食堂
明日から昼食を食堂で食べろ、と軍人に命じられた。食べたかどうか確認する、ともいわれた。昼が近づくにつれて、ジュベータの胃は空腹以外の反応でその存在を主張している。胃の痛み、すなわち不安の表明である。しかしいつまでも、こんなことを続けることができないのは確かだ。パンだけの食事では体が冷えて、そのうちきっと風邪をひく。
侍女の仕事には決まった昼休みはなく、お昼前後に適当にに仕事の切りをつけて昼食にする。王城内の職員が一斉に食堂に殺到すると混雑するので、あえて早く食べたり遅く食べたりする者たちもいる。リネン室では今日は比較的遅めの昼となった。同僚たちとともにジュベータが立ち上がると
「あら、久しぶりね」
と指摘された。
「ええ、今日からは、食べます」
決意を込めて答える。
食べたか確認って、テペシさんどうするつもりだろう、あるいは口先だけの脅しだろうか、と思っていたら、食堂の手前の喫煙所で、近衛兵付きの黒い制服の面々が屯している、その中にテペシさんがいた。煙を吐きながらじろっとジュベータをにらみつける。あなたそれは柄悪すぎです、と思いながら何気ない風に小さく会釈して通り過ぎた。
「ジュベータさん、今の人、知り合い?」
「あの、昨日来られた方で」
「へぇ、いい感じね」
今どきの娘はああいうごつごつしたのがいいのだろうか?いや中身は本当に紳士だけど。あまり、ジュベータなどが親しい様子を見せないほうがいいのかもしれない。
その日、食堂でジュベータはびくびくしながら食事を終えたが、結局チラヴァ氏を見かけることはなかった。帰るときには喫煙所に黒い制服組はいなくなっていた。食堂に入るところを見て食べたと判断されるらしい。翌日は、食堂の前にテペシさんの姿はなく、ちょっと拍子抜けしたがジェベータたちと入れ替わりに食堂から出てきて、見えないぐらいにうなずかれた。ジュベータも同じようにわずかに首を動かすにとどめる。テペシさんが早めに来た日は喫煙所でジュベータが来るまで待機するつもりかもしれない。お仕事の都合もあるだろうに、あまりにも申し訳ない。しかしジュベータも食事の時間を選べないのである。次にシーツの追加をとりに見えたら、もう確認していただかなくてもちゃんと食べますって言わなくちゃ。
そのまま五日ばかりが過ぎた。リネン室の同僚3人で食堂の4人掛けの席に陣取りながら、ジュベータはチラヴァ氏に会うのが心配なのか、まだテペシさんを見かけないのが気がかりなのか、とにかくぼんやりとしていた。
「失礼、相席してもよろしいでしょうか」
黒い制服がジュベータの隣に立った。え、まさか。
驚いて顔をあげると、砂色の髪の軍人が料理をのせたトレイを手に申し訳なさそうに微笑んでいた。整った顔立ちに、すらりと伸ばした背筋。テペシさんが<軍人>ならこの人は<軍人さん>だ。こういうとき、同僚のリーリアはそつがない。
「構いませんわ、混んでいるんですもの。ご一緒出来て光栄ですわ」
美人はきっと声をかけられるのに慣れているのだろうと思う。
「こちらこそ、こんな美人方と食事できるとは今日の運勢がよかったに違いない。アルブレヒト・コルムと申します」
「私はリーリア、こちらがエルジュベート、こちらがミカエラといいます」
「よろしく、リーリア、エルジュベート、そしてミカエラ」
コルムさんは、ジュベータの向かいの空席に腰をおろすと、食堂のメニューで何が最低か、という話題を選んで、三人の娘たちを楽しませた。ミカエラは頬を染め、リーリアは目を輝かせ、ジュベータですら声を立てて笑った。食事がすむコルムさんは
「よかったら、今度、コーヒーでも飲みに行きましょう」
などと言いながら立ち上がって、これはリーリアに向かって言っているのだろうとジュベータが聞き流していると
「エルジュベート、失礼ですが襟元になにか…」
と手を伸ばしてきた。うろたえるジュベータの肩に手を添えて立たせ、小声で、
「このままちょっと後ろを向いてね」
とささやく。混乱しながらも振り返ると、少し離れたところに、いた、チラヴァ氏だ。ついに。
急に息が苦しくなる。チラヴァ氏がジュベータに気づいた。しかし、ぷいと顔をそらせた。忌々しいといわんばかりに。あ、もう見ようとしない。コルムさんがぽんとジュベータの肩をたたくと、
「どうやら私が玉葱のかけらを飛ばしてしまったようですね。不器用なことをして申し訳ありません」
ご丁寧に玉葱をつまみあげてみせる。
「あ、いえ、こちらこそ、す、すみません」
「では私は失礼します」
コルムさんはにこやかに立ち去った。ミカエラは
「すごーい、かっこいい人でしたねえ」
とため息をついた。
「近衛兵付きって見た目で選ばれる場合もあるのよ」
とリーリアは冷静な意見を述べた。外見で選ぶ、うーん、たぶんテペシさんはその場合にあてはまらないのだろう。それにしても、さっきのはジュベータにチラヴァさんと対面させるための芝居に違いない。ということはテペシさんの差し金、ということになる。ジュベータの胸がなんとなくミヤモヤする。