春と言えば
「はっっくしょん!」
盛大なくしゃみが轟く。静かな空間だったから余計にその声が響く。教室は一斉にその声の主へと視線を集中させた。
「……ごめん」
鼻をすすりながら、陸は小さく謝る。クラスは再び元のざわめきへと戻っていった。
「春と言えば?」
赤く染まる道を歩き、伸びる陰を踏みながら家路へと帰る途中、突然訊ねられた。聞き返した陸に頷くのは、幼馴染みの女の子、海だ。
「うん。春と言えば、何が思い浮かぶ?」
私は桜とか、ピンク色かなぁ、と海。あ、あとタンポポでしょ、と春の花の名前を指折り数えている。
春と言えば。なんだろう。
入学。出会い。ポカポカとして暖かい外。昼寝。
でも何よりも。
「オレはくしゃみだ。」
暖かくなるこの季節。霞む視界。涙もろくなる、黄色い世界。そう、花粉だ。花粉症の人間にとって、春と言えば闘いの季節。想像しただけで鼻がむずむずしてくる。
「空くんは?」
鼻をすする陸をよそに、海は後ろを歩く少年に問いかけた。彼はつい最近近所に転校してきた空。帰り道が一緒なため、歩く方向も自然と同じになる。
「……春、ね……僕は……別れかなぁ……」
どこか遠い目をして話す彼は何を思っているのだろう。
「あ、そっか……。でもさ、出会いの春っても言うよ! 私たち会えたもん! ね?」
気を遣うように海は陸を見た。彼は力強く頷く。
「そうだぞ! 空! オレたち友達だからな!」
だから一緒に帰ろうぜ、と陸はニッと笑った。
「……うん」
ありがとう、と言う声は聞こえなかった。けれど、彼らには空がそう言っているように聞こえた。
「え? 春と言えば?」
「そうそう! 春と言えば、空は何思い浮かぶ?」
ポカポカとした帰り道。時は巡って高校一年の春。陸、海、空は同じ高校へと進学していた。三人並んで帰る道、陸の顔はマスクに隠れて見えない。時おり、大きなくしゃみが聞こえてくる。
「海は、なに思うのさ?」
逆に聞くけど、と空は彼女を見下ろした。海は小首を傾げる。
「私はー、出会いとか!」
あと桜でしょ、タンポポとか、と春に咲く花の名前を挙げていく。
「春と言えば、なぁ……」
やっぱり、と空は陸をちらりと見て言葉を紡いだ。
「春と言えば、陸のくしゃみじゃない?」
「なんだっしょん、くしゅっ! 空、なんだと!」
鼻声交じりで陸は抗議する。それがあまりにもおかしくて。海と空は吹き出した。
「はぶしっ、辛いんだからなぁっ!」
あはは、と高らかな笑い声。
春と言えば、別れ。芽吹き。出会い。
心から大切だと思う彼らに出会えたことは、とても幸せだと、胸に刻む。
もちろん、花粉症が酷くなる前に、薬飲んどけよ、とこっそり空が思ったのは陸の知るうちではない。