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ベリーの果実

 頼る実家のないはずのジュベータが、王城を退職してどう暮らしていくつもりなのか、気にはなったものの、同僚の娘たちですらはっきりしたことを知らない以上、トマにできることは何一つない。そもそも、別に親しい間柄でもない。トマはジュベータのことを考えないことにした。しかし、ちょうど歯がぐらぐらしている時のように、なにかの拍子で思い出したとたんに、頭の中が懸念でいっぱいになってしまう。


 その朝も、トマは若い主人のくだらない使いで郊外へ出かけることになった。市の門には通行料を支払う人々が長い列を作っていて、トマは馬の轡をおさえて行列に並びながら心の中で王都への人口集中を呪っていたのだが、王都のどこともしれぬ片隅に身を置いているだろうジュベータのことに思いが及んでしまった。市門前の人だかりのなかにいた農婦がひょろりと伸びた体つきをしていたためかもしれない。農婦は、物乞いの老女がうずくまっているのに話しかけていたが、手にした小籠からなにかを与えた。痛ましいような気持ちでトマが見ていると、農婦は頭にのせていた草の葉を編んだ簡素な被り物をを外した。ジュベータだった。


 トマは息を吸って考えた。自分の頭脳あたまはおかしくなっていないか。知らぬ女がジュベータに見えるとは何かの異常の前兆なのではないだろうか。どう考えてもジュベータにそこまで思い入れがあるはずはない。農婦は目をあげてトマに気づいた。一瞬驚いたように口元に手を当てると、王城式の会釈をした。本人だ。トマは安堵の息をついた。


 ジュベータが小走りに近づいてきた。

「テペシさん、お、おはようございます。お久しぶりで…」

「おう」

何から尋ねればいいのだろう。

「あの、テペシさん、今ちょっと、お時間、よろしいでしょうか」

「ああ、どうせ順番待ちだ」

「良かった。ここでテペシさんにお会いできて」

いつもおどおどしているジュベータがまれにこうして笑うたび、トマは胸を突かれるような気分になる。

「あの、これ、ベリー、早く食べないと悪くなるんですけど、私一人では無理で。すみません、道端で申し訳ないんですけど、えっと、テペシさんなら平気かなって」

ジュペータはさっきの小籠を見せた。黒紫色のつぶつぶとしたベリーがこんもり入っている。

「昨日摘んだばかりなんです。でももう底から、汁が」

「ちょ、ちょっと待て、馬を」

すぐ近くに公共の泉があって馬に水を飲ませることができる。その横手に馬をつないで自分の手も洗う。

「テペシさん、すみません、どうぞ、どうぞ」

ジュベータは石作りの腰掛に座ってトマにベリーを勧めた。このベリーは初めて見るが、トマの故郷の地方では育たない果物なのだろう。一つ摘んで噛むと口の中でプチプチ潰れて甘い汁が出る。

「あの、ベリー、お嫌いじゃないですか」

「うまい」

トマは三つ四つまとめて口に入れる。

「良かった、沢山ありますので、食べていただけると、本当に助かります。さっきのおばあさんにもあげたんですけど、器がなくって、帽子に入れてあげるしかなくって」

ジュベータも話しながらベリーをつまんで口へ運ぶ。籠に伸ばす手の先が赤黒く染まっているし、よく見ると唇も黒い。

「どうした、これ」

トマは、とりあえず聞きやすいことを尋ねてみた。

「ベリー摘みのお仕事を、三日間だけなんですけど、紹介していただきまして、帰りに、お土産に」

「ああ、それでか」

収穫期に人手が足りず、臨時に近くの町から来てもらうことはよくある。

「私で役に立つか、心配だったんですけど、ベリー摘みは難しくないからって言われて」

「腰曲げる仕事じゃないのか」

「あの、木の上も下もあって、もう背中も膝も、体中痛くなりました。寝るのも納屋で、わらの中で。でも、すごく、楽しかった、帽子の作り方も教わりました。あ、でも虫がすごくて」

ジュベータは身震いする。

「世の中にこんなに気味の悪い虫がたくさんいるって知らなかったです。一生分の虫を見た気がします」

「そのうち慣れるもんだ」

「そうですね、いちいち叫んでたら、仕事にならないですもんね」

「叫んだのか?」

「すごい怖い色の長い芋虫だけ」

「縞の奴だろう」

「そ、そ、それ」

ジュペータは首を縮めるようにして左右に振った。

「知ってるんですか、テペシさん」

「俺実家、農家だから。町から来た嫁さんなんか、最初は虫怖がるけど皆平気になる」

「そう、なんですね」

「ずっと農家の手伝いをしてるのか」

「あの、住み込みで働ける口を探しているんですが、なかなかで。ちょっとずつ働いてはいます。掃除とか、です」

小籠の底に近づくにつれ、ベリーは潰れてくずぐずになってきた。

「もう、後は食べない方が…ぐちゃっとなっていますよ」

「ジュペータ」

やはり、何をどう尋ねればいいのかわからない。

「歩いて帰るのか」

「あ、はい、ここまでは農家の荷車で送ってもらって、ここから歩きです」

「遠いんじゃないか」

「ええっと、北堀ですから、ゆっくり歩いても、2時間くらい、十分お昼前には」

「馬で送ってやりたいが、使いの途中だ。すまんが、住所を教えてくれ。リーリア達も知らんというし」

ジュベータはちょっと目をそらした。

「ちゃんと、仕事が決まってから…まだ、住むところも、変わると思います、から」

「馬鹿いうな。お前に何かあっても探すこともできない状態で良いわけあるか。これ以上リーリアに心配かけるな」

「そんな、つもりでは」

ジュベータは手の爪についた汚れをこすった。

「北堀の、鰺小路のドバニさんという下宿屋にいます。あの、元気でやっていると、リーリアとミカエラににお伝えくださいますか」

「ドバニだな。伝える」

「お仕事中に引き留めまして、大変申し訳ございませんでした」

「いや、お前の居所がわかって何よりだ」

トマは馬を牽きながら、片手をジュベータに出した。ベリーの汁で赤くなった指さきに同じ色をしたジュベータの指が触れる。

「テペシさんも、手が、すみません」

「構わん」

ジュペータが手を下した。

「じゃあ、また」

「ありがとうございました」

短くなった行列に並び直してから振り返ると、ジュベータがお辞儀をして市街の方へ歩き出すのが見えた。




















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