休日と出勤
王国の新年祭は早春の月のない日である。王城では、貴族たちが祝賀の儀式を執り行い、盛大な宴を楽しむ。各家庭でも、規模は小さいが祝宴を行うのが風習である。したがって国中の雇人たちにとって新年祭が終わるまでは休みどころではなく、一年で一番忙しく働かなくてはならない。そこで次の満月を<別祭日>と呼び、これを雇人の休日にあてる。奉公に出たものは年に一度の里帰りをするし、遠くて帰れない地方出身者をあてこんで、都市では市が立ち、サーカスや劇場は昼公演、店や遊技場は半額セールを開催する。雇人がいないその日の家事は最小限になって、奥様・旦那様が手ずから行う。
「あの、<別祭日>、できれば休みをいただきたいのですが」
ジュベータは年明けに上司のミルチエ夫人の事務室へ赴いて申し出た。
「あら困るわ。あなた帰る予定がないって毎年出勤してくれたから、今年も当てにしていましたのに」
さすがに王城では、すべての家事を貴族にまかせることはできないので、一部の職員が出勤する体制になっている。
「あの、もう5年も続けて出勤していますので、今年は、休めたらと」
「そう、何かよんどころない事情がおありなのかしら。婚約者のご家族と顔合わせとか。実際そういうご予定の方がありますのよ」
「いえ…そういうわけでは」
鯰を食べに連れていかれるだけです。
「エルジュベートさんの代わりに出勤する人がいるようなら、お休みになってもようございます」
「その、こういうわけでして、<別祭日>、折角ですが、お断りをさせていただけます、か」
「おう、残念だな」
テペシさんはこめかみのあたりを掻いた。
「また別の日でもいいんじゃないですか」
ミカエラが慰めるように言うと
「鯰は、<別祭日>が一番うまいんだ」
「えー、そういうものなんですか。すごい」
「じゃあ、また休みが合う日に再挑戦ということで」
とコルムさんがまとめて食堂での相談はお開きとなった。
リーリアはその時、何も言わなかったが、数日後の夜にジュベータの相部屋に来ると、
「私、<別祭日>に出勤してあげてもいいわよ」
と、怒ったように言い放った。
「ええ?だってリーリア、ご実家でお待ちでしょう、私は別に誰もいないし」
「いいの。都内なんだから、半日休みで帰れるもの。それにジュベータは鯰を食べなきゃ」
「いや、そんなに、食べたいわけじゃ…」
「毎年あなたが出勤させられて、ミルチエ夫人の思うままじゃないよ、たまには自分のやりたいようになさいな。男前二人引き連れて遊ぶのよ」
「ふ、二人なのかな」
「とにかく、私は出勤します。ジュベータが出勤しても無駄ですからね。それにこの埋め合わせはしてもらうんだから、気にしないで」
「なに、その埋め合わせって」
「いいの。お休みなさい」
<別祭日>は朝から上天気だった。王城近くの公園で開かれた移動遊園地から調子はずれの音楽が聞こえる。男も、女も、奉公したての子供から腰の曲がった飯炊き女まで、都中の雇人たちが微笑みながら、菓子をかじったり口笛をふいたりしながら、踊るように休日の歩道を闊歩している。ジュベータはきょろきょろしながら、人混みの中を待ち合わせの橋のたもとに向かってあるいた。空気には魚をあぶる匂い、タバコと汗と、早春の木々の匂いが入り混じっている。
「エルジュベート!」
テペシさんの呼ぶ声がした。テペシさんに正式名を呼ばれるとものすごい危機でも迫ってくるような重圧を感じる。でも私服なので、なんだかつり合いが取れない感じで笑ってしまった。
「こんにちは、テペシさん、コルムさん。あの、できれば、ジュベータと呼んでいただくというのは」
「いいね、じゃあ僕たちも、トマとレヒトでいこうか」
コルムさん、いやレヒトさんがジュベータに腕を差し出し、ジュベータは真っ赤になって固辞した。相変わらずの親密さだ。
トマさんのおすすめの店は、橋をわたって倉庫の手前、「フロスの河口」亭だった。
「フロスは俺の方の河の名だ」
トマさんが説明する。トマさんの故郷は沿岸地方で、大河と海がまじりあい、鯰が多く生息するのだそうだ。同郷の人が王都に出て故郷の味の店を出したということで、トマさんは常連になったのだろう。
「おい、こいつに鯰の味を教えてやってくれ」
トマさんは笑いながら店の主人にジュベータを引き合わせた。
「あれ、珍しいこともあるもんだ。旦那が女子衆を連れて見えただ」
主人は大げさに驚いて見せる。
「お嬢さん、鯰は召し上がったことないですか」
「あ、はい、そうですね」
「んじゃ今年初めてどころじゃねえ、生まれて初めての鯰だぁ、こりゃ腕によりを」かけなきゃなんねえだ」
ジュベータはほとんど外食をしたことがないので、物珍しく周囲を見回した。壁に沿って長いテーブルと高い腰掛がならび、木製の小さなテーブルが6個ばかり、朝のうちだが、半分以上お客で埋まっていた。店内には揚げ油とスパイスの香ばしい匂いが漂っていて、魚の臭みは感じられない。