○俺の話 7. 二人であるということ
「俺は名前の売れた冒険者じゃない。隠れた逸材って訳でもない。隣の街からわざわざ俺とパーティーを組みに来るってのは、どういうことですか? それも、わざわざ組合に仲介を頼んで」
冒険者組合は情報料を払わないと基本何もしてくれない。冒険者の仲介にも仲介料が必要だ。冒険者組合が仲介を引き受けるということは、このシオと名乗った冒険者は、犯罪歴があるような人物ではないのだろう。
だが、冒険者がパーティーを組む時、組合の仲介が使われることは余りない。討伐の依頼をしている現場を見て、仲間にしたいと思ったら冒険者同士で個別で話し合いが行われる。
『ちょっと一緒に酒でも飲まないか?』と誘われたら代替が冒険者のパーティー勧誘であると言ってもよい。冒険者をパーティーに入れるということは、自分の命を預けることでもあり、他人の命を預かることでもある。冒険者組合の紹介だからということで、簡単にパーティーを組むという話にはならない。まず、実力を現場で確かめてから。人柄を知ってから。そして、一緒に実戦をしてみて、良い効果が期待できるかだ。
組合の冒険者の仲介が使われるのは、冒険者を依頼という形ではなく、専属契約として雇いたいというような場合だと聞く。どこかのお金持ちが、専属のボディーガードを雇いたいので、組合に人材を見繕ってほしいと依頼を出す、というような感じだ。そういう場合、冒険者組合は年齢的にピークを過ぎた冒険者を斡旋する。
冒険者が冒険者の仲介を依頼する。それは、あまりないことだ。実力があれば、冒険者は自力でパーティーを組めるからだ。それに、俺なんかが仲介を依頼しても、ヨークは取り合ってもくれない。
「私は駆け出しの冒険者なの」
高級な装備品を付けていて、駆け出しはないだろう、というのが俺の率直な感想だ。俺の装備品はぼろぼろだ。定期的にギッシュ・エドモンドの鍛冶屋でメンテナンスをしてもらっているが、また火を入れて鍛え直して貰わないと、徐々に装備品は劣化していく。だけど、俺には買い換える余裕はない。
それに対して、シオの装備は高価な装備だと分かる。駆け出し冒険者とは思えない。杖、三角帽子、それにマントも高価なものだと分かる。
「アイスレーベンで冒険者としてそれなりに活動はしていたのだけどね。それなりに稼がしてもらっていたけど」
シオの装備品を胡散臭い目で見ていたことに気がついたのだろう。
「それなのにどうして俺なんかとパーティーに組みたい? 稼げもしない」
剣道三倍段という言葉がある。この世界でいうなら、魔法十倍段だろう。
魔法の力は圧倒的だ。十分な距離があるという前提であれば、魔法を使える子どもと熟練の剣士が戦っても、良い勝負をするらしい。魔法使いは「火力」が圧倒的なのだ。剣で一匹、また一匹と倒している間に、魔法使いは広範囲に致命傷の攻撃を行うことが出来る。
「何事にも基礎が大事だ、って言ったら信じてくれるかな?」
学校のテストの成績みたいなことを言う奴だな、と俺は思った。無論、冒険者とテストは違う。だが、なんとなく言いたいことは分かる。
「アイスレーベンでも基礎は学べるだろ?」
シオは静かに首を横に振った。
「学べない。だって、アイスレーベンは中堅以上の冒険者しかいないもの。さっき、この街の討伐依頼のレベルを見たけど、アイスレーベンはゴブリンの討伐なんてないもの。最低ランクがサンド・ウルフの討伐」とシオはきっぱり言った。
頑固なところも、なんとなく似ている。
サンド・ウルフ。砂の中を駆ける狼だ。モグラのような奴だけど狼だ。攻撃の瞬間だけ地上に現れ、それ以外の時は砂中にいる。砂地で遭遇したくない魔物だ。俺では倒せない。
「より高いレベルで基礎を学べるだろ?」
「学べない。アイスレーベンではパーティーの中での役割がはっきりしているの。私は、リーダーの指示に従って、指示された場所に指示されたタイミングで魔法を使うだけ。それで良かった。後は安全に守られているだけ。どの依頼を受けるかの判断、旅にどれくらいの食料と水が必要か、そしてその準備。野営の仕方。マッピングの仕方。冒険者には習得すべきことが沢山在るけど、完成されたパーティーでは総合力より特化した能力が求められる。私に求められたのは魔法だけ。そんな環境じゃ、私は伸びない。守りたい人を守れる力を手に入れることはできない」
「だから、もっとも簡単と言われるゴブリン討伐のあるこの街に来て、そして一から冒険者について学ぼうと?」
「そういうことになる」
だから、パーティーを組む相手として選んだのは駆け出し冒険者。つまり、この街で一番ひよっこの俺ということなのだろう。
隣町まで俺がひよっこであると知られていると思うと悲しくなる。
「だからって、俺とパーティーを組むのはどうかと思う。守り切れるかどうかも分からないし」
魔法使いは、圧倒的な火力を保有するデメリットとして、杖を持たなければならない。魔法を使う際には詠唱をしている間、両手で杖を持つため、盾なども持てない。つまり、あまり物理攻撃や守りに向かない。
「逆に言うと、自分で自分の身を守る手段を学べるってことでしょ?」
「そうだけど、命を代価として払ってまで学ぶべきことではないと思う」
「私は、あなたとパーティーを組むことは、その価値はあると思う」
「そこまで言うならパーティーを組もう。ただし、報酬は均等割。これは譲れない」
この世界は、実力と金がモノをいう世界だ。金がなければ有益な情報を入手することもできない。
「もちろん。パーティーの対立を防ぐためにも、人数で均等割するのは冒険者の基本だよ。そのせいで、パーティーを組めない人もいるけど」
「うっ……」と俺は言葉に詰まった。
確かに、パーティーの間で報酬を均等にするのは常識だ。だが、そのせいで、パーティーに貢献しない人はパーティーに入れないということでもある。魔法使いはパーティーの中では守られる側だが、その分魔物を倒す。剣や斧を使うものは、魔法使いを守るし、前衛でもっとも危険にさらされる。だが、討伐数においては、魔法使いに及ばない。ギブアンドテイクが上手く成り立っている。
俺が未だにパーティーを組めていない理由でもある。報酬を等分するのに値する冒険者ではないということだ。
「でも、決まりならパーティー登録しに行こう。それでも良いかな?」
「あぁ」と俺は答えた。
パーティー登録は、冒険者組合にパーティー登録の申請を出すだけだ。どうしてパーティー登録をわざわざするかというと、単純な理由だ。報酬を払う場合の硬貨の種類が変わってくるからだ。
たとえば、金貨1枚という報酬の依頼を二人組のパーティーが達成したとする。冒険者組合は報酬を出すが、金貨で一枚と払うのではなく、銀貨10枚で払ってくれる。パーティーで分けやすいからだ。両替するのにも手数料がかかるこの世界ならではの仕組みということであろう。
「リーダーは?」とヨークが不満そうに俺に尋ねる。ヨークの忠告を無視して俺がシオとパーティーを組むことに不満があるのだろう。
「シンでいいよ。私は入れて貰う立場だし」
「じゃあ、シンがリーダーで登録する。メンバーは、シオだな」と、ヨークは申請書に記載していく。
「へぇ。シンって、S・H・I・Nじゃなくて、S・I・Nなんだ。「Sin」って、「罪業」って意味だっけ?」
「そうだな」とヨークが書類を書きながら頷く。
「え? Hが無いの?」と俺は驚く。言葉には出せないが、ローマ字表記で『シン』のつもりだった。しかも、『罪業』って意味の名前とか、縁起が悪い気がする。
「私は、S・H・I・Oで、ちゃんとHが入っているけどね」
「これで登録は完了した。パーティーを解散するときも解散の申請をしてくれ」
・
「さて、じゃあ、どんな依頼を受けるか話し合おう。ゴブリン討伐?」と冒険者組合に置いてあるテーブルへと戻った俺にシオが言った。
「実は、この街の近くにアイアン・アントが大量に発生している。その討伐を優先したい。理由は、稼ぎが良いから」
「アイアン・アント? 聞いたことがない。どんな魔物?」とシオは首を傾げている。三角帽子も一緒に傾いている。
「パーティーを組んだからには情報を共有しよう」
俺はノートを取り出す。俺がアイアン・アントに関する知ったことや気付いたことをメモしたノートだ。この世界では、情報には必ず情報料がいる。同じ事をまた尋ねても、都度、情報料を払わねばならない。出費を抑えるためにも備忘録としてノートは必要だし、また、正確に情報を記録していたらその情報を売ることだってできる。
「分かりやすいノートだね。要領よく纏めているって、一目で分かる。それに、このスケッチ、シンが描いたの?」
ノートには当然、外見的特徴も描かれている。採取の依頼などは、薬草などの外見的特徴も売れる。インターネットやパソコンが無い時代のメリットだろう。情報は偏在しやすい。そして、情報が偏在するということは、対価を払ってでもその情報を知りたいと思う冒険者が現れるということだ。
シオは、俺のノートを食い入るように見ていた。
ポトリ
「って、おい! 濡らすな! インクが滲む!」
俺は、慌ててノートをテーブルの上から取り上げ、水滴を拭くに染み込ませて取り除く。
こっちの世界にはボールペンや鉛筆はない。あるのはインクだけだ。そしてインクは簡単に水に滲んでしまう。ちょっとした水滴だけで滲み、そして文字などが読めなくなる。品質があまり良くないのだろう。水性のインクしかこの世界にはない。
「ご、ごめん。ちょっと目にゴミが入っちゃったみたいで……」
シオはまるで泣いているかのようにボロボロと涙を流している。
「俺の貴重な財産なんだから、丁寧に扱ってくれよ」
「ごめんね。シン」
「いや、今回は大したことないから別に良いけど。でも、今後は気を付けてくれ。俺が必死に書いたノートだ」
「うん。知ってる。ごめん。いつも大切に見るようにしてたのに」とシオは泣きながら笑っていた。
知ってる? それに『いつも』?
今日初めて会ったばかりだ。それに俺はこのノートを誰にも見せたことがない。なぜなら、値段が付くような情報を俺が得られていないからだ。
シオ……詩織。
もしかしたら、シオは詩織なのだろうか? いや……それはちょっと有り得そうにない。
それに、そう考えただけで心臓が誰かに握りしめられたように痛くなる。締め付けられる。
『君は、あちらの世界でロール・プレイングをしなければならない。自分が、いわばプレイヤーであることを決して誰かに伝えてはいけない。君がロール・プレイヤーであることを向こうの世界で誰かに伝えた瞬間、君は、死ぬ。それがあちらの世界で僕が課す唯一のルールだよ』
『ひょっとして、詩織なのか?』と、そう確かめようとした瞬間、俺は死ぬだろう。
いや……誤魔かすのはやめよう。
外見が変わっていても。
たとえ詩織の面影が変わっていても。
唇の右下にあった小さな黒子が無くなっていても。
泣いた後に涙を親指と人差し指で拭き取る仕草は詩織そっくりだ。
魂というものが存在するとしたら、詩織の魂を俺は感じる。確かめる必要も無く、疑う余地の無い事実だ。彼女は詩織だ。
詩織も、きっと俺と同じように自分の正体を明かすことができないのだろう。
また詩織と会えた。泣きそうだ。だけど、泣きたいときほどユーモアのセンスを忘れてはならない。どんな不幸も笑い飛ばすことが必要なんだ。
詩織が俺に教えてくれた大切な事だ。
惚れた女のためなら命を張れという、両親が教えてくれた言葉の次くらいに、俺の座右の銘としている言葉だ。
俺も笑おう。