○俺の話 6.アイアン・アントと魔法使いシオ
アイアン・アントと呼ばれる蟻がいる。体格は成体で1メートル。蟻という生物は、大きさが1ミリとかの時は、大した脅威を感じたことなどなかった。白蟻が木造の家の天井や柱を食い荒らしたというような被害しか聞かなかった。
だが、体格が1メートルとなった蟻は、凶悪な魔物となる。
まず、力が強いこと。自分の体の重さの50倍ほどの物体を軽く持ち上げる。それは、力が強いと言うこと。顎の力も強い。鎧ごと人間の体を噛み砕く。
二つ目が、身体が堅いこと。硬い殻で体を守っており、生半可な物理攻撃は通じない。部位と部位を繫ぎ合せている節、つまり間接の部分を狙って部位を切り離す、というのが蟻と戦う際に有効であるのだが、手脚含めて八本ある蟻と戦いながら蟻の節を切り落とすということは至難の業だ。
三つ目が、群れをなすこと。蟻は集団化する。多勢に無勢。一体が強力な上に、さらに集団で囲まれ、襲われたら苦戦は必至。
以上の理由から、アント系の討伐難易度は総じて高い。とりわけ、物理攻撃の手段しか持たない冒険者パーティーには、アント系の討伐は向かないとされている。
アント系の魔物を討伐する冒険者パーティーには、魔法使いが必須である。
だが、アント系の討伐依頼は困難でありながらも冒険者に人気がある。
難易度が高い討伐ゆえに、報酬が高額であるということもある。だが、別の理由が存在する。
アイアン・アント。
シルバー・アント。
ゴールド・アント。
アントの種類は多岐に及ぶ。そして、その種類によって特徴がある。
アイアン・アントは、鉄鉱石など鉄分を多く含む鉱石を好んで食べる。そして、体内に極めて高純度の鉄を溜め込む。真珠貝が体内に真珠を宿すことに似ている。
この高純度の鉄は高値で取引される。この世界の人間が持っている技術で製鉄できる純度を遥かに超えた鉄であるからだ。武器なども含めて、金属製品の素材としての需要が高いのだ。
また、シルバー・アント、ゴールド・アントなどは、体内に純銀、純金を宿す。それを高値で売れることは言うまでもない。群れからはぐれたゴールド・アントを見つけることができ、そしてそれを倒すことができたとしたら、それは冒険者として幸運であろうだろう。
「見つけられないかぁ……」と山陰に隠れながら俺はため息を吐く。
アイアン・アントが大量に発生した。どうやら、アイアン・アントが鉄鉱石の鉱脈を探りあて、それによって、大量に繁殖を始めてしまったらしい。
だが、これは俺がいる街にとっては喜ばしいニュースだ。
なぜなら、アイアン・アントの巣は、補強すればそのまま坑道として使える。そして、そこには鉄鉱石が眠っているということが分かっている。
街の近くから鉄鉱石が産出されるようになる。この経済効果は計り知れない。
農業にも向かず、産業も何もない貧しい地域にゴールド・アントが大量発生し、そしてその駆逐に成功した。そして、その地域は国一番の豊かな場所になった。
そんな話が実話としてある。
ゴールド・アントと比べようもないが、アイアン・アントも莫大な利益と産業の発展をもたらす。
冒険者に討伐の依頼が出される。一匹あたりの討伐報酬は高いし、蟻の体内に眠っていた鉄は、冒険者の所有物だ。
こんな旨い話はない。
冒険者パーティーなら、誰もがアイアン・アントの討伐に乗り出すところだ。
もちろん、俺も例外ではない。
アイアン・アントの討伐にやって来ていた。だが、俺が狙えるのは、群れから外れたアイアン・アントだけだ。二匹同時に相手にするのは不可能だ。命が幾らあっても足りない。
ズドーンという爆音が響いた。
魔法使いがいるパーティーがアイアン・アントを焼いたのだろう。熱に弱い。それは、生物特有の要素だ。
まとめて5匹くらいを一度に倒せる。魔法使いがいる冒険者パーティーは最近、羽振りが良い。稼ぎが良いからだ。
実力がある冒険者パーティーも羽振りが良い。集団で行動するアイアン・アントを討伐できるからだ。
俺は……はぐれた一匹を見つけて、そいつを倒す。だが、アイアン・アントも馬鹿ではない。人間に狙われていると分かると、より集団で行動するようになる。
また、巣から出てこなくなる。巣は、人間が中に入ることも可能な広さとなっているが、その坑道では魔法が使用できない。そして、暗闇である。アイアン・アントにとって有利な条件がそろっているため、アイアン・アントは篭城を始めるのである。
俺は、一日中見張っていたが、はぐれたアイアン・アントを見つけ出すことができなかった。見つけたと思っても、先に他の冒険者パーティーに倒されている。
今日も成果無しである。
はぐれたアイアン・アントを見つけて討伐できないかも知れない。
地道にコツコツとゴブリンでも討伐をしていた方が、結果的に実りがあったという結果に終わるかも知れない。
だが、アイアン・アントの討伐報酬と、鉄を売れば、ゴブリンを討伐するのに300倍の報酬が見込める。
ぐずぐずしていたら、アイアン・アントは殲滅されてしまう。だが、二匹を相手にするのはリスクが高い。
俺は冒険者組合の中へと入る。
「シン、景気はどうだ?」と、受付に立っていたヨークが俺に話しかける。ヨークから俺に話しかけてくるのは珍しい。
「今日も坊主です。何か用ですか?」
「あぁ」とヨークが俺を受付まで手招きして、耳を傾けるように促す。どうやらヨークは内緒話をしたいらしい。
「お前とパーティーを組みたいという奴がいるんだ。しかもなんと、魔法使いだぜ?」
「そんな話があるわけないだろ?」
うそ臭い話だ。アイアン・アントが発生している今なら、魔法使いの需要は非常に高い。それなのに、どうして俺とパーティーを組む必要がある? 人気のないところへ連れ出して、後ろからドスってなパターンだろう。だが、俺は狙われるほど金を持っていない。というか、ぜんぜん持っていない。
「他の都市から流れてきた冒険者らしい。正式な仲介依頼書もあるから、一応引き合わせをする。だが、分かるな?」
「あぁ。それで、その酔狂な魔法使い様は何処にいる?」
「あの隅のテーブルの女だ」
「女?」
「冒険者カードの性別は女だった。まぁ、外見も女だろうがな。まぁ、何か裏がある。気をつけろ」
「今日はずいぶんと親切だな。だが、ありがとう」と俺はヨークに礼を言う。
「一応、お前はこの町の冒険者だからな。よそ者よりも縁がある」
ヨークは、俺がこの街の冒険者であると認めてくれているらしい。毎日生き延びるだけが精一杯の冒険者であるけれどね。俺は。
・
魔法使いであることを示す三角帽子を深く被っている。顔は見ない。
「俺とパーティーを組みたいんだって?」
すっと、その魔法使いは顔を上げた。
年齢は俺と同じくらいだろうか。魔法使いとしては相当若い。当たり前のことだが、三角帽子から金髪の髪が見える。この世界で、日本人のような顔立ちや、黒髪を見たことがない。
顔立ちなどぜんぜん違う。だが……俺は、似ていると思った。
「あなたがシン? はじめまして。私はシオ。魔法使い。あなたとパーティーを組みたいの」
礼儀正しく立ち上がり、俺に右手を差し出してきた。堂々とした態度だ。似ている。
な、謎の美少女登場!!!!!!!