表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/41

中年上司につかまって

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。王城に侍女として勤めるジュベータの10日に一度の半日休みが、上司の自慢話でつぶれていく。今日は下着の繕いと、陽のあるうちにウール物を洗濯しなくちゃいけなかったのに。ジュベータは、職場であり、宿舎でもある王城の、職員が通行する裏庭のベンチで、禿ではないことが取り柄の中年上司と会話、というより一方的に話を聞かされていた。


 座った時には冬の日差しがちょうどよく当たったベンチだが、日が傾くにつれて気温も下がって、いら立ちを込めて両腕をさすると、

「寒い?」

とチラヴァ氏がさすってくれそうにするので、

「いいえ、気のせいです、なんでもないです」

と全力でごまかす。そう、さっきから少しづつ、ジュベータの手を撫ぜたり、ふっと顔を近づけてきたりで、距離を詰められている気がする。頭髪が脂っぽくってタバコのにおいがするのがわかる近さだ。


 立ち上がって建物内に入ってしまいたい。でも話の途中でそんなことをしたら絶対に「失礼だッ上司を虚仮にしたなッ」って怒る。怒るに違いない。ジュベータはチラヴァ氏が部下に怒鳴りちらす様子をよく知っている。幸い直属の上司ではないので、これまでジュベータ自身がお怒りの対象になったことがなかっただけだ。ベンチの上でさりげなく身体を遠ざけようとしてもじりじり詰めてくる。お腹が痛いって言ってみようか。お腹が痛くって危機一髪なんです!って。でも男性に向かってそんなことを言ったら下品な女って言われて悪い噂がたてられるかも。ジュベータは8年近く御城に努めているが、その間に「悪い噂」を立てられて退職した侍女が少なくとも2人はいる。3人目になるのはごめんだ。特に退職しても帰る家がない身なのだから、できる限り噂になることは避けたい。


 ああ、早く用件を話してくれたらいいのに。チラヴァ氏はどんな話もは口ひげをひねりながら自慢話を混ぜないといけないと信じているらしく、、さっきから家柄と仕事上の責任のあたりで話題がぐるぐる回っている。実際に彼はは大した仕事をしているわけでもない。チラヴァ氏は王城の内装関係の監督役だけど、面倒なことはみんな部下の侍女まかせだ、とカーテン室にいたエヴァから聞いたことがある。王城内では、長年にわたって、業務に関係する業界の組合が、未婚の娘たちを侍女として奉仕させる仕来たりが出来上がっている。ジュベータは亜麻織物商組合からベッドリネン係に入ったのでカーテン室とは接点がないこともなかった。


「というわけで私も30過ぎてそれなりの地位にあるのだからそろそろ身を固めたいと思ってね。これまでいろいろ若い娘と付き合ってきたけど、真剣に結婚となると、やっぱり若い子では何かと安心できないしねえ」

いつのまにかに話題が変わって驚いた。チラヴァ氏が若い娘と交際していたというのは知らなかった。そもそも誰かと交際ということをする人には見えなかった。職員の食堂なんかで、たまたまそばにいた被害者をターゲットに自慢話を繰り広げていた様子を見る限り。でももちろん口に出すのは

「そうですね」

の一言だけ。これまでも、チラヴァ氏につかまったらそれなりに相槌をうつようには努めてきた。ジュベータ自身にしても特定の親しい人というのがほとんどいない。大方の侍女は年頃になるとお城勤めで経歴に箔をつけて結婚退職してしまうので、ジュベータと同年配の者はあまり残っていない。本当は同年配の娘たちともなじめなかったが、それも過去のことだ。


「あんたもいつまで働いたところで、親もなし、持参金もなし、大した器量でもなしときたら嫁の貰い手も見つからないだろう。私ならその辺は目をつぶってやってもいい。あんたは派手なところがないから、かえってうちの母親も気に入るかもしれん」

急に相手の言葉がジュベータの耳に突き刺さった。これは、用件というのはもしかして私と結婚したいということ?さっきからの家柄自慢はプロポーズの前提?全力でベンチから立ち上がる。


「今、おっしゃいましたのは…」

「感激したかな?ついに嫁に貰ってもらえる相手ができて」

ジュベータは全身がガタガタ震えるのを感じ、祈るように胸の前で指を組み合わせた。

「駄目。駄目です。そんな、私のような者では、あなたにはつりあいません」

本当はあなたのような威張った男と結婚なんて絶対勘弁してくださいと言いたい気持ちでいっぱいだが、まさかにそんな返事はできず、できる限り穏便なお断り文句を絞り出す。

「そりゃ確かにうちの家柄には釣り合わんだろうが、あんた、親は借金残して死んだとはいえ、侍女に出られるくらいの家だ。年だって20才ならまだまだ子供も産める。すぐに私が何人でも産ませてやるよ」

ひどい。面と向かって子どもをどうこうって。いやらしすぎる。

「そのような、じょ、冗談はおやめください」

「冗談ではない。私は本気でやる気まんまんってやつだだ」

相手はさっとジュベータの腕をつかんで無理やり自分の身体のほうへ引き寄せた。

「離してください」

ジュベータはは体をふりほどこうとしたが、チラヴァ氏が立ち上がって両腕を押さえられると身動きできるのは首だけになってしまった。必死で首を横に振り拒絶を表現しようとする。結った髪がゆるんでがくがくし始める。どうしよう、こんなところを誰かに見られたら。

「許して。お願いです。人が来ますよ」

「冬の庭に出てくるような物好きはおらんさ」

そう言ってチラヴァ氏が口をジュベータの顔に近づけてきた。首をそらして懸命に距離をとる。

「こんなことをなさる方とは結婚できません」

必死で思いついた逃げ口上を、

「かわいいことを言うね」

と中年男はいなして、思いっきりジュベータの顔に吸い付いてきた。









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ