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甘い言葉をひとしずく  作者: 入峰いと
初夏の章
18/41

動悸と息切れ

テペシさんの目つきが悪くなる。

「おい、遠慮してないか?」

「はい、本当に、テペシさんみたいには食べられません。そ、そうだそうだ、先日はベリーを食べるのを手伝っていただきまして、本当にありがとうございました」

テペシさんはエールを一口呑んで、

「いや、あれは、うまかった。ちょっと驚いたが。」

「摘みたてはもっと、おいしかったんです。好きなだけ持って行っていいって言われたので、籠に入れたら帰る途中でどんどん悪くなって、テペシさんがいてくださらないと、捨てなくてはいけないところでした」

「欲張りすぎだ」

ジュベータは、怒られたのかと、素早く相手の顔色を伺う。大丈夫、テペシさんの口元は笑っている。

「下宿の小母さんへお土産にしようと思ったんです。すぐ潰れるから、あまりお店で売らないそうで、珍しくて」

「俺も食ったの、初めてだな」

「そうなんですか、テペシさんのおうちでは、作っていなかったんですか」

「気候が違うで、俺の方にはベリーはほとんど生えない、と思う」

「え、ベリーが、全然、ないんですか」

「ない。リンゴもない。サクランボもない」

「えぇ?それは」

「西瓜とイチジクは沢山ある」

「あ、良かったです。そ、それに、あの以前お持ちだった、鯰に汁を絞っていただいた、あの黄色い果物」

「おう、あれは、果物というより、酢の代わりだけども、ああいうレモンの仲間みたいのはいろいろとある」

「なにが、あの、テペシさんが、何が一番お好きでしょうか、く、果物でっ」

テペシさんは腸詰を嚙みながらしばらく考えた。ジュベータに向き直り、おもむろに宣言する。

「知らんだろうが、ハマメガネ」

「は、はい、わかりません」

「これくらいの実がこう2つ入って」

親指と人差し指で輪を作って、2つくっつけて見せる。

「でかい豆みたいで、豆より柔っこくて甘いけどちっと塩みもある。海辺に生えるから」

「初めて聞きました。おいしそう、です」

「おいしいというよりも、子供の頃の思い出の味だな。エビ捕りだの泳ぎだのって、友達同士で海に行ったら、必ずハマメガネ探して食った」

「え、お友達と、エビ捕りって、お仕事じゃなくて、ですか?」

「いや、遊びで」

「あの、すごく、男の子ですね。遊びの、えっと、規模が」

「エビはな、大きさこれぐらいのを掬って飼う。かわいいもんだ」

テペシさんが手の小指の第一関節を示すのでジュベータはエールを吹き出しそうになった。

「ごほっ、ごめんなさい、私勝手に、もっと大きいエビを、想像」

ジュベータはこらえきれずに声を上げて笑いだす。

「こんな、こんな」

笑い声の隙間から、小指を出して

「こんな、エビが、ぶぶぶ」

また、笑いがこみあげてくる。ジュベータはしばらく身体を震わせていたが、ようやく普通の呼吸を取り戻し、

「す、すみません、私、自分の思い違いがおかしくって」

「こんなに声出して笑うんだなあ」

テペシさんは動じない。ジュベータがエールを飲み干すと、

「水でも貰うか」

「いえ、もう大丈夫です」

「んじゃそろそろ帰るか。あー、手洗い借りるなら、あっちだが」


ジュベータが素直に従って、席に戻ると、店のお内儀がいて、テペシさんは勘定をすませたところらしかった。

「ありがとうございます、またおいでくだせいまし。お嬢さんも是非ご一緒に」

お内儀はテペシさんとジュベータのそれぞれに笑顔を向けた。

「あ、こ、こちらこそ、ありがとうございます。おいしかったです」

ジュベータが口ごもる一方、テペシさんは

「おう、また来ら」

と短く答えて、足早に店を出た。


「テペシさん、すみません、ご馳走になりました」

店の外でお礼をいいながら、ジュベータは内心では、あまり申し訳なく思っていなかった。ジュベータに食事をとらせるというのは、リーリアの差し金だろうと見当をつけたからだ。このお手紙とお茶を渡して、ジュベータが元気がなさそうなら、食事にでも誘ってやってね、って、リーリアならきっとそいういことをいう。そしてテペシさんは、頼まれたことを確実にこなす人だ。急に飲みに行く、という話になったのには、事前に計画があったからに違いない。

「いや、気にすんな。歩けるか」

「はい、大丈夫です」

来た時の運河ではなく、大通りを北に向かう。ジュベータはテペシさんの後ろについて歩こうとしたが、テペシさんは足を止めて待ってくれるので、やっぱり横をあるくべきらしい。エールのせいか、顔が熱くなってきた。

「あの、まだ、明るいですね」

息切れ気味の声が出た。

「王都は陽が長い」

日はとっくに落ちているが、空はまだ完全に暗くなっていない。人通りもある。時々は馬車とすれ違う。曲がり角では、小路の食べ物屋の匂いと人声が漂ってくる。そんな路から急に出てきた酔客とぶつかりそうになって、ジュベータはテペシさんに腕をつかんで引き寄せられた。ジュベータの耳に自分の血流がどくどく流れる音が聞こえるほど、びっくりした。テペシさんはすぐにジュベータの腕から手を放して、立ち位置を入れ替える。

「こっち側歩く」

「す、すみません」

小さな声しかでなかった。














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