初恋の味・失恋の味(1000文字以下のSS)
まったくもって、愛だとか、恋だとかいうものは理解がしがたい感情だ。
習慣となった毎朝の苦すぎるコーヒーを口に含めて思う。
「苦い……」
実に苦い。香りに関してはなるほど、いい香りだということは認めよう。
黒々とした液体が白いマグカップの中で揺れる様も、不思議と優雅さを感じる。
だけど、苦い。
「君はなんでこんな苦いものが好きなんだ。理解に苦しむぞ」
「あんたが甘党なだけよ、がきんちょ」
即座に返された言葉に、口の中に広がる苦さがより一層強くなった気がした。
「そりゃあ、君に比べたら僕は年下だけれども」
ふわりと。コーヒーの涼やかな香りに甘さが混じった。彼女の体が、自分の真正面にあるのが見える。
きっと何時ものようににやにやと笑って、何時までもコーヒーに慣れない僕を笑っているんだろう。
「あんたにこの味の良さが分かる日がくるかしらね」
彼女の声が耳にころころと転がってくる。
「そういう君は当然、分かっているんだろう?」
「じゃなきゃ、毎日淹れないわよ」
「じゃあ、分かるようになった切っ掛けとかあるのかい?君だって僕くらいのときはココアが一番だなんていってたじゃあないか」
からかうつもりが無かったか、と聞かれたら嘘になる。
大人ぶるようになった切っ掛けを聞くなんて、黒歴史を卒業した切っ掛けを聞かれるようなものだろう。
ちょっとくらいは顔が赤くならないかな、と。
そんな気持ちで口から出た言葉は。
彼女の顔を美しく、艶めいた色に変えていた。
「聞きたい?」
「……いや、いいよ。ご馳走様」
表情一つで分かることは意外とあるものなのだと、このとき僕は知った。
何が悲しくて、好きな人ののろけ話なんて聞かなきゃいけないんだろう。そういえば、彼女がコーヒーを飲むようになったのは……
そこまで考えて、虚しくなってカップの底にある黒い液体を喉の奥に流し込んだ。
苦い苦いその液体を、僕は初めて美味しいと感じた。