表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

春と言えば

作者: peridoty

「はっっくしょん!」

 盛大なくしゃみが轟く。静かな空間だったから余計にその声が響く。教室は一斉にその声の主へと視線を集中させた。

「……ごめん」

 鼻をすすりながら、陸は小さく謝る。クラスは再び元のざわめきへと戻っていった。


「春と言えば?」

 赤く染まる道を歩き、伸びる陰を踏みながら家路へと帰る途中、突然訊ねられた。聞き返した陸に頷くのは、幼馴染みの女の子、海だ。

「うん。春と言えば、何が思い浮かぶ?」

 私は桜とか、ピンク色かなぁ、と海。あ、あとタンポポでしょ、と春の花の名前を指折り数えている。

 春と言えば。なんだろう。

 入学。出会い。ポカポカとして暖かい外。昼寝。

 でも何よりも。

「オレはくしゃみだ。」

 暖かくなるこの季節。霞む視界。涙もろくなる、黄色い世界。そう、花粉だ。花粉症の人間にとって、春と言えば闘いの季節。想像しただけで鼻がむずむずしてくる。

「空くんは?」

 鼻をすする陸をよそに、海は後ろを歩く少年に問いかけた。彼はつい最近近所に転校してきた空。帰り道が一緒なため、歩く方向も自然と同じになる。

「……春、ね……僕は……別れかなぁ……」

 どこか遠い目をして話す彼は何を思っているのだろう。

「あ、そっか……。でもさ、出会いの春っても言うよ! 私たち会えたもん! ね?」

 気を遣うように海は陸を見た。彼は力強く頷く。

「そうだぞ! 空! オレたち友達だからな!」

 だから一緒に帰ろうぜ、と陸はニッと笑った。

「……うん」

 ありがとう、と言う声は聞こえなかった。けれど、彼らには空がそう言っているように聞こえた。



「え? 春と言えば?」

「そうそう! 春と言えば、空は何思い浮かぶ?」

 ポカポカとした帰り道。時は巡って高校一年の春。陸、海、空は同じ高校へと進学していた。三人並んで帰る道、陸の顔はマスクに隠れて見えない。時おり、大きなくしゃみが聞こえてくる。

「海は、なに思うのさ?」

 逆に聞くけど、と空は彼女を見下ろした。海は小首を傾げる。

「私はー、出会いとか!」

 あと桜でしょ、タンポポとか、と春に咲く花の名前を挙げていく。

「春と言えば、なぁ……」

 やっぱり、と空は陸をちらりと見て言葉を紡いだ。

「春と言えば、陸のくしゃみじゃない?」

「なんだっしょん、くしゅっ! 空、なんだと!」

 鼻声交じりで陸は抗議する。それがあまりにもおかしくて。海と空は吹き出した。

「はぶしっ、辛いんだからなぁっ!」

 あはは、と高らかな笑い声。


 春と言えば、別れ。芽吹き。出会い。

 心から大切だと思う彼らに出会えたことは、とても幸せだと、胸に刻む。

 もちろん、花粉症が酷くなる前に、薬飲んどけよ、とこっそり空が思ったのは陸の知るうちではない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ