復讐屋さんの奴隷くん⑩
復讐屋さん第十話、kousinしました。
「……すみませんが、お姉ちゃんが誰も家に通すなと言ってます。勝手なお姉ちゃんで申し訳ないです」
「あ、いやいや、こっちこそごめ……すんません、いきなり押しかけて」
学校が終わった放課後、すぐに長谷の家を訪れた。といっても、マンションの玄関前で弟らしい男の子に応対されているだけだ。要は、長谷に門前払いされているのだが。
それを頼まれた弟と思しき男の子は、身長的に多分小学生くらいの子で間違いはないと思う。
こうして少し話していると、思わず姉と比較してしまうというものだ。
顔つきは眼鏡の無い長谷を少し凛々しくしたくらいだが、あまり表情に変化がないのが大きく違うように見える。
というかさっきから、正直小学生とは思えない対応っぷりで、こっちが縮こまってしまうほど態度が丁寧だった。
「……俺がこんくらいの時、何やってたかな」
「あの、何か?」
「ああ、すまん……いや、その、ごめんなさい」
「いいですよ、敬語じゃなくて。七原さんよりも年下なんですから、楽にどうぞ」
にこりともせず、俺よりも大人の対応で振る舞う長谷弟。
「そっか、じゃあ遠慮なく……って、なんで俺の名前が七原だって知ってるんだ?」
クラスメイトだとは言ったけど、まだ名乗ってはないはずだ。
そう尋ねると、弟はまったく遠慮することなく答えた。
「姉から聞きました。七原さんの特徴を言ったらすぐ、七原はただのストーカー男だから、来たら追い返せ、むしろ居留守を使え、と凄い剣幕で怒鳴ってきたので」
「す、ストーカーか……そりゃきっついな」
流石の俺も、これには苦笑い。
「まあでも、意外と元気そうだな。安心したよ」
「……怒らないんですか?」
やっぱり彼の表情は人形のように固く動かないが、その言葉には、多少の驚きが込められていた。
「もう慣れただけだよ。むしろそこで罵倒されないままの方が調子狂うし」
「……マゾの方ですか?」
「むしろそっちの方が世間的にはマシだと思うぜ……」
奴隷だからな、と続く言葉は。長谷弟は、小さく首をかしげていたが。
「とにかく、会えないんじゃしょうがないな。俺は帰るから、謹慎解けるまでは大人しくって言っといてくれ。あと二日だったよな?」
「あの……そのことなんですが」
「ん?」
俺を引き止める声につられて、長谷弟に向き直った。
その彼は、少し躊躇いがちにこう言った。
「お姉ちゃんは……やはり、間違ったことをしたんでしょうか」
「……弟くんは、そう思うのか?」
少し迷うように目線を反らした後、ぼつぼつと途切れ途切れな言葉を紡ぐ。
「……お姉ちゃんが、時々直情的なのは知っています。実際、僕はそういう所を反面教師にしてきました。お母さんはいつの間にかいなかったので……。今まで、我の強いお姉ちゃんの性格に付き合いきれるような人間なんていなかった。でも、それでも根は悪くないんだと、僕は信じてきました」
そこまで言った後、長谷弟は俺をまっすぐに見据えた。
「あの、今からお時間いいですか? 少し話を聞いてもらいたいんです」
そう断りながらも、話し終わるまでまで逃がさない、というような妙な迫力すら感じさせる目だった。何も言わずに、俺は頷いた。
「ありがとうございます。……実は、お姉ちゃんには以前もこんなことはあったんです。本を万引きしたって……ご存知ですか?」
「ああ……話は、少しだけ聞いてる。大変だったんだな、ってくらいだけど」
中学の頃にあったという、万引き冤罪事件のことだろう。とばり姉を憎むきっかけになった長谷の過去。
「でも、冤罪だって聞いて……」
「冤罪であろうとなかろうと、そのせいで……って言っても仕方がないんですが。僕は、イジメに遭うはめになってしまいました」
長谷弟はそんなことを、さらりと言ってのけた。
「……え? ど、どうして……」
思わず、反応が遅れてしまった。
「万引き犯の弟だから、って、言われてました。悪の弟はやはり悪で、クラスの子にとっては、それを糾弾することは正義だったんです」
ふっ、と思い出そうとする素振りを見せながら、彼は続けた。
「囲まれて殴られたり、服を捨てられたり。内容としては、幼稚で、ありふれたものでしたが、その時の僕は、お姉ちゃんを憎んでいました。万引きが嘘でも本当でもどっちでもいい。お姉ちゃんのせいでこうなったんだと、復讐したかった」
「復讐……」
その言葉を使う長谷弟の顔には、やはり何の気色も浮かんでいなかった。
「それじゃあ、今も長谷の事を……?」
「はい、憎いです。今でも」
「…………」
「……でも」
その時。機械のようだった長谷弟の口元が、ほんの少しだけ、一瞬だけほころんだ。
「昨日、お姉ちゃんが僕を抱きしめてくれたんです。何時か必ず復讐しようと考えてた僕に、泣きながら、『もうこれ以上、アンタに何も起こさせない。お姉ちゃんを信じて、お願い』って。そう、言ってくれたんです」
「あ……」
『アキ、アナタにもう何も起こさせはしないわ』
『私が代わりに復讐してあげる。大丈夫、お姉ちゃんを信じなさい』
俺に掛けられた、あの時のあの言葉がよみがえる。
まるで、もう一度音として聞き直したかのように。
その瞬間、長谷の多くを理解した。
理解した、というより、俺の中で繋がったと言う方が正しいかもしれない。
長谷はとばり姉に。そして、長谷弟は俺と姿が重なった。
そして俺自身、何故長谷の味方であろうとするのか。その答えが、今ようやく垣間見えた。
「七原さん、お姉ちゃんは誰もが言うような、どうしようもない人なんでしょうか? 万引き犯扱いのお姉ちゃんと、昨日のお姉ちゃん、どっちを信じるべきなんでしょうか?」
長谷を信じるべきなのか、もう見限るべきなのか。
その彼のまっすぐな問いに、少し逡巡する。
どう答えるべきか、ではない。答えは今見つかった。
それよりも、今ここで彼に答えてしまっていいのかについて。
本来それは、長谷本人に言うべき言葉だったから。
「……長谷は、間違ったことはしてないよ」
「え……?」
結局は、このためだったのだ。
彼女が相手を無意味に大場達を煽ってみせていたのは、停学までして無謀に自分に悪評が集中するようにしたのは。つまりは自分一人だけですべて受け止め切ろうとしたことにあった。長谷の強気な態度の理由はこんなところにあった。
〝目の前の自身の弟を守るために、自分の身を削ってまで、闘おうとしていたのだ〟。
もう二度と、自分の弟にまで被害が及ばないように。たった一人で。
長谷は確かに、間違ったことはしていない。そう思う。
視線を持ち上げる。長谷がいるであろう部屋に向けて。
「〝間違ったことはしてない。けど、間違えたやり方をしちゃっただけだよ。アイツがやったのは、復讐じゃない。ただの仕返しだ。だから、間違ったやり方なんだよ〟。」
もう一度首をかしげた長谷弟に、最後にこれだけは言っておいた。
「信じてやってくれ。ちょっとだけ不器用で、優しいお姉ちゃんを。……俺も、信じてるから」
❖❖❖
長谷の家から帰ったあと、夜もすっかり更けて、日を跨いでしまっていた。時刻はとっくに真夜中だ。
窓もない薄暗い部屋の中で一人、机に向かって唸る。別に宿題に悩まされているわけではなく、やはり長谷のことについてだった。
ここまでを少しまとめて、気付いたことを振り返ってもみた。
そもそも、長谷がイジメ側にされているこの状況がおかしなものだ。よくよく考えれば、今イジメられている人間が、どうして誰かをイジメているということになるのか。
つまり、長谷の謹慎処分には、明らかに周りの人間の過剰対応が見て取れること。
イジメられたという女子生徒は、『いきなり無抵抗の自分を一方的に殴りつけた』という。こんな全て嘘でしかない言葉がまかり通るほど、状況は絶望的だ。
〝そしてこの状況を長谷は望み、逆に利用しようとしている〟。自分一人を苛烈な状況に追い込むことで、長谷弟を守る壁として犠牲になろうと考えているのだ。
本当に長谷は一人、理解者もなしにここまでずっと立ち向かってきた。
どちらにせよ、そう事は簡単に終わるわけじゃない。
大場達を止めたらはいおしまい、じゃないのだ。いずれ他の誰かがそれを引き継ぐかもしれない。
そんな意味の無いイタチごっこを、どうやったら終わらせられるのか。
「……っていうか、俺だけで解決出来るんならイジメなんか問題にならないよなー」
あれからずっと、その方法を考え続けている。が、どうしても浮かばない。
ネットの情報も漁って、イジメの現場を捉えたカメラを設置することも考えた。だが、相手があのとばり姉だ。そういう所に気付いてないわけがない。大場達にそのことも注意させていたら、逆に追い込まれるのは長谷の方だろう。
まさに八方塞がり。かもしれない、こうなる気がする、で思考が迷走してきているのは自分でも分かっている。
だが、うかつに突っ込めば、傷を負うのは俺じゃない。長谷だ。
それだけに、躊躇してしまう。いつまでもうじうじと踏み切れない。
「あー、くっそ。分からん……」
文字通り頭を抱えて、うんうんうなり続けていた時だった。
こんこん、とノックの音がした。そのすぐに声が掛けられなければ、聞き逃していたかもしれない。
「アキくーん、ちょっといいー?」
日鞠だった。相変わらず、変に間延びした口調だ。
一体なんの用だか、とばり姉は今日は家にいないらしい。ということは、今この家には日鞠と俺しかいない。
「あ……日鞠さん? どうぞ」
立てつけの悪いドアが軋み、日鞠が入って来た。同時に、何か良い匂いが運ばれてきた。
「はーい、アキくん。お夜食だよー」
そう言って差し出されたのは、小さめのお椀に収まったうどんと漬物が添えられたお盆だった。
食欲をそそられたのか、急に意識すると空腹感が訪れた。
「日鞠さん、これ作ってくれてたのか?」
「うん、そうだよー。アキくん、今日ご飯食べてないでしょー?」
「う……」
確かに、長谷の家から帰ってからは何も食べてない。
「沙雪ちゃんのことを考えるのもいいけど、ご飯食べないと頭が動かないんだよー?」
「あ、ありがとう。本当に」
その気遣いが、とにかくありがたくてお礼を言うと、日鞠は誇らしげに胸を張った。褒められた子供みたいだ。
「んふー、いいんだよいいんだよー。だってあたしメイドだもん。ほら、メイドはノックの数もちゃんと二回! メイドの鏡だねー!」
「あの、メイドの鏡さん。ノック二回はトイレの時ですよ。正しくは三回か四回のはず」
「……今日からキミが、ここのメイド長だ!」
「とっさに執事って単語が出なかっただけだよな? きっとそうだよな?」
しばしの休息。日鞠も、すぐに部屋から出ずに、うどんを食べる俺をすぐ横で見つめていた。
「……あの」
「……うんー」
「食べにくいんだけど」
「うんー……」
まったく聞く耳を持ちやしない。
ただ、日鞠にも思うところがあったのか、どこかその表情は暗い。思わず、箸を止めて日鞠が話し始めるのを待つ形になった。
やがて、躊躇いがちに日鞠が尋ねた。
「あの、沙雪ちゃんどうだった? 謹慎って聞いたから、心配でー……」
「あ、うん……」
長谷の話題を持ち出す日鞠は、本当に不安そうな顔を浮かべていた。とばり姉の前では表立って言えないが、彼女も長谷のことが心配なのだろう。
「ああでも、結局弟にしか会えなかったから実際どうなってるのか分からなかったな。大丈夫だとは思うけど」
「あらー、弟くんがいるんだ。どんな感じだった?」
「どんな感じって……長谷とは全然違って、大人びててクールで、でも長谷に似て頭も良さそうで……」
俺は日鞠に、あったことを全て伝えた。憎んでいると言ったことも、それでいて、信じてもいいのか悩んでいたこと。
「……あと、俺と長谷弟の姿がダブって見えたよ。変だよな、全然似てないのにさ」
そして、全て言い終わったと思ったときに、ふと思い出す。
「……そっかー。それは、変なのかもね」
その言葉に、くすりと笑う日鞠。
日鞠はよく笑う人だが、この笑みはいつものそれとは何かが違っていた。スタンドライトのほのかな光に当てられた彼女の横顔を見て、おかしな話だが、その時日鞠が俺よりも年上なんだということを理解した。
「アキくんは、とばりちゃんのこと嫌い? 紗雪ちゃん……お友達をこんな目にあわちゃって」
居座りなおって、問いかけた彼女の目は、大真面目だった。
かなり直球な問いに、少し戸惑ってしまう。年頃の男子高校生には、本人がいなくとも照れくさくなる。
「……嫌いじゃないよ。だって、あれでも従姉なんだから」
でも確かなのは、俺はとばり姉を周りの人間よりも毛嫌いしていないということだ。
「……うん、そうだね。じゃあ、それが答えなんだよ」
「え?」
俺の答えに満足したような、花開くような満面の笑みを浮かべて続けた。
「弟くんと似てると思ったのは、アキくんがとばりちゃんを好きでいるからだよー。ひょっとして、紗雪ちゃんととばりちゃんも似てるって、思ったんじゃない?」
「……どうして分かったんだ? 凄いな、日鞠さん」
「あらー、アキくんに褒められちゃった。照れるなー」
ほんのり赤い頬を手に添え、身じろぎするようにくねくね動いた。
「でもねー、それも当たり前のことなんだよ。沙雪ちゃんもとばりちゃんも、どっちも弟思いだもの。アキくんも弟くんも嫌いにならないのは、そういうところを知ってるからじゃない?」
根は悪くないんだと、彼は言っていた。
好きかと訊かれて、嫌いじゃないと俺は答えた。
つまりは、それだけの理由が二人の姉にはあって、それが原因となってお互いが復讐し合った。
お互いに、守るもののために。
「そうか、そうだよな。とばり姉も……俺のためにやってくれてるってそう言ってたよな、復讐」
「うん、それは絶対だよ! あたしが太鼓を押すよ! ……あれ、叩くだっけ?」
「そりゃ太鼓判だろ……」
せっかく俺の中で株が急上昇だったのに、すぐにいつも通りの日鞠だ。まったく残念すぎる。
「ったく、とばり姉もとばり姉だよな。変に不器用というか、そんな風に見えないんだっての……」
俺を面倒くさそうに邪魔扱いしたり、敵だとか言ったり、奴隷にしたり。
とばり姉が俺を助けるなんて、もう遠い昔のことでしかないとずっと思っていた。助けるという言葉も、とても素直に受け入れられなかった。
ため息交じりにの呟きに、日鞠が慌てた風に受け答えた。本気の不満と捉えたのかもしれない。
「や、それはね、とばりちゃんはあまりそういうの見せたくない子だからだよ! だってほら、復讐代行部が今お休みしてるのに、アキくんの依頼受けたでしょ? 復讐代行部のお休みはとばりちゃんが違う用事があるから、本当なら絶対に依頼を受けないんだよー」
「えっ? そうなのか?」
こくこく、と日鞠が素早く頷いてみせる。嘘は吐いてない、ということだろう。
「やりかけの仕事は終わらせるけど、新しく依頼を受けたのは、アキくんだけだよー」
片や俺は、あまりに驚きすぎて、逆に何も言えなくなった。それが俺のためというのだから、余計に。
嬉しいというか、その犠牲が長谷でもあるのだから、複雑な気分だ。
「それにねそれにね、お休みの半分は、アキくんのクラスを調べるためにずっと頑張ってたんだよ! 酷い時は何日か書斎にこもって寝てなかったんだよー! 終わった後、すぐこてんって倒れて寝ちゃったくらいだもんっ。あとあと他にも――」
「も、もういいもういい! とばり姉が俺に色々してくれたのはもう分かったって」
突然、スイッチが入ったように次々と、興奮しながら語り続ける日鞠。果たして内緒とはなんだったのか。
挙げさせればキリがない気がしたから、誤魔化すように俺はそう言い繕ってみせた。
が、流石に日鞠にもお見通しだったらしく、言い足りないと言わんばかりに唇を尖らせた。
「むー、どうしたら分かってもらえるのかなー。あのとばりちゃんがこんなことするのなんて、まずないのに」
「いや、でもあのとばり姉だから、つい」
「ぶーっ」
その様子が可愛らしすぎて、俺の言葉に不満なのかどうか分かりにくい。
とばり姉といえば、私生活では日鞠に任せきりで、ものぐさなイメージが強い。言っちゃ悪いが、日鞠が語ったとばり姉は、まるで別人のようだ。
でもよく考えると、とばり姉は大場の事や長谷の事を詳しく知っていた。知り過ぎているといってもいい。でなければ、長谷相手に余裕であしらえるほどの芸当が出来るわけがない。
それに、そうだ。俺のクラスの何もかもを知ってるように感じたことも何度かあった。日鞠の言うことが嘘だとは到底思えない。
あの『復讐』には、それだけの手間と労力を要していた、ということか。よくよく改めて見れば、とんでもない情報力があってこその策でもあるし……。
「……あれ?」
その時、何かが俺の中で引っ掛かった。
電流が走るような閃きじゃない。まるで最初からあったかのように、一つの方法が俺の中で浮かび上がった。
「いや、待て待て待て。これは……」
「? どうしたの、アキくん」
「日鞠さん、黙ってて」
ばっさりそう言うと、むぐ、と慌てた風に口を手で押さえる日鞠。
――――ちゃんと弱みは握っておかないと。
――――脅しに来る? 逆よ。すでにあっちの方が脅されてるの。
いつぞやの、とばり姉の言葉。
俺の中にあるたった一つの方法を、記憶にあるもので埋め合わせ、修正していく感覚が、これまでのことを走馬灯のように思い出させていた。
――――復讐代行部はたくさんの〟親切な〝情報提供者を抱えていてね。あの時ならまだしも、今なら学校の中で私の目の届かない所は一切ないわ。
――――でも本当にしばらくしたらそのイジメっ子達が全然イジメなくなって、凄いなーって思って。 ――――とばりちゃんは、アキくんを凄く気にしてるから。
――――人が誰かを嫌うのに、証拠なんていらないのよ。その逆には証拠がいるのに、ね。 ――――本当でも嘘でも、噂は広めちゃえばこっちのもんってね。
――――良くも悪くも馬鹿ってことよ、日鞠は。馬鹿だから頼りにはならないけど、馬鹿だから扱いやすいのよね。
――――で、長谷は七原経由で久代先輩と通じてるんじゃないかって話があるの。 ――――恐らくね。明日……いえ、明後日まで帰ってこれないかもしれないわね。
――――それにねそれにね、お休みの半分は、アキくんのクラスを調べるためにずっと頑張ってたんだよ!
――――私の目が黒いうちは滅多なことはないでしょうけれど、それでも……。
――――人が誰かを嫌うのに、証拠なんていらないのよ。その逆には証拠がいるのに、ね。
――――アイツがやったのは、復讐じゃない。ただの仕返しだ。だから、間違ったやり方なんだよ。
――――アンタに、『自分』ってやつはあんの?
別に死にかけてもいないのに、無意識に多くのことが脳裏をよぎる。課せられた条件をクリアさせるために、俺の頭にある全記憶を総動員させていった。
耳に残っていたことが奇跡とさえ思えるくらいになんてことない、今までの言葉が。多くの人間の、それぞれの入り混じった想いが。まるでこの時のためのヒントだったかのように、鮮やかに浮かんでは消えていく。
言っておくが、なんら目を見張るようなそんな画期的な方法じゃない。言わば、他人の仕事を横から割り込んで台無しにするようなやり方だ。
悪く言えば卑怯の二文字で片付いてしまう。長谷は、とばり姉は、どう思うだろうか。
……ひょっとしたら、俺は今度こそ追放されるかもしれないな。
「……はは、何だそりゃ。今まで、そんな簡単なことに悩んでいたのか」
それでも、このグレーなやり方を自分の中で正当化する言い訳まで出来上がってしまっているのだから、まったく、都合が良過ぎて笑いがこみあげてくる。
後押ししてくれている、ような気さえしてしまう。
「え、えっとー、アキく……おっとっと、むぐ」
「あ、日鞠さん。もう黙ってなくていいよ」
「むん? あらー、そう? それで、どうしたのー?」
すっかり置いてけぼりを食らってしまっている日鞠。突然目の前の人間が何か考え込み始めて、ニヤニヤと笑い出したら、気味が悪いことうけあいだろう。
「……実は、日鞠さんに頼みがあって」
「あらー、あたしにー?」
「うん。他でもない日鞠さんに。つっても、俺のためじゃなくて、とばり姉を助けると思って聞いて欲しいんだ」
この言葉に、日鞠の顔色がさっと変わる。
「えっ、とばりちゃんを?」
「そう、とばり姉のために」
「う、うん……分かったー」
もちろん、嘘だ。とばり姉が駄目でも、日鞠ならこう言えばまず騙せる。とばり姉の言う、日鞠の短所だった。
日鞠には、悪いことをしている自覚はある。心苦しいが、そうも言ってられない。心の内で謝っておく。が、とばり姉によって俺の作戦が看破される頃、多分改まって謝ることになるだろう。
つまり、この復讐劇の決着が完全に着く頃に。
「それで、頼みってー?」
「ああ……日鞠さんに、一つやってもらいたいことがあって――――……」
もう寝ないまま夜が明けても構わない。そのためには、まずは今からやらなければいけないことがある。
今度こそ、これですべてを終わらせる。
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