山国にて
王都では、いつも陛下を守る山が街の背後に控えていた。トーラスでも、山が街の背後ではあるけれど、むしろ町のあちこちが山に食い込まれていて、人間よりずっと山の方が強い。西に開けていた王都のような長い夕方がなくて、あっという間に暗くなる。エステル大叔母様がお嫁に来られた頃は、街灯もほとんどなくて、本当に寂しい夕暮れだったということだ。ジュベータは大叔母様の居間に灯りをともすと、窓にカーテンを下ろして闇をを部屋から閉め出した。
いつもならそろそろ夕食の時間だ。今日は男爵様の事務室へ行かれて、まだお戻りにならない。直接夕食に行かれたのだろうか、と頭をひねっていると、大叔母様についていた侍女が戻ってきて、その通りだと知らせた。ジュベータと交代して食事に行かせてくれる。
ジュベータは大叔母様の3人目の侍女のような扱いになっている。大叔母様の身内であるけれど、御一族のうちには入らず、使用人の上の方の新参なわけだ。他の侍女たちとは違って、大叔母様はジュベータにはわがまま、とまではいかないが、言いたいことをおっしゃれるようだ。例えば部屋が寒いとき、他の侍女しかいなければ大叔母様は肩掛けを巻き直して我慢なさるが、ジュベータがいれば、火鉢の火を強めておくれ、とおっしゃるだろう。平民出ということで、いまだに、大叔母様は遠慮がちなのだ。ジュベータが来て役に立っていると思うところだ。
使用人の食堂で夕食を終えた後、大叔母様の寝室の支度をしていると、居間に来るように呼ばれた。大叔母様はジュベータに、薬草茶を飲みたいからご相伴するようにと仰る。火鉢に小鍋をのせて、他の侍女がお茶を煎じていた。大叔母様はジュベータに生姜をおろさせてカップに追加した。
「ああ、寒くなってくると生姜がありがたいわ」
「お気が早い。まだ秋がひと月ございますわよ」
最古参の侍女が笑って答えた。
「ジュベータが来てそろそろひと月だったかしら」
「はい、そうです」
ジュベータが答えると、
「お前に聞いておきたいことがあるんだけど。ジュベータは21だったわね、まだ結婚したい気持ちはあるの」
「あの、私は、これまでご縁がなく」
「これまでじゃなくてこれからよ。結婚したい気持ちがあるなら、私も相手を見繕うし、お金も多少は援助するつもりよ、ただねえ、ある程度世の中を見ると、男に縛られて暮らすより、独りがいいという気持ちになるというしね」
古参の侍女は面白そうにジュベータの様子を眺めながら薬草茶を飲んだ。
「私は21くらいの頃はまだまだ結婚する気でおりましたけど、結局ご縁ができたのは25過ぎでしたわ」
「あ、ご結婚なさってもお勤めを?」
「ええ、子供が手を離れてからね、また戻って参りましたの」
「ジュベータ、話をそらすのではありません」
大叔母様がたしなめられる。
「あ、すみません、私のことですね」
王城を出たときのジュベータなら、自分で決めた相手となら結婚すると答えただろう。もうちょっと後のジュベータは、自分で決めたってどうしようもできないと知った。だから何といって答えればいいのだろう。
「あの、や、やっぱり、好きな方と結婚できたらいいな、と思います」
「乙女心ってそういうものですわ」
古参の侍女は微笑んだ。大叔母様は片方の眉を上げて薬草茶を呑むと
「好きな方はいるの、ジュベータ」
とお尋ねになった。
「いいえ、ご縁がなくて」
その問いを半ば予測していたジュベータは、声を震わせたりせずに答えることができた。
「では何か見つけなくてはね、よいご縁を」
「はい」
大叔母様にはよいお返事をしたけれど、ジュベータは内心でため息をついていたのだ。
翌朝、大叔母様は、ジュベータに命じて、林檎と栗のきれいなものを一籠選ばせると、贈答にするからと柄にリボンをかけさせた。大叔母様は執事を呼び、書状とジュベータの用意した籠を渡された。ジュベータにとっては何の思い入れもない、ただの仕事だ。でもそれ以来大叔母様は何となく落ち着きをなくされて、午後になるとガラス窓から街道の方をご覧になって、何かを待っておられる様子だった。
それから数日で急に朝夕の冷え込みが厳しくなって、強い風が吹き、トーラスの山の木々は葉を散らした。午後になって急に雨になった後、大叔母様が男爵様に呼ばれて席を外されたので、侍女たちはそれぞれに仕事を片付けていたが、ジュベータにお呼びがかった。男爵夫人と客人へお茶を入れて、運ぶようにということだった。
「あの、男爵様とご一緒ではないのでしょうか」
「はい、お二人で、御玄関の横の部屋においでです」
それは来客の随行者などが通される部屋で、男爵夫人がお茶を召し上がるにはおかしいのだが、言伝されたメイドに問い詰めても仕方ない。ジュベータは厨房でお茶を貰うと、盆にのせて指示された部屋の扉を叩いた。
「おはいり」
大叔母様の声を受けて扉を開くと、正面に大叔母様が掛けておられて、横手の窓側には執事が控えていた。手前の席には、黒い制服の男が、顔を上げた。テペシさんだった。




