超短編ホラー①「バイト」
『バイト』
僕は通っている大学の近くにあるコンビニでバイトをしていた。春休みの間およそ二ヶ月間殆ど毎日バイトだった。学校も無く、日中もこれといってすることがなかったので深夜帯に変更してもらうことにした。その上、ここのコンビニでは深夜に来る客は多くてせいぜい四、五人しかいなかった。
ある日、いつもの様に品出しを終えた僕はレジ近くで掃除をしつつ彼女の事を考えていた。当時僕には同じ大学のひとつ下の学年に付き合っている彼女がいた。彼女とは付き合い始めからずっと仲が良く、喧嘩やもめ事は一度も無かった。
しかし、なぜかこの頃彼女の機嫌が悪かった。理由を聞いても曖昧に言葉を濁す程度ではっきりとは言ってくれない。彼女はたまに「最近違う女があなたを狙っている」とか、「私の事ちゃんと好きだよね?」とか言っていた。当時の僕は、僕が浮気をしていると彼女が感じとっていたのだと思い、どうしたら誤解が解けるかなあ、とばかり考えていた。
するとその時、一人の客がコンビニに入って来た。
その客は冷たい缶コーヒーとあんぱん、トマトのサンドウィッチを持ってレジに来た。その客が出て行くと、また僕はそうじしようと思いモップを手にした、の瞬間「バチッ!」と甲高くコンビニ中に響きわたる音とともに電気が消えた。「停電か、でも何でだろう?」と思いモップを持ったままコンビニの外に出た。
道路を挟んで向かいの車線沿いに立ち並ぶ二十四時間営業の飲食店が見えた。そこは電気が煌々と点き、道路の信号もいつも通り点いていた。
「ウチだけか。もしかしてブレーカーが上がったのかな」と思い、コンビニの中に戻った。
その日は僕と二十代後半の先輩の二人で働いており、先輩は休憩をとっていた途中だったので、先輩のいるスタッフルームに向かった。雑誌の並ぶ横を通り、スタッフルームに入ろうとした時、そのドアの目の前に一人の女性が立っていた。
僕は暗闇でいきなり見えたため、驚きのあまり 変な声を上げてしまった。
その女性は真っ白のワンピースを着ており、長くのびきった髪を顔を前に垂らしその場に突っ伏したまま微動だにしない。僕は「ブレーカーが上がってしまったみたいなので、すみません失礼します。すぐに明るくなりますので」と言いその女性のすぐ横を通ろうとしたが、その女性は急に怒鳴り声を上げ始めた。
大声のあまり、その怒鳴り声はほとんど喉元でかすれ何を言っていたのかうまく聞き取れなかった。しかし女性の顔は怒りに満ち、ただならぬ様子である事ははっきりと理解することができた。
よく聞いてみると、「ァ!サスぃあ!なァえん!ナンデ!」と繰り返し言っていた。僕は訳もわからずにいたが、咄嗟にこの女性とは絶対に関わってはいけないような気がした。
僕は頭を真っ白にし、女性の背を向け全力で走りコンビニの外へ出た。途中足元が震え何度転んだか分からないが、振り返ってコンビニを見ると店内には電気が点き、いつのまのか女性は消えていた。僕はそのまま外で十分くらい動けずにいた。
するとコンビニの奥から不思議そうな顔を浮かべた先輩が出てきた。
途端に、人の顔を見ることができた喜びで安心と安堵が湧いてきた。少しふらつきつつコンビニへ戻り、先輩に今まであった事を雪崩れの如く語り始めた。
すると、先輩は僕の感情とは裏腹にゆっくりとした調子で「ああ、お前初めてだったか。大丈夫だよすぐに慣れっから。あいつ何にもしてこないし」と言った。後日店長に相談すると、「まあ最初は誰でもそうだったよ。本当に害は無いし気にしないで無視してればいいんだよ」と言い、その女性について話し始めた。
現在コンビニがあるその場所にはその昔小さな集落があったという。しかし、年月が経つにつれもともと小さかったその集落では人口が減少し、既に集落としているには限界が来ていた。更に、その当時集落が合戦の際敗北し、略奪と全ての集落民の命が奪われてしまったそう。
僕は一週間に三度ほどその女性を見たが、店長に言われた通り気にせずに無視を続けていた。しかし、バイト新人の女学生がその女性を見るたび泣き声と叫び声をあげ、何度も警察の電話をしていた。
しかたなく、店長が祈祷師を呼ぶ事にしてお祓いをしてもらう事にした。もちろんそこで働いている人全員参加し、一緒にお祓いしてもらった。物々しい祭壇をたて、何やら呪文の様なものを延々と唱えていた。
こんなことで追い払えるのかなあ、と思ったが高いお金を払ったみたいだし、みんな安堵していた様だったから大丈夫だろうと思ったが、あの女性がそんな昔の集落の人には全く見えなかったのだ。
いかにも今風といった様なワンピースを着ていたし、僕は解せなかった。
それから少しして、バイトのみんなもう幽霊は出なくなった、と喜んだが僕はまだ女性が見えていた。
理解するのにしばらくかかったが、俺が見ていた女性とみんなが見ていた女性は全く別人だったのだ。
それに気が付いた時、僕はもう洒落にならないくらい震えた。
それから僕はすぐにバイトを辞めた。
当時その事は聞かなかったが、今思うと彼女は幽霊であるその女性が僕に近づいている気配を感じとっていたのだったと思う。