●僕の話 2.親友の告白
「真司、屋上で昼飯食わね?」
「熱くないか?」
昼休みの屋上は暑いのではない、熱いのだ。春などの季節であれば、屋上は景色も良く、気持ちの良い風が吹いている。昼飯を食べる人気スポットの一つだ。しかし、夏休み前のこの季節は、屋上は灼熱地獄に近い。太陽が屋上のコンクリートを熱して、陽炎が見える。
夏の屋上は、人気の無い場所だ。誰も好きこのんで汗だくになりながら昼ご飯を食べたくはない。
「いいからさ。ポカスを奢ってやるからさ」
サウナと化した屋上で昼飯を食うなら、熱中症対策に飲み物も必要だろう。
「まぁ、いいけどさ」と僕は健二の提案に同意した。
「あれ? 何処で食べるの?」と弁当を抱えて教室から出て行こうとする僕達に詩織が気付いたようだ。どうやら詩織は三人で一緒に昼ご飯を食べるつもりであったらしい。詩織は体調が良い日があると、父親に弁当を作る。そんな日は、おかずを多目に作って学校に持って来てくれて、僕や健二の腹の中に納まる。
「屋上。詩織は熱いから止めとけ」と僕は言った。あまり強い日差しに当たるのは良くない。
「うん。じゃあ、これ二人で食べて」と平べったいアルミニウム製の弁当箱を僕に渡してくれた。
「おっ、ありがとう。今日のおかずはなんだろう」と健二は嬉しそうだ。
野球部は朝練もあり、健二は僕の倍の量を食べると思う。いつも県大会の準決勝か決勝戦で私立に負けてしまうようだが、公立の中では甲子園出場に近い高校であると言われている。練習はきつく、その分、腹も減るのだろう。
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予想通り熱せられたコンクリートの上に座ると、ケツが火傷しそうなほど熱かった。
「やっぱ熱いだろ、ここ」と僕は、健二から貰ったポカスをコンクリートに二三滴落とす。ポカスはコンクリートの熱で直ぐに蒸発していった。
「おにぎりを置いたら、電子レンジいらずだな」
健二は、サランラップで包んであるおにぎりをコンクリートの上に置く。暖めているつもりなのかもしれないが、むしろ冷たい方がこの状況では美味しいように思う。
「これも暖めるか」と、詩織が渡してくれた弁当箱をコンクリートの上に置いて蓋を取る。
「俺、夏休みまえに詩織に告白しようと思うんだ。そしたら真司、どう思う?」
「いきなりだな」
「いきなりじゃねぇよ。随分と前からだ」
僕が言った意味の『いきなり』は、話の切りだしが、という意味だった。何となく健二が詩織を好きなんじゃないかということは分かっていた。それに、健二が女子から人気がある。健二は、格好いい坊主だと思う。野球部は坊主が基本だが、僕は坊主には三種類あると思っている。格好いい坊主な奴と、坊主が似合う奴と、坊主が似合わない奴。健二は、格好いい坊主だ。それに性格も悪くない奴だし、三年生が引退した後、一年生ながら健二もベンチに入っているということも聞いた。体育の授業でも目立つ方だ。運動も出来る。
『友達に聞かれたのだけど、健二君って付き合っている人とかいないの?』
ゴールデンウィーク前であっただろうか。詩織が僕に聞いてきたことがあった。たぶん、詩織が友達から相談されたのだと思う。「いないと思う」とだけ答えた。もし健二が誰かと付き合い始めたのであれば、僕に言ってきそうな気がする。僕も、誰かと付き合うことになったら、健二に言っていると思うから。
「真司は、詩織と付き合ってないんだよな?」
授業中に居眠りしている奴がいたら、そいつに消しゴムの小さな塊を投げるような、いつもの健二ではない健二だった。
「あぁ。付き合ったりしてない」
太陽の日差しが痛かった。
「そっか。俺、詩織にコクるから。まぁ……たぶん、振られると思うけどよ」
健二はコンクリートに置いていたおにぎりのビニールを外し、大口で囓った。握り拳ほどのおにぎりの半分が無くなった。
「そうなのか? 意外とオーケーかもしれないぞ?」
「お前、それ、本気で言ってんの?」
おにぎりを飲み込んだあと、健二は言った。その声は低かった。
「あぁ。詩織がどうするかなんて、僕にも分からないさ」
「仁義を通す、っていうのかな。とにかく、俺は、お前にそれを通したからな。さあ、食おうぜ」
健二は、詩織が僕たちに作って来てくれた弁当箱を開けた。ベーコンのアスパラガス巻に、卵焼きだった。
「やっぱ旨いよな」と健二は、アスパラガスとベーコンに刺さっている爪楊枝を口に咥えながら言った。僕は、卵焼きを一切れ食べた。
「もし、俺が詩織と付き合うことになったら、この弁当は俺が独り占めだ。お前には一口もやらないからな」
冗談とも、本気だとも受け取れるような、そんな健二の言い様だった。
「いつ告白するつもりなの?」
ベーコンの塩加減とアスパラガスの甘味が合わさって程良い。
「放課後だ。具体的には、雨が降って雷が鳴ってる日だ」
野球部の練習が無い日ということだろうか。
「それ、具体的か?」
屋上から見える空。蒼穹に入道雲が浮かんでいた。雨さえ降りそうに無い天気だった。
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「二人ともそんなに汗かいて大丈夫?」と教室に戻ってきた僕たちに詩織が話しかけてきた。
背中など、シャツが肌にくっついて気持ちが悪い。襟の汗も冷えていた。
午後からの授業。いつもより、僕のノートは精細さに欠けていた。要点が旨くまとまっていない。テストに出そうな大事なことを書き落としているような気がしてならなかった。
そして、空は薄暗い雲が広がっていき、驟雨となった。突発的な風が教室のカーテンを大きく揺らす。
放課後が近づくに連れて、僕は空を見るのを止めた。だが、ゴロゴロという音は僕の耳にはっきりと届いた。