○俺の話 3.冒険者のパーティー募集
一泊鉄貨一枚。朝と夜の二回食事付き。それが宿泊の条件だ。
銀貨九枚と鉄貨九枚は持っていたから、九十九日の間は「食」と「住」に困ることはない。
だが、収入が無ければいずれはお金を尽きる。「食」と「住」だけでなく、衣の出費もあるだろう。
冒険者として稼がなければならない。三か月以上生きていけるお金があるなんて思っていては駄目な気がする。
学校のテストも、上昇傾向が見え始めるには、三か月の勉強が必要だと教師が言っていた。明日の努力が、三か月後に文無しになってこの宿を追い出されるのか決める。
俺はそう思うことにした。
現在、俺が持っているお金は、銀貨八枚、鉄貨九枚、銅貨二枚。これが俺の全財産だ。宿ではとりあえず十日分だけ払った。
ワンルームの机と椅子とベッドがあるだけの部屋。幸いなことに部屋には鍵もついた。もっとも、木製のドアだし、勢いよく体当たりしたら破られてしまうようなドアだ。だけど、鍵がかけられるというのは安心ができる。窓もあるが、開けっ放しで寝るのは二階とはいえ怖い。
石畳の上で寝るよりはずいぶんとマシなベッドだったのも幸いだ。
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部屋の外の喧騒で俺は目を覚ました。しっかりと閉じた雨戸からは、光が漏れている。朝だということが分かる。
俺はドアに片耳を付けて、部屋の外の様子を探る。足音がする。木造の廊下が軋んでいる。
聞き耳を立てて会話を聞く限り、寝坊している人を、誰かがドアをノックして起こしているだけなようだ。寝坊している人は、昨日、深酒をしたらしい。それだけのことだった。この宿に泊まっているということは、廊下で話をしている人たちも冒険者なのであろうか。
俺は雨戸を開いた。朝日は昇ったばかりのようだ。
冒険者の朝は早い。当然と言えば当然のことだろう。俺は、宿の一階へと降りる。一階の宿の受付の前を通って俺は食堂へと入った。食堂は満席に近かった。
冒険者らしき人達は、右手でパンを持ち、左手で器を持って、それを交互に口に運んでいる。行儀が良いとは言えない。
「朝飯食うなら、どっかすわりな」と俺に声を掛けてきた宿屋の主人、彼がおそらくドミニク・ゲーゼマンさんなのだろうが、名前を聞く機会がなかった。
俺は丸テーブルの空いている席に座る。パンはパサパサだった。口の中が乾く。パンと言うより、固いクラッカーか何かを食べているようだ。
だから、みんなパンとスープを交互に食べて口の中で柔らかくしているのだろう。控えめに言って、スープもパンもとてつもなく不味かった。
朝食を食べている人たちはやはり冒険者で、冒険の準備を整えて食堂に来たように思えた。腰には剣や杖。マントや鎧を着て食事をしている。俺の隣に座っている人なんかは、肩幅がアメフト選手並みにあり、なおかつ甲冑を着ている。相手が左腕を動かすたびに肩当てが俺の肩にぶつかる。食べにくい。それに、俺の足元に置いてある兜も邪魔だ。自分の兜くらい自分の足元に置いてほしい。映画館だって、鞄は自分の座席の下に置くだろう、と俺はパンとスープを口の中で噛みながら思う。もちろん、そんなことは怖くて口には出せないが……。
食事を食べ終わると、他の冒険者らしき人達は簡単な打合せを始めた。やはり、冒険者は、仲間が必要なのだろうか。
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「鍛冶屋は、ギッシュ・エドモンドの看板だ。ドミニク・ゲーゼマンの宿屋をさらに三ブロック進んで、左に折れて突き当り右だ。見逃すことはないだろう」
銅貨一枚を払って俺が得た情報だ。
冒険者組合の受付、スキンヘッドのヨーク・ラートは昨日だけ無愛想というわけではないようだ。ここで、剣や防具を買うことが出来るらしい。
宿屋で食事をしていた冒険者たち。俺のようにスニーカー、ジーパン、パーカーというような恰好の人はいない。防御力とでも言うべきものが高そうな甲冑を着ている人もいれば、胸当てや腕や手などだけを守るような装備をしている人もいる。
多いのは、アメフトの防具をつけているような感じの冒険者だ。甲冑などはやはり重いのだろう。守るべきところは守り、動きやすさを追求する。発展する方向性はアメフトと冒険者は似ているのかも知れない。
「冒険者の仲間を紹介するのは幾らですか?」
冒険者組合に来たもう一つの目的。それは、仲間を見つけること。
俺はたぶん、一人では直ぐに死んでしまう気がする。真剣で魔物の斬りかかるイメージが持てない。ゴブリンだって生物だ。仲間が絶対的に必要だと思う。
「討伐」などの依頼をするなら、仲間が必須だ。
冒険者の仕事の中では、「護衛」が一番心理的に抵抗はないのだけど、所謂「駆け出し」の冒険者の俺に依頼するような不用心な依頼主はいないと、ヨーク・ラートが冷たく言った。
「採取」の依頼も心理的な抵抗感は少ないが、必要な情報を得るために金がかかる。
「対象の外見を知りたければ銅貨二枚」
「採取の仕方は銅貨三枚」
「どの季節に生えるのかを知りたければ銅貨一枚」
「どこに群生しているのかを知りたければ銀貨二枚」
聞くことが多すぎて、そして持っている金がどんどん減っていきそうだ。
特に、「群生地」に関する情報は高い……。そこに行けば採取の対象が大量に生えているのだから、群生地の情報は金になる情報だ。その分、情報の価値が高く、情報料も高い。
「今から行っても、取り尽されて何も残ってないってこともあるからな」
「採取」は、すべてが無駄骨に終わる可能性がある。俺は、渋々「討伐」の依頼に専念することにしたのだ。
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「冒険者の仲間を紹介して欲しいだと? お断りだ」
それがヨーク・ラートの言葉だった。
「仲介料とかが必要なのは理解しています」と俺は言葉を返す。なんでも情報料だと称してお金を取るのがこの世界らしい。
「金の問題じゃない。お前みたいな奴を紹介したら、俺の信用が落ちる」
僕には意味が分からなかった。
「宿屋とか、鍛冶屋を紹介してくれましたよね?」
恐る恐る俺は聞く。
「それはお前が金貨を持っていたからな。客になると思ったから紹介した。ただそれだけだ」
どうやらこの受付の男は、俺から情報料を取った上に、客を紹介したという恩を宿屋や鍛冶屋に売ったのだろう。紹介マージンとかを宿屋もらっていたとしたら、腹立たしい。
「お前みたいな冒険者未満って感じの奴を冒険者として紹介したら、俺が頭おかしいって思われるだろ?」とヨーク・ラートは俺の格好を見ながら言った。冒険者の格好ではないと思っているのだろう。
ジーパンにパーカー。そしてスニーカーがそんなに可笑しいか。日本では普通だ。
「でも、俺を冒険者に登録したのはあなたですよね?」
「冒険者登録を希望したのはお前だろうが。冒険者を辞めたいならその手続きもしてやるぞ?」
話にならない。が、俺は我慢する。
「どうしたら、仲間を紹介してくれるのですか?」
「お前の信用を積み上げろ。お前がどんな仲間を求めているか知らないが、役に立たない仲間を欲しい奴なんていない。今のお前、どう考えても足を引っ張る気でいるだろう」
オンライン・ゲームでいう所の「寄生」というやつだろうか。俺はそんなふうに思われたらしい。
冒険者のノウハウや戦い方を見て盗もうと考えていたのは事実だ。
ヨーク・ラートの言葉に、俺はぐぅの音もでなかった。