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○俺の話 1.「冒険者」となる日

「現実に思い残すことはないかい?」と白衣を着た男が言う。この実験の最高責任者だ。


 この世界に思い残すことなんてない。それがあるなら、こんな場所に俺はいない。思い残すことなんてない。

 だが、どんな時でもユーモアのセンスを忘れてはならない。惚れた女のためなら命を張れ、という言葉の次くらいに、俺の座右の銘としている言葉だ。


「どうして科学者って輩は、いつも白衣を着ているんだ。それを最後に知りたいね。別に白衣じゃなきゃならないってことはないのだろう?」

 

 そんなこと知りたくもないが、どんな時も、ユーモアを忘れてはならない。


「白衣を着ているのはただの雰囲気さ。それっぽいだろ? 君にもいずれ分かるさ。最後に面白い質問をした君にアドバイスだ。格好から入る、というのも悪いことじゃない」

 

 アドバイスをやたらとしたがる奴だ。恩人といえば恩人なのだが、最後まで俺はこの男に好感が持てなかった。


「ありがとよ。スッキリしたよ。もう思い残すことはないね」


 自分ができることを俺はしたと思う。心残りはないはずだ。


 俺は、カプセルの中に身を委ねる。寝心地は悪くなかった。それもそのはずだろう。今から俺の現実の肉体は深い眠りにつく。俺の意識は魂ごと、コンピューターが造り出した仮想世界の中へと入っていく。この肉体は魂の宿り木であるが故に生物学的な意味で活かされていく。食事や排泄に加え、寝たきりで血行が悪くならないようにということまでも、全てコンピューターで管理をしてくれるらしい。


「じゃあ、口を大きく開いて。吐き出したくなると思うけど、我慢してくれとしか言いようがないよ」


 俺が口を開くと無慈悲にチューブが口の中、気管へと入っていく。胃に直接栄養素を流し込むチューブ。


 異物が体に入っていく感覚。それに痛いが泣き言など言うことはできない。というか、すでに物理的に声が出せる状況ではない。


「準備完了だ。では、さよなら」


 ・


 俺は、広場の前に立っていた。広場の中心には噴水がある。広場を囲むように石造りの家が建ち並んでいる。

 これが俺の新しい世界か。


 俺は、噴水の中に手を突っ込み、そして唸る。水が冷たい。

 試しに水を両手ですくって頭にかけてみた。頭皮が濡れ、顔に滴り、目にも水が入った。水が目に入ったせいで視界がぼやける。目を擦ると視界は再びクリアになった。


 頬を叩いてみた。


 痛い。


 頬を抓ってみた。痛いということは既に知っているが、頬を抓るという自分の指先の感覚があるのが恐ろしい。


 まるで現実じゃないか。

 

 風向きが変わり、噴き出している噴水の細かい粒子が俺の方へと向かってきた。それを俺は浴びる。たぶん俺は今、マイナスイオンを浴びている。少しリラックスしてきた気がする。

 そして、俺は思い切って噴水の縁で両手を支え、水面を覗く。


 え? なに、この金髪の男は? 俺は黒髪の日本人だ。

 しかしこの髪の色、顔立ちはどう見てもヨーロッパ系だ。


 冷静になれ。


 噴水を覗いているのは俺である。よって、水面に映っている姿も俺のはずである。つまり、この顔が俺である。どうやら、この世界での俺は、外人らしい。


 外見まで変わるなんて聞いてないが?


 俺は噴水から顔を上げ、広場を行き交う人々を見つめる。辺りを見渡してみても、黒髪の人間なんていない。


 通りを歩いている人はみんな金髪だ。あの馬車の御者だって、金髪だ……というか、馬車を引いている馬が馬じゃない。前、後ろの両足は分かる。しかし、胴体辺りからも両足が伸びている。六本足。四足歩行の動物ではない。


 というか、冷静にみれば、噴水の前のベンチで果物らしきモノを囓っている少女の耳がやけに長い。それに、銀髪。

 その少女の隣に座っている父親らしき人も、耳が長い。耳が長いのは遺伝的特質なのだろうか……。いや、どうみても人類じゃ無い。種族が違うと言い切って良い水準だ。

 

 俺にだって分かる。あれは、物語などに出てくるエルフという種族だろう。


『いろいろな人がいる世界だよ。そしてその分だけ、様々な思想や文化もある。科学以外の何かが発達しているかもしれない。そんな世界さ』


 白衣の男の言葉を思い出す。あいつ……『人』とか言って、言葉を曖昧にしていやがったな。人って、人類とか人間という意味じゃないだろ。


 何にせよ……俺はこの世界で生きていかなければならない。今さらジタバタしても、あいつに文句が言える分けではない。


 いきなりこの世界に現れた俺。知り合いもいない。全財産はいま着ている服と、ポケットに入っているこの金貨1枚。


 この世界でのルールはたった一つだ。


『君は、あちらの世界でロール・プレイングをしなければならない。自分が、いわばプレイヤーであることを決して誰かに伝えてはいけない。君がロール・プレイヤーであることを向こうの世界で誰かに伝えた瞬間、君は、死ぬ。それがあちらの世界で僕が課す唯一のルールだよ』


 俺は、この町に初めて訪れた旅人だ。田舎暮らししていたが、一念発起してこの町にやって来た、ということにしよう。


『あっちの世界のことをよく知らない君が、生きるには「冒険者」しかないよ。最初は「冒険者」の一択だ。その点は僕が保証するよ。まぁ、君が望むなら、強盗や夜盗として生計を立てても構わない。だけど、あちらの世界にもあちらの世界なりの法律があるんじゃないかなぁ。まぁ、最初は「冒険者」。あっちの世界で生き抜く力を得てから好きなことをしても遅くはないよ。中断してしまった学業も、あちらで修めたらいい』


 魂の死は人間の死だ。あいつは明言していないが、この世界で死んだら、本当に死ぬのだろう。あいつにとって俺は、大事な実験体だ。こっちの世界に来て、すぐに死んで欲しくはないはずだ。だから、あいつにしては丁寧なアドバイスがあったのだろう。そう考えた方が良い。


 俺は、この町に初めて訪れた旅人だ。田舎暮らししていたが、一念発起してこの町にやって来た。「冒険者」になるために。

 そういうことにしておいた方がよいだろう。あいつの口車に乗っているのは癪に触る。情報は情報だ。何せ俺はこの世界のことがほとんど分からない。

 手探りで探っていくしかない。


 俺は、町や、噴水の前で行き交う人々の観察を始める。

 町は石造りで、ガラスなどの素材が使われていないから、扉を開けるまで何の店なのかが分からない。看板の文字は不思議と読めるが、どうも書いてあるのは人名のような固有名詞だ。

 果物を運ぶ人、荷物を背負っている人、一人で歩いている人、護衛らしき人を引き連れている人。綺麗な服の人、汚い服の人。下を向いて歩いている人、肩で風を切って歩いている人。

 貧富というのがこの世界でも明確にあるのだろう。

 

 この世界にも兵士はいるようだ。兵士というより、警察のように町を巡廻しているだけなのかもしれない。彼等は同じような装備をしている。

少なくとも同一の組織に属しているのだろう。だが、問題は「冒険者」になるにはどうしたら良いのですか? という質問に快く答えてくれるかだ。

 質問に答えてくれるなら良いのだが、職務質問や身分証の提示を求められたら、何も答えることができない。厄介なことになる。


 兵士らしき人はスルーだ。


 見つけた。


 俺は、行き交う人々の中で、俺が想定している人を見つけた。


 腰に剣を下げている人。だが、服装は、兵士たちのように統一されていない人。冒険者である可能性が高いであろう人。そして、もう最後の条件は……


 そんな俺が探している条件にぴったりの人物が通りの向こうから歩いて来た。


「すみません。ちょっとお伺いしたいことがあるのですが」


 これは断じてナンパなどではない。確かに、最後の条件は女性であることだ。だがこれは、俺にとってリスクが低いように思われたからだ。

 男は女よりも体格が良い。当たり前のことだが、大事なことだ。警戒はされるかも知れないが、道を聞くくらいなら大丈夫だろう。

 男に話しかけて、腰の剣を抜かれたら危ない。女でも同様のリスクがあるが、逃げれる確率が高いであろう。


 俺が声を掛けたのは、日に焼けたような褐色の肌で、腰に剣を差している腰まで銀色の髪が伸びている。金属製の胸当てをしている。

 もともとそのような肌の色なのかも知れないが、太陽の下で活動を主としている可能性が高い。それに、剣を持って、装備もしている。俺の持っている「冒険者」のイメージ通りの人だ。


「何を知りたいの?」


 素通りされなくて良かった。警戒はしているようだが、立ち止まってくれた。


「冒険者になりたいのですが、どこに行けば良いのか分からなくて。場所だけでも良いので教えてもらえませんか?」


「あら……冒険者に」とその女性は目を細め、「この町は初めてなの?」と口を開いた。


「えぇ。そうなんです」


「それにしても奇遇ね。私もちょうど冒険者組合に行こうと思っていたところなの。案内するわ。こっちよ」

 

 歩き出した女性の後に俺はついて歩く。幸運だ。無視されたり素通りされることを覚悟していたが、この世界の人は親切なのかも知れない。


 俺は、冒険者組合という単語を頭に入れながら進む。人並みにゲームなどをしたことがある俺は、冒険者になるのなら冒険者組合に行けば良いのではないかと何となく思っていたが、どうやらその通りであったらしい。お約束は外さない……まるでゲームだ。


 噴水のあった広場はどうやら大通りであったようだ。アスファルトのように平坦ではないが敷石で舗装されていた。賑わいのある通りだった。だが、いま俺が歩いている所は、舗装されていない土の露出した道だ。


 道も細く裏路地のような薄暗い道。石造りの街並みから木造の家、それもボロボロな家へと景色が変わる。繁華街からスラム街に移動したような印象だ。先ほど、路地裏の壁に背中を預けて力なく座っている人の前を通った。


 この人、死んでないよね? って心配になるぐらい微動だにしていなかった。


 それにしても、治安が悪そうな場所に冒険者組合はあるものだ。


「そうそう、言い忘れていたのだけど」と、ずっと俺の前を歩いていた女性が、立ち止まり振り返った。


「道案内の案内料は、あなたの全財産ということで良いかしら?」

 

「はい?」


 って、目がマジだ。右手が左腰の剣の柄を握っている……。って、こっちに歩いてくるなよ。


「冗談ですよね?」


「そんなつまらない冗談は言わないわよ。剣も杖も持ってない丸腰で異国の服装。つまり、それなりに路銀を持っているってわけでしょ?」


 結論から言おう。俺は逃げた。一目散に逃げた。来た道か分からないけれど、必死に走って逃げた。

 生きた心地がしたのは、人通りが多い場所にたどり着いてからだ。

大通りで、両膝に手を置き、肩で息をする。心臓の鼓動も早い。背中も汗でびっしょりだ。汗の半分は冷や汗かも知れない。

汗も出る。息も乱れる。


 これは間違いなく現実だ。それに、いきなり死ぬかも知れなかった。まさか追剥だとは……。


 この世界を甘く見ていた。頭の何処がで、自分の常識に囚われていた。

 

 この町は広い。町というか、都市だった。城壁に囲まれているが、その城壁は半径で一キロほどはあるだろうか。その半径一キロの城壁の中に、所狭しと家が敷き詰められている。


 地理感のない俺は、大通りで再び人に聞いた。今度は、冒険者組合がどっちの方角かを教えてもらっただけだ。案内しようか? と申し出てくれた人もいたが、それは断った。その場で俺が進むべき方向だけを指し示してもらう。迂闊に知らない人に付いていったら、危険だ。

結局、俺が冒険者組合にたどり着いたのは、夕方近くだった。


 それに、汗も出るし、息も乱れるということで、予想は出来ていたが、新陳代謝もちゃんとあるようで、俺は腹が減っていた。

冒険者組合。飯も食える場所だったら良いのだけれどと思いながら、俺はぶ厚い扉を開いて、冒険者組合の中へと入っていった。

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