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これまでのあらすじ

 トマ・テペシやその兄の子供のころ、大食いをしたりいやしい食べ方をしたりするたび、祖母に

「なんだ、食べさせてない子供みたいに」

と叱られたものだった。もちろん祖母が叱るのは躾として当然なのだが、富農で地主の奥様である祖母が口にすると、その「食べさせてない子」というフレーズに、テペシ一族の後ろ暗い歴史上の事実が潜んでいるような気がして、幼いトマは、もやもやとした気持ちになったものだった。トマの見る限りテペシの一族の領地で、使用人や小作人を飢えさせるようなことはなかったにもかかわらず。成長したのち、トマが領地で農業を続けるのを避けて軍人となったことにも、この時の気持ちがわずかに影を落としていると思う。


 王城内で、侍女のエルジュベートという女を初めて見たとき、もちろん最初は名前も知らなかったのだが、トマの心のなかで「なんだ、食べさせてない子みたいに」と、死んだ祖母がつぶやいた。背ばかり伸びて薄い身体をし、人垣の外から決して口に入らない食べ物を眺めるような目をしていた。


 エルジュベートは、知り合いになってみると、おどおどして頼りないのだが、たまにぽつりと予想外な言葉を吐く、まるで王城の侍女らしくない女だった。主人の命で街に出たとき、街頭で鯰の揚げ物を売っているのを見かけ、エルジュベートに食べさせたらどう言うだろうと考えつき、衝動的に買ってしまったことがある。だが、逆に体調を悪くさせてしまったのには参った。レヒトがうまく根回ししてくれて、なんとか鯰を食べさせることができて良かった。あの日は故郷の<別祭日>のように穏やかに晴れて、彼女は鯰を食べて目を丸くして「おいしい」と言った。明るい色の服で祭日の人混みの中を、立ち並ぶ露店に目をひかれながら歩く姿は、子供っぽく、むしろ微笑ましいくらいだった。そう言えばジュベータと呼ぶんだった。子供みたいなもんだ。


 こいつは、世の中にどんなにうまい物があるのか、まあ、うまい酒もだが、知らないままに大人になったのではないか、とその時トマは思った。これが男同士なら、<今度飲みに行こうぜ>の一言で済むのだが、ジュベータを王城から誘い出して何か食わせてやるには、そういうわけにもいくまい。何か口実を作って、と考えているうちに、ジュベータはちょうどトマの思惑を見透かしたように

「今日で貸し借りなし」

と言い出した。

 

 それはもう誘うな、という意味だろうか。トマはジュベータの表情を検分した。唇が震えている。なるほど。トマは自分の骨太な体格や田舎の訛が女に好まれない傾向にあることを十分自覚していた。別にやましい下心があるでなし、これ以上に親しくならないくらいは簡単なことだ。トマは納得し、その日以降、食堂で、廊下で、細い首筋の女を目で探すのを止めた。幸い主人がシーツの追加を要求することも途絶えたし、もちろんレヒトはトマが「その話は終わりだ」と言えばそれ以上口を出してくるような性質ではない。

「くよくよしないさ、他にも女の子はいっぱいいるよ」

と慰められたので一発小突いてやったが。


 そんなわけで、トマはある日ジュベータに王城の階段の上で呼び止められた時にはずいぶん驚いたのだった。

「テペシさん、お話がございます」

ジュペータは堅苦しい口調で呼びかけてきた。

「おう、何だ」

どこか物陰に呼ばれるのかと思えば、ジュベータは階段の途中に突っ立ったまま、

「実は、私、このたび退職することになりました。テペシさんにはいろいろとお世話になり誠にありがとうございました」

と頭を下げた。

「そ、そりゃ」

ちょっと考える。

「そりゃめでたいな」

「あの、めでたいということではないのです、結婚はいたしません」

「そうか」

実家はもう無いというような話だったが、何か事情があるのだろうか。しかしそんな立ち入ったことを尋ねるわけにもいくまい。考えていると掌に載る様な小さな包みを2つ渡された。

「ご挨拶のしるしに、そ、それはお手数ですが、よろしければコルムさんにも、一つ、お渡しいただければ」

「おう、預かった」

何か言葉をかけてやりたくても、何も思いつかない。やっとのことで

「元気でな」

というと、ジュペータはにやっと笑って見せて

「ちゃんとご飯、食べますから」

と答え、軽く頭を下げて階段を下りて行った。その場で見送るわけにもいかず、トマも何気ない素振りで階段を上り、仕事に戻ったのだった。


夜、レヒトに会ったのでジュベータの包みを一つ手渡し

「ジュベータは仕事を辞めるそうだ。お前にだと」

と告げた。

「おやおや、結婚相手がいたんだ」

「いや、結婚はしない、そうだ」

「へえ、じゃあどうするの?」

「知らん」

「どうでもいい、っていうわけでもないみたいだね」

レヒトは笑った。そして包みを開くと

「あ、お菓子。これ本当に俺が貰っていいの?」

「同じものを二つ渡された」

トマも包みを開いてみた。やはり同じ、ナッツの飴がけを乗せた小さな焼き菓子だった。そういえば露店で似たようなものを買ってやったことを思い出してしまった。







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