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○俺の話 4.遭遇

 ギッシュ・エドモンドの鍛冶屋は情報通り、宿屋をさらに3ブロック進んで、左に折れた突き当たり右にあった。

 俺は、銀貨5枚で、一通りの装備品をオーダーすることにした。俺の体格に適した装備品と武器を見繕ってもらう。

 他人任せかもしれないが、それが最良の方法だと俺は結論付けた。


 このギッシュ・エドモンドの鍛冶屋には、剣だけでも何種類もあり、そして槍や斧まであった。どの武器を選べば良いのか分からない。剣が良いのか、槍が良いのか、斧が良いのか。


 魔物と戦うのであれば、単純に槍が良いと俺は最初に思った。槍は、敵との距離を取ってくれる。魔物と距離を取って戦える。距離が離れていれば、恐怖心を和らげてくれるのではないか? 


 しかし、槍が良いのなら多くの冒険者が槍を使っているはずだ。しかし、冒険者組合にいた冒険者の装備は、剣が6割、斧が1割、弓矢が1割、槍が1割、杖が1割といった具合で、剣が多数を占めている。冒険者の多くが剣を使っているのには何か理由がある気がする。だが、その理由が俺には分からない。

 そして、下手に聞くと、また情報料が取られる可能性がある。それなら、武器や装備を見繕うということにして、最適な装備を選んで貰うのが賢い方法だと思ったからだ。

 一応、あちらはプロで、こっちは素人だ。


 ・


 ギッシュ・エドモンドと思われる店主らしき大男は、俺の体の寸法を一通り測った後、陳列されていた剣と防具を持って部屋の奥へと消えていった。それからしばらくして金属が叩きつけられる音がしたから、きっといろいろと調整してくれているのだろう。


「これでどうだ?」


 店主は、葉巻のようなものを咥えて奥から出てきた。煙草の一種だろう。かなり煙い。

 俺の装備一式がドサッとカウンターの前に置かれた。剣、盾、後は防具だろうか。随分と軽装のようだ。


「ほら、着けてみろ」

 天井を葉巻の煙が蜷局(とぐろ)を巻いていた。


 盾は左腕に着ける盾だった。左手に持つのでは無く、肘から左手を覆うような円形の盾。


「先に防具だろ。バックラーを先に着けてどうするんだ?」


 盾では無くて、バックラーというらしい。


「盾では無くてですか?」


「……。腕相撲だ。左腕でだ」


 俺は、あっさりと負けた。ギッシュ・エドモンドは大男だし、鍛冶屋で日々鍛えているのかもしれないが、俺の筋力が純粋に足りなかっただけだろう。


「その筋力で盾を持っても、盾が吹っ飛ばされるだけだ。盾に装備を変えたいなら、これくらい出来るようになってからだ」


 ギッシュ・エドモンドは、左手の親指と中指と人差し指で、林檎を掴み、そして林檎が破裂した。

 俺は、利き腕の右手でやっても林檎を片手で潰すようなことはできない。


「すみません……俺、分かってなくて」


「そんなことはどうでもいい。微調整をしたい。早く着けろ」


「どれをどう着けて良いのか分かりません」と俺は正直に言った。


 大きさからどの部位に付けるのか予想はできるけど、教えてもらった方が良い。装備は、心臓や肺を守るのと、内蔵周辺を守る防具。それと、両脚の脛を守る防具だろう。


「まずは右肩だ」


 右肩に着けるのは丸い金属に紐を通しただけの防具だった。金属だけあって、重みがある。鉄か何かだろうか。


 右腕を守る防具はそれだけなようだ。心細い気がしたが、「お前は右利きだろ? 右は自分の剣で防げ」ということらしい。


 防具は左半身に集中している。左肩を守る防具は右肩のよりも大きいし、左脇を守る金属当てもある。盾も左腕だ。左で守りながら右で攻撃する。敵にいつも体の左を向けるのだろう。


 兜に関しては分かりやすい。野球の片耳ヘルメットと同じだ。右バッターボックスに立つ打者はピッチャーの死球から頭部を守るために、左側にだけ耳を守る部分がある。俺の兜もそのようになっていた。


 魔物はいつも自分の左側にいるようにしなければならないのだろう。囲まれたらどうすれば? という疑問が残るが、とにかく一対一の戦いの基本の形はそれなのだろう。

 常に敵の位置を左肩に向けていればよいということだろう。


 ・


「この討伐依頼を受けます」


 俺は、冒険者組合にゴブリンの討伐依頼を受けに来た。


「お前、わざわざ掲示版からその紙を剥がして来なくていい。それに、わざわざ俺にゴブリンを討伐してくると宣言してどうする? 報酬が欲しければ、依頼書に書いてある通り、ゴブリンの右耳を持ってこい」とヨーク・ラートは怒り気味に言った。

 冒険者組合の依頼書は掲示版に丁寧に貼られていた。このヨークさんが丁寧に貼ったのだろう。


「すみません……。依頼を受けるのに、登録とか必要じゃないのですか?」


「登録? どうしてそんなことする必要がある?」


「護衛の依頼とか、沢山の募集者が来たら困りませんか?」


「どの冒険者を雇うかは依頼主が決めることだ。たくさん雇うなら雇えばいいし、依頼主のお眼鏡に叶わなかった冒険者は雇われない」


 冒険者組合は依頼の管理をしていないらしい。ただ、この場所は依頼が集まるだけの場所なのだろうか。


「ゴブリンって何処にいますか?」


「情報料は銅貨1枚だ」


 俺は銅貨1枚をカウンターに置く。毎回、こんな風に情報料を払わなければならないのだろうか……。だが、他の冒険者は信用できない。親切に教えてくれると言って、俺を騙そうとするかもしれない。初日の女冒険者が良い例だ。ヨーク・ラートは情報料さえ払えば信用できる気がする。


「東の森だ。3時間程度で着くだろう」


「ありがとう」


 往復だけで6時間。休憩なども考えたら7時間だ。今から行っても、往復だけで日が沈んでしまう。冒険者は、泊まりがけで討伐へ行くのだろうか? 野宿の道具、せめて雨と風を防げるようなテントが欲しい。

 だが、まずは日帰りで一度行ってみるしかない。明日の早朝に出発するとして、今日は素振りをしたりして、剣や防具に体を慣らそう。



 ・


 水を持って来れば良かったと、俺は雑草の生い茂っている草原を歩きながら後悔していた。歩けば喉が渇く。当たり前のことだった。どうしてそんな簡単な事に気付かなかったのだろうか。鎧など普段着ている衣服と比べて重量があるものを着ている。余計に疲れる。

 それに、雑草が生い茂っているので、いちいち足を取られて体力を消耗していく。

 水が飲みたい。引き返そうか。森があるのなら川もあるかも知れない。ただ、水があったとしても、その水は安全なのだろうか。沸騰させて殺菌させてから飲まなければならないと聞いたことがある。

 水を持って出直すか? 

 もう少し行けば、水場があるかもしれない。湧き水とかだったら、それにこの世界の文明レベルであれば、工場の排水などで汚染されているということもないだろう。


 あと30分だけ進もう。そして、水場がなかったら引き返そう。


 ・


 あれは水場か? 草原の少し丘になっているところから辺りを見渡したら、水色が見えた。湖というより、小さな池だ。流石に、ここは草原だから蜃気楼ということはないだろう。湧き水が湧いている場所なのかもしれない。


 ・


 旨い。その一言だった。清浄そうな水が池の置くから湧き出ている。綺麗な泉だ。

 俺は水底の泥が舞ってしまわないようにゆっくりと水をすくって飲む。美味しい。生き返る。

 水筒などをもっていれば水の補給が出来るのだが、そんなものを持って来てはいない。次は必ず持参しよう。

 冒険に行く前に確認するチェックリストを作っていた方が良いかも知れない。

 得た情報も、書き留めて忘れないようにしていた方が良いだろう。同じことを二度聞いて、また情報料を取られるのは無駄というか、愚かな行為だ。


 ・


 体を大の字にして俺は空を見つめていた。

 仰向けになった休憩をしたらもう動きたくなくなった。水も飲み過ぎた。それに、草むらを2時間歩いて、足は疲れている。

 冒険者組合のヨーク・ラートの情報では3時間で森に着くということだった。しかし、2時間歩いても、東の方に森は見えない。小さい丘で隠れてしまっているのかもしれない。

 今日は、水場の確認を出来ただけでも成果があったということにするべきではないだろうか。今日は街へ帰り、そして明日、今日の反省を活かして、水筒を買って再びゴブリンの討伐へと東の森へ向かう。森の中に水場があるとも限らない。

 安全策をとるなら、それが一番だ。ここは、何時間プレイしていても疲れない、喉も、お腹も減らないキャラクターの世界じゃない。死ねば終わり。当たり前のことだが、そんな死が、この世界では当たり前過ぎる。


 そんなことを考えていたら、ふっと水の音が聞こえた。水の中を歩く音だ。

 俺が体を起こして泉を見る。魔物がいた。ゴブリンだ。緑色の皮膚、突き出た耳。人間の子供ほどの身長。三角形に近いつり上がった眼。

 俺の持っていたゴブリンのイメージ通りだ。


 そして、相手は俺に気付いている。いや、俺より先に向こうが俺に気付いたのだろう。真っ直ぐ俺の方に向かってくる。

 ゴブリンも剣を持っている。盾は持っていない。装備も無い。


 俺は、向かってくるゴブリンに注意しながら立ち上がり辺りを見渡す。草原には他にゴブリンの姿がない。


 いや……草むらで仰向けになって隠れているのかもしれない。ゴブリンの皮膚は緑色で、草原の中に身を潜めるには持ってこいの色だ。


 戦うか、逃げるか。


 戦おう、と俺は決めた。


 ゲームとかでゴブリンは弱い魔物に該当する、という安易な理由じゃ無い。

 まず、冒険者組合の討伐の中で、もっとも報酬が低いのがゴブリンだった。これはゴブリンの討伐が容易であることを示している可能性が高い。こいつを倒せないようだと、どのみち俺は、お金が尽きて終わりだ。やるしかない。


 次に、ゴブリンの皮膚が緑色なのは、森や草原に身を隠すためだろう。体格も人間よりも小柄。彼等は被食者なのだ。だからゴブリンの皮膚は緑色なのだ。この世界で隠れて生きなければいけない弱い存在なのだ。たぶん。だから、俺は勝てる。


 最後の理由が、俺が逃げたとして何処まで追いかけてくるか分からない。小柄なゴブリンだし、見たところ素早いという感じはしない。だが、どこまででも追いかけてくるようなら、体力があるうちに戦っていた方が良い。俺は、休憩をしていたところだ。相手は、きっと歩いて、喉が渇き、そして水を飲みに来たところで俺を発見して戦うことにした。

 遭遇戦だ。あのゴブリンにとっても、俺がここにいたというのは不幸な出来事に違いが無い。


 だけど、俺は休憩をしていた分、有利だ。それに、相手は泉を歩いてくる。俺は乾いた地面でゴブリンを迎え撃つ。ゴブリンはあの水辺の泥の上であれば、滑りやすく、足を取られやすい。地の利も俺にある。

  

 逃げるな。戦うぞ。


 俺には盾もある。あっちには盾もない。


 体格も俺の方が良い。肋骨がはっきりと見えるくらい相手は痩せているじゃないか。


 俺は十分に休憩した。あっちは疲れているはずだ。


 あっちの剣はボロボロだ。さびている。俺のは新調したばかり。切れ味も俺の剣の方が良いはずだ。


 だから、戦うんだ。震えるな。大丈夫だ。後ろに下がっては駄目だ。踏みとどまれ。大丈夫だ。

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