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復讐屋さんの奴隷くん  作者: 志久タクイチ
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復讐屋さんの奴隷くん⑫

復讐屋さん最終話の第十二話、無事投稿し終えました。これでこの物語はおしまいという形になります。ここまでお読みいただいた読者様、本当にありがとうございました。

「おはようございます! とばり様の第一奴隷、『サル』とお呼び頂いております! 以後よろしくお願いします!」



 朝、目を覚ましてダイニングに行くと、変人がいた。

 つい最近丸め込んだらしい坊主頭に、牛乳瓶の底のような形の丸眼鏡。

 まるでどこかの軍隊で訓練されたかのようなきびきびとしたお辞儀が堂に入っていた。

「ふむ、上々の仕上がりね」

 一方のとばり姉は、平然とした様子でその様を一瞥すると、朝の紅茶を啜りながらそう述べた。

「……あの、とばり姉?」

「あら、おはようアキ」

 思わず声をかけると、どこか気品すら感じられる所作でカップを置き、俺を見る。昨日感じた獣のような殺気はまるで感じられない。

 昨日のことがまるで無かったかのようないつもの様子に、少しだけたじろいだ。

「おはよう……じゃなくて。これってどういうこと? ていうか誰?」

「アナタは知ってるでしょう? 一度会ってる顔じゃない」

「一度、会ってる……?」

 そう言われても、分厚いレンズの眼鏡とその髪型もあって、元が誰だったのかさえ分からない。

「いや、こんな人知らないけど」

まったく分からない俺に鼻を鳴らして、とばり姉が答えた。

「……元『ヤリザル』よ。アナタがここに来た時に会った」

「――――え!? もしかしてあの時の金髪頭!?」

 確か学校を辞めたと噂の、新津といったはず。

『彼』をもう一度ちらりと見た。今でもきっちり直角に頭を下げ続けてぴくりとも動かない。

 信じられない。もはやあのこじゃれた感じの面影すらなくなっている。劇的だ。あまりにも劇的すぎる。

「な、何あの格好? 修行か何か?」

「たゆまぬ調教の成果よ。私が家に居なかったのも、これのためよ」

「……ここ最近何してるのかと思ってたら、こんなことを」

 俺が色々している裏で、とばり姉も色々していたらしい。逆に、彼に気を取られていたからこそ、長谷を助けることが出来たのかもしれない。

「人間の性根っていうのは、案外捻じ曲げにくいものね。サル、この床一面を頬で掃きなさい」

「かしこまりましたとばり様ァ!」

「五月蝿い、黙ってやりなさい。――――ここまでするのには、流石の私も骨が折れたわ」

「……さいですか」

 これには俺も彼を憐れまずにはいられない。

 深い同情の念を禁じえなかった。

『それこそ、あの女のために役に立つようにされてただろうね。それこそ本物の奴隷人形として』

「…………」

 あるいは昨日、俺が選択肢を間違えていたら……。

 いや、これ以上はよそう。とばり姉にとっても、昨日の事はあまり触れたくないに決まっている。俺から話を振るのは止めておこう。

「まあ表向き美島の使い走り、もとい部下だけれど、一応同じ私の奴隷として共に精進なさい。アナタも今日から奴隷として働いてもらうんだから」

「……ああ。分かってるよ、とばり姉」

「よろしい。日鞠、来なさい!」

 とばり姉が一声上げると、それから数秒しない間に、日鞠が姿を現した。

「はーい、お呼びでしょうかとばりちゃん。紅茶のおかわりー?」

「それはサルにぶっかけてやりなさい」

 鬼か。

「日鞠、アナタは奴隷の先輩として、復讐代行部での細かい仕事をアキに教えておくのよ」

「え、じゃあ……?」

 奴隷の先輩って何だ、とツッコむ前に、日鞠が尋ねかける。とばり姉が、答えるようにうっすらと微笑み返した。

「ええ、もう数日の内に、復讐代行部の活動を再開するわ。私と、日鞠と、そしてアキでね。

「……うん! かしこまりましたー!」

「今日からしっかりアキの面倒を見てやって頂戴」

 さらに深い笑みをたたえて、俺を見るとばり姉。思わず肩がびくついた。

「さあ、また忙しくなるわよ。特にアキは、ね……」

もちろん、嫌な予感がしたからに決まっている。

「と、とばり姉……?」

「さて、どんなことをしてやろうかしら」

 うふふ、と言葉の端から怪しい含み笑いがこぼれまくっている。

 やっぱり気にしてないように振る舞っているだけだった。昨日のことをまだ根に持っている。

「これからよろしく。ねえ、アキ……?」

「はは……お手柔らかに」

乾いた笑いしか出ない俺に対して、とばり姉はにっこりと笑いかけた。

 復讐屋の主人と、その奴隷が二人、床にほおずりする奴隷以下一人のなんとも清々しい朝。

 復讐代行部は、この日をもって活動を始めた。



❖❖❖



「おはよう、私の彼氏さん?」

 学校に来ると、ぶすっとした声が出迎えてくれた。俺を見るなり、かなり不機嫌そうな顔を浮かべてくる。

「じゃあ……おっはよう、マイハニー。ってか?」

「寒気がするからマジで止めて」

「じゃあ彼氏っていうのも止めてくれ。ちょっと照れくさいから」

「……アンタ、皮肉も分からないの? お願いだから本気にしないでよ、キモいから」

 この酷い言い様である。慣れてしまった自分が悲しい。

「学校のどこにいてもこの噂ばっかりで、照れるどころかうんざりよ。アンタのせいで、私もすっかり鼻つまみ者じゃない。もう最悪、アンタの顔なんて見たくもない」

 肘をつきながら、口をとがらせる長谷。今になって、へそを曲げてしまったらしかった。

 なんだか子供みたいだ。今日一日こんな感じなのかと思うと、思わず笑みが漏れる。

「そうは言ってもな。席は隣だし、顔を合わせたくないって言われても、俺にはどうしようもないな」

「ちっ……」

「女の子が舌打ちするなって……」

 長谷は相変わらず、らしい。もう猫を被る気も失せているらしく、今みたく人がいてもこんな調子だ。

 というか、長谷がクラスで浮いてるのは、そのキツイ性格もあると思う。絶対に口には出さないけど。

「よっすだぜ、ご両人!」 

 そこで唐突に、俺たちに声が掛かった。

 そのすぐに、俺の肩が強く叩かれる。振り返ると、にんまりと良い笑顔の絈野がそこにいた。

「いやー、昨日はいいもん見れたぜ。七原、お前結構面白いやつだったんだな!」

「お、おい絈野……」

「で? で? 恋人奴隷って何すんの? SMとか、ろうそくとか使うん? 相川が責めて長谷が喘ぐのか? んん?」 

 まるで子供のような問いかけに、たじろぐ俺。

 隣で般若のごとく睨みつけている長谷が怖くないのだろうか。

「ま、まあまあ……色々事情があってな」

「事情も糞もないっつの。こいつの彼女奴隷とか、死んでも御免だし」

 一体これのどこが恋人同士の会話だと。

 そう釈明して、このクラスの人間の誤解を解いてやりたい。正直、今なら誤解を解いたところで、長谷はもうイジメられることは無いと思うし。

 そもそも、主に長谷をイジメていたのは大場達で、他は傍観に回っていた。冷めた目で見ていた人間も少なくない。彼女たちはすっかりクラスの中心からも外れ、これまでが嘘のように大人しくしていた。

「はっはっは、なんだよ仲良しじゃねえか! いやあ、羨ましいなおい。甘酸っぱくて見てらんねえぜ。爆発しちまえ」

「今の会話のどこ見て言ってんの、このクソタヌキ」

「うんうん、見事なツンデレ。今のはポイント高いぜ」

「っ、はあ?」 

「七原、長谷ちゃんの可愛いとこはな、嫌ってる風を装いつつ、実は誰かと会話するのを拒絶しないとこだぜ。特にお前とはな」

「ばっ、何適当なこと言ってんの⁉」

 あの長谷の 罵倒を意に介さず、むしろ手玉にすら取っている。こいつは案外大器なのかもしれない。

「でもな長谷ちゃん、たまには、素直になった方がいい時もあるんだぜ。やっぱツンの後はデレが無いとな」

「何また意味が分からないことを……」

「本当に分からないか? 今までを振り返ってみて、何もせずはい終わりでいいのか?」

「…………」

 一瞬の沈黙が生まれる。そう言う絈野の目は、打って変わって、かすかに真剣な色が帯びていた。

 声の無い会話が、二人の間で交わされた。そんな気がした。

「ははは、しかし上手いことやったなこのすけこまし!」 

 かと思うと、それもつかの間で、ころっと雰囲気を変えて快活に笑った。

 ばんばんと強い力でまた叩かれて、むせ返りそうになる。

「いや、大場達から姫を助けたナイト様ってとこか? いや、そんないいもんじゃねえか、ハハッ」

「……それ、言ってて恥ずかしくならんのか?」

 俺と長谷が騎士と姫とか、まったくもって似つかわしくない。

「昨日のお前よりはマシだぜ」

「う……」

 無駄に痛いところを。

「……ほんじゃま、お邪魔虫はこれで退散しますかね。恋する乙女のキューピッド、絈野をよろしく!」

 あっと言う間に、絈野は自分の席に戻って行ってしまった。まるで嵐だ。言いたいだけ言って、逃げるように遠巻きに俺達を見ないふりをしているクラスメイトとの会話に交じってしまった。

「……何なのよ、アイツは」

「まあまあ、悪い奴じゃないっぽいし、聞き流しとけって。一応恩人だろ?」

 結局、ただの冷やかしだろうし。それに階段から落とされた長谷を助けたのは絈野だ。

 今の俺たちに普通に接してくるあたり、あいつとは、なんだかんだ仲良くなれそうな気がした。

「…………」

「…………」

 所在ない、微妙な間が流れる。

 並んで座っていながら、話が続かない。絈野の温度差のせいで、変に会話が途切れてしまったらしい。

 長谷は、もう何か話す気はないのだろうか。

 そう思った矢先だった。

「あの……さ。七原」

「ん?」

 独り言のような声だった。まるで、呼びかけながら、俺に聞こえないようにしているかのように。

「アンタ、弟に会ったんでしょ? あの子が、そう言ってたんだけど」

「ああ。よく出来た弟くんだったな

「それで……その、ね」

「?」

「……昨日ね。あの子に頼まれたことがあって、その……アンタに、どうしても伝えて欲しいんだって言われて……」

 長谷にしては珍しく、本当に珍しく、言動がしどろもどろだ。

「弟くんが? 何で?」

「だ、だからっ……! あの子の言葉を代弁してやるって言ってるの! 今から言うこと、全部あの子が言ったことだから! あくまで私じゃないの! いい? 分かった!?」

「お、おう」

「……昨日、あの子がアンタに伝えて欲しいって頼まれて。だからこれは、あくまで私じゃなくて、あの子の言葉を代弁してやってるの。あの子が、アンタに言いたい言葉。一度しか言わないから! 黙って聞け……聞いて、よ?」

 この時の長谷の顔を、俺は一生忘れないだろう。

 それは、本当に、本当に小さな声だった。



「しっ……信じてくれて、その、ありがと……」



「…………」

「こっ、こっち見んな。……馬鹿」

 思わず、その姿に見惚れてしまっていて。

「……じゃあ、俺からも、弟くんに伝えといてくれないか?」

「え……?」

 そう、『あくまで』弟くんに向けて。

 俺はこう言ってやる。

「――――お互い様だ、って。おかげで長谷と友達になれたようなもんだから。だから、ありがとう」

「…………」

「俺も、長谷の事信じてよかった……って、長谷?」

 面食らったような顔。

 そしてすぐさま、我に返ったように長谷が俺の頭を教科書で叩いた。

 その頬は、耳まで広がるくらいに真っ赤に染まっていた。






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