リーリアの巻
「<別祭日>、折角ですが、お断りをさせていただけます、か」
「おう、残念だな」
リーリアの同僚、嫁ぎ遅れのジュペータと筋肉系男前のテペシは食堂ですれちがいざまに話していた。侍女勤めというのは、そこそこ高レベルの男性が集まっている乙女の狩猟場である。ジュペータでさえこんな男前と会話できるのだ。リーリアは早く退職して結婚するよう親にせっつかれているが、今結婚するのは早計と考えている。第一侍女勤めは実家より格段に自由だ。その気になれば人目につかない物陰もあるし、ちょっとしたメモを回してくれるネットワークだって存在する。
「誰か、エルジュベートの代わりに出勤できる人がいればいいのにね」
テペシの同僚で優男系男前のコルムは、リーリアにしか聞こえないような声でつぶやいた。ジュベータへの思いやりの言葉だろう。
「難しいですわね」
当たり障りなく、かつ一抹のやさしさをにじませて答えた後で、別の可能性に気づいた。<ジュペータの代わりに誰かが出勤>=<ジュペータは休んでテペシと出かける>=<ジュペータとテペシが親密になる>と、「いいのにね」すなわちテペシがジュペータ狙いだよ、という言外の意味かしら。ありえないわ、と思いつつ、記憶をたどってみる。テペシはジュペータに魚を贈り、ジュペータが吐いたおわびとに魚を食べに行く。かなり変わった展開だが、テペシからジュペータに対して働きかけているとは言える。それにしても、精悍で長身の軍人が、地味で貧乏な嫁き遅れを狙う意味がわからないが。
もし、テペシがジュペータ狙いだとしたら、コルムはどう動くのだろう。「いいね、大人しそうでお似合いじゃん」と援護するか、「やめとけよ、財産ない嫁だと苦労するぜ」と阻止するのか。阻止するなら、そもそも魚を贈るのを止めるとか、ジュペータが吐いたときにリーリアたちにまかせて去るとか、いくらでもやりようがあった。その反対にコルムこそが、おわびにジュペータを誘うようテペシを誘導した本人だ。リーリアは確信を持った。テペシの気持ちは不明だが、コルムはジュペータとテペシをまとめようとしている。
リーリアは、書類の束をかかえて屋外に出て、洗濯業者の荷馬車に歩みより、伝票の不明箇所を質した。業者が走り去ると、ほつれ毛を整えながらすばやく周囲を確認する。この時間帯にこの場所にいると、厩舎から建物に向かう近衛兵付きの兵士が通るのだ。あまり待ち構えているように見えてはならないので、勝負は一瞬だ。
「やあ、リーリア、おはよう」
コルムがリーリアを<見かけて>声をかけてきた。
「コルムさん、ちょうど良かった、お尋ねしたかったことがありますの」
リーリアは笑顔を浮かべ、2、3歩横へよると、声を落として
「テペシさんって、もしかしてジュベータのことがお好きなのかしら」
「いや、それはないと思うよ」
コルムも笑顔で答える。これは本音なのか、それともうわべだけかしら。
「そうなんですの?なんだかコルムさんが二人を近づけようとしているように、お見受けしたものですから」
「ジュベータのことが心配なの?友達として」
リーリアの笑顔は揺るがない。友達ではないけど。
「ジュベータは内気な人ですもの」
「トマも寡黙だからね。なにかきっかけがないと、始まるものも始まらないでしょ」
「お友達思いですこと。もしかして、私たちに近づいてこられたのもそのためですの?」
これは、ちょっとしたお返し。
「リーリア…」
そのはずが、コルムが答えに詰まるのを見て腹立ちに代わる。
「私がジュペータの代わりに出勤したら、何か埋め合わせをしていただけるのかしら」
「何がお望みですか、お姫様」
「そうねえ、二人で夜を過ごしたいわ」
「夜」
コルムが片眉をあげてみせ、リーリアは真っ赤になる。
「お食事とダンス!」
「おまかせください。いつがいいの?」
「次の半日休みは月末なの」
「では月末、楽しみにしてるよ」
コルムは、リーリアの指に手を伸ばしかけて、
「ごめん、厩舎がえりだから」
と言い訳して手をおろす。
「ええ、では、私はこれで」
リーリアはさっと向きを返ると、いかにも用事がありそうに歩み去ったのだ。指が震えるのを押さえながら。
そして月末の夜。
「テペシさんとジュペータは親密になったようには見えませんわ」
ワインと前菜を終え、雰囲気が和んだところで、リーリアは切り出した。
「リーリアの休日出勤が無駄になったかな」
「実家に帰ってあれこれ言われることを思えば、職場に残る方がよっぽど有意義だわ」
「そうかもしれないね」
「あなたとこうして過ごすこともできましたし、ね」
とっておきの小悪魔的微笑を浮かべてみる。しかしコルムはくすっと笑っただけだ。リーリアは鼻白んで、
「これから、あなたはどうなさるの」
と尋ねた。
「食事のあとはダンスのつもりだよ」
「テペシさんの縁結びのことですわ」
「ああ、それ。今は君のことしか考えていないからね」
それは、リーリアのほしかった言葉だと思ったが、同時にたまらなく嘘くさいと感じてしまった。