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●僕の話 4.「大富豪」と「七並べ」

 今日は僕の家だった。詩織と食事をしていたら、詩織の携帯が鳴った。どうやら、詩織の父親は残業でいつもより随分と遅くなるらしい。いつもより、ということは10時よりも遅いということなのだろう。

 僕の両親も、帰ってくるのは11時だろう。


 夕食を済ませたら、夏休みの宿題の続きをしようとする気もなくなり、詩織とトランプで遊ぶことにした。


 詩織と遊んだのは、「大富豪」というトランプ・ゲームだ。このゲームは「大貧民」とゲームの呼び名が違うことがあるように、ルールが多様に存在している。

 ジョーカーを除けば、数字の「2」がもっとも強い数字であったりすることは変わらないのだけれど、たとえば、数字の「8」が特殊なカードであったりする場合もある。

 この大富豪のローカル・ルールは、高校のクラス間でも微妙に違っていたりするほどだ。


 そして、僕と詩織の間の大富豪には、二人の間だけのルールが存在する。一つ目が、同じ数字4枚出して行われる「革命」がないということだ。

「革命」は、数字の「3」が一番弱く、数字の「2」が一番強いという順番が逆転するルールだが、それが僕等の大富豪には存在しない。

ずっと強いカードは強いままだし、弱いカードはずっと弱いままだ。

 そして、2つ目の特異なルールは、カードが配られた際に大貧民は大富豪に強いカードを4枚渡さなければならないということだ。


 これは凶悪なルールだ。2人で遊ぶ場合、大富豪の手札にジョーカー2枚と「2」を2枚必ず持ってゲームが始まるということだ。大富豪がジョーカー2枚と「2」を4枚持っているということはざらで、しかも2人で遊ぶと、この差は決定的で一度大貧民になると、なかなか勝てない。

 どうして僕等の間でこんなルールが敷かれたのかは覚えていない。

 

「パス」


「はい、アガリ」


 大富豪で、詩織が僕に対して20連勝をしていた。

 2人でトランプをするということは、自分が持っていない手札を相手が持っているということであり、相手の手の内は読める。

 それに相手の取るであろう戦略は大体予想が付く。


「大貧民さん、早く次のゲームの準備をしてね」


 僕は山になったカードをまとめ、そしてカードを切る。


「そろそろ違うゲームをしない?」


 僕は提案をする。負けっ放しというのは気分が良いものではない。


「何をしたいの?」


「ババ抜き」


「いいよ」


 詩織はまだ大富豪を続けよう、と言うと思っていたけれど、あっさりと承諾してくれた。僕は切られたカードからジョーカーを一枚抜いた。


 だが、自分で提案をしていてなんだが、2人で「ババ抜き」をするというのは、つまらないものだ。相手のカードを引けば、必ずペアが揃うし、そして場に出せる。

 が、意外だった。

 僕の手元に、ジョーカーとクローバーの「10」が残り、詩織の手元にはもう既にカードはない。


「あれ? おかしいね」


 可能性としては、ペアを作る際に間違って場に数字の「10」を一枚捨ててしまったのか、それか、もとからトランプの「10」の一枚が無くなってしまっていたのかだ。


「せっかくだから、七並べしてみる?」と詩織が言った。


 僕等は「七並べ」を始めた。残念ながら、「七並べ」も2人でやっていて楽しいものではない。大人数でやれば、意図的にカードを出せないようにして、相手のパスを誘うことはできる。だが、2人ではそれをすることはできない。


 2人で「七並べ」をするのは、足りなくなったカードの確認をする作業でしかないのだ。僕にとっては。


 51枚のトランプが長方形に並べなれ、「ハートの10」の所は空白だ。トランプが並べられている茶色のカーペットの色が浮き上がっていた。


「いつから無かったのだろう?」


 僕の独り言のような呟きは詩織には届かなかったようだ。詩織は、並べられたトランプを黙って見つめていた。


「ねぇ。問題を出していい? 算数の問題」


 いいよ、と僕は答えた。


「焼き芋が10個あり、子ども3人でそれを食べました。さて、残りは幾つ?」


 解くことのできない問題だった。


 子ども3人が2個ずつ食べたのであれば、残りは4個だろうけど、そうだと判断する材料がない。子ども2人が3個食べて、1人が1個しか食べていないのであれば、3つ残っていることになる。

 包丁などで焼き芋を切ったりしている可能性も考えれば、この問題の答えは無数に存在していることになる。


「クイズではないんだよね?」


「どこまでも算数の問題」


「子どもが何個食べたとか、そういう設定はないの?」


「ないよ」と、詩織は並べられたカードを見ながら言った。


「それなら……算数の問題として不適切だよ。答えがたくさんあり過ぎる」


 詩織が出した問題は、数学の問題として設定上の欠陥がある。テストの問題として欠陥のある問題だ。答えが出せない。出した答えが全て正解だ。


「人間って、この問題と同じように、何かが欠けているからいろいろな答えが出せるのだと思うの。欠けているから、それぞれがいろんな答えを出していく。欠けを持たない人間なんていない」


「完璧な人間は……いないと思う」


 詩織の言うとおりだと思った。


「完璧じゃないのは仕方がないと思っている。私だって分かっているよ。だけど、どうして、私は「七並べ」なのかな。どうして「大富豪」じゃないのだろう」


 僕は詩織の言っていることが分からなかった。でも、詩織は今にも泣きだしてしまいそうな声で、そして、真剣だった。


「トランプのカードが一枚や二枚、無くたって「大富豪」では遊べるよね。誰もカードが足りないことなんて気付かない。自分で気付いていないことだってあると思う。みんな「大富豪」みたいに学校に行ってる。だけど、私は「七並べ」なんだよ。朝起きて、今日も命があるのだとほっとする。毎日、毎日、お前には「ハートの10」が無いんだって突きつけられて、そして私は毎日、確かに私には「ハートの10」が無いのだと確認をしながら生きている」


「僕だって、完璧じゃない。どうして自分は駄目なのだろうって、落ち込む日だってある」


「だけど、真司は「大富豪」だよ。私みたいなカードが足りない「七並べ」じゃない」


「この前の検査……何かあった?」

 

 聞かなくても分かることだけど、僕は聞いた。詩織が落ち込んでいるのは、検査の日からだ。


「病気が進行しているって。予想よりもずっと早く……大学進学のための勉強は私には必要ないかも知れない」


 僕はその時、初めて詩織を抱きしめた。両腕でしっかりと。


 そして、僕の両腕が余ってしまうほど、詩織の背中は小さかった。

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