ここではないどこかへ
大変申し訳ございません。予約投稿時日時にあやまりがございましたので
内容を差し替えさせていただきます。
まことに恐れ入りますがご了承をお願いいたします。
その日は、洗濯から帰ってきた枕カバーの数が足りなかった。それも個人別の刺繍入りの一番高価な品である。こちらで渡したときの伝票と返ってきたときの伝票が違うのではないか、と業者を問い詰めたが、業者は枚数は納品時に確認したはずで、確認後に紛失したのだろうと主張する。リーリアがいれば言い負けたりしないのだが、リーリアは半日休みで、若いミカエラと若くないが押しの弱いジュペータでは、なかなか埒があかない。結局、お互いにもう一度探してみることにいたしましょう。ということでなんとかその場を痛み分けに持ち込むと、ジュペータは3時にミルチエ夫人に呼び出されていたのに、もう3時半になっていた。ミカエラに枕カバーの再捜索をまかせて、足早に事務室へ参上した。
ミルチエ夫人は、約束に遅れたジュペータをじろりとにらんで、
「エルジュベート・ノシク、来月限りでベッドリネン係侍女の職を免じます」
と宣言した。
「申し訳ありません、今後このようなことがないように善処いたしますので何卒ご容赦を賜りますよう伏してお願い申し上げます」
ジュベータが必死で頭を下げてたのに対して、ミルチエ夫人はむしろ機嫌よいともいえる表情で
「別に今日の遅刻がどうこういうわけではありませんのよ。あなたの契約は21歳の誕生日の月末までですからね、最初から決まっていた話です」
「契約ですって」
「ええ、侍女は大体3年契約ですが、あなたは例外的に4年でしたわね。13歳から4年、一度更新して17歳から4年となっておりました」
「私、何も伺っておりません」
「未成年者は親御さんを介しての契約です。それにしても契約というものがあることくらい、常識的に弁えてしかるべきですわ」
「あ、あの更新したんですよね、17歳で、ではもう一度、それを、更新をお願いいたします」
「残念ですが、契約の更新には保証人が必要となりますの。父、兄弟、夫、息子、あるいはそれらに代わる男性市民の保証人はいらっしゃるかしら」
一年の最初の月が終わろうとしている。日差しはますます明るく、木々の枝には柔らかな青葉が輝いて、王城の窓も開け放たれ、春風に乗って花の香が漂ってくる。そんなうららかな春の日、ジュペータの人生が急に暗転したように思われた。
ジュペータはのろのろとミルチエ夫人の許を辞すると、リネン室に戻り、ミカエラと二人で失われた枕カバーの捜索をつづけた。束ねられた洗濯物を片っ端から開いて振ってみた挙句、刺繡のない枕カバーの束に紛れ込んで納品されていたことがわかった。たしかに業者のミスだが、受けたときに確認するべきでしょうと言い返されるに違いない。確認したミカエラを責めるのも酷だ。開いてみないとわからないのだから。
「これからは刺繍のあるものばかり、まとめて納品させましょう。ミカエラ、遅くなりましたが、もういちど全部畳んで片付けないと。このままでは明日困りますから、もう少しだけ、頑張りましょう」
「はぁ、嫌になっちゃう。リーリアさんはこんな日にお休みでラッキーですよね」
「そうですね」
「コルムさんと二人でお出かけなんて、うらやましいです」
「半日休みの夜でかけると、朝、鍵開けに来るのが、つらいんじゃないかしら」
「ジュペータさん、それ意味深です!やばいです!」
「え、そ、そうですか?」
「でも、コルムさんなら、いいかも、ねえ、リーリアさんとコルムさんってお似合いですよね。このままお付き合いして、結婚しちゃえばいいと思いません?」
「うーん、あの、ミカエラだってコルムさんとお付き合いしたい、とか、ないんですか?」
「あーあたしは無理です。婚約者がいますから。コルムさんはすっごい素敵なんですけどね」
「そ、その、どんな方かお尋ねしても、かまいませんか?」
「猟師で、ケワタガモを捕ってる人ですけど、ものすごく強くて、稼ぐらしいです。うちは羽毛布団屋ですから、そういう人がいいんで。」
「そうなんですね…」
手と口を動していれば、将来のことを考える暇もない。そかし夜、一人になるとジュペータは不安に押しつぶされそうになった。ベッドの中で、寝返りを打ちながら考える。保証人がいれば、ミルチエ夫人に頼み込んで契約を更新できるかもしれない。父、兄弟、夫、息子、あるいはそれらに代わる男性市民。継母は頼れない。ジュペータは親族も少ない。祖父母は全員すでに亡く、父の妹は、葬儀で会ったが、未亡人だ。母は一人娘だった。逆に頼りにくいことに、貴族に嫁いだ母の叔母という人がいる。領地はトーラスで、ずっと昔の<別祭日>に訪ねたことがあるが、その後夫と外国に行ってしまった。とにかく事情は大叔母に知らせよう。トーラスに手紙を出して、何とかして大叔母に伝えてもらえるよう、依頼しよう。早く返事がくればきっと退職までに更新できる。自分に言い聞かせてジュペータは無理やり目をつぶった。