこと、なんて話したんですか」
以前聞きたかったことが、そのまま口に出てしまった。
「ん?レヒトが、何か?」
「その、鯰野郎のことも、話しました?」
「それか」
また少し、考える。答えを待つジュペータは、この人は、話を繕うのではなく、きっと正しく伝える言葉を探すのに時間をかけるのだろう、いつもひどく真直ぐな答えをするから、と考えた。
「野郎のせいで、飯を食えない女がいると。その時は名前は知らなかったから、顔みせて教えた」
「へえ」
沈黙。
「あの、それで」
「それぐらいだな」
「はあ、えっと、それだけで、助けてくれたんですか」
「しばらくレヒトと俺とで様子見て埒があかなかったろう。したら、レヒトが無理やり顔合わせさせて、向こう引き下がったって」
「あ、はい、私、トマさんが頼んだから、あんな芝居をしてくれたのかと」
「いや」
トマさんはまた考えた。
「レヒトは頭がよくて、言わないことまで考えて、やる。俺は一度、鯰野郎と絡んでいるから、正直、やりにくかった」
「よかった」
「レヒトが」
「あの、トマさんが私の、馬鹿なこととか、話さないでくれて、です」
「おう、まあ、話すことでもない」
肉を焼いて売る露店の前でトマさんは足を止め、
「どれぐらい食える?」
と尋ねた。
「いえ、私、まだお腹いっぱいで」
「んじゃパンに挟んでもって帰れ。今日食堂の飯は駄目だ。すまん、串焼き1つとパン2つ分頼む」
トマさんは肉を挟んだパンを1つジュベータに渡すとその場で串焼きを平らげて、(ジュベータは胸やけする思いだったが、)また歩き出す。
「あの、お金」
「遠慮せずに払わせておけ」
「いやでも、それはちょっと」
「あのな、俺は、俺が鯰を食わせようとして具合を悪くさせたことが、すごく嫌だ。だから払わせろ」
「だって、それは河口亭でごちそうになりましたから」
「両方払ってもやったことは戻らん」
「トマさん、私も、助けていただいたこと、申し訳ないし、何のお礼もできていません。だから、ねえ、もうこれで、おあいこにしましょう。やってしまったことは、戻らないのは、お互い様です。お互いに気にしてはいけないことにしましょう。今日で貸し借りなし、ね」
トマさんはジュペータの顔をじっと見た。ジュペータは震えながら、その視線を受け止めた。
「そうしよう」
トマさんは歩き出す。ジュペータが追いつくと、正面を指さして
「こっち進めば王城の通用門だが、一緒に帰るわけにはいかんだろ、俺は馬場から帰る」
「はい、あの今日は、鯰、ありがとうございました。パンもナッツも、ちゃんといただきます」
トマさんはふっと目を細めると、いつものように
「おう」
と言ってうなずくと、脇道へ入っていった。「またな」もなければ手を振ることもなかった。