8話
お久しぶりです。思ったより間隔が空いてしまって驚きました
あれは、今から遡ること、たったの20年前の年始めの事だった。
私は、とても信じられない人間と出会った。深々と降り続ける雪の中を、その無垢な白を、鮮やかな紅に染めていく一人の男に。
狼の群れの中で、ただひたすらに拳を振るい続けては鮮血に染めていた。
拳を受けて、吹き飛ばされる狼達。その狼達は、仲間を殴り、屠る、人間の姿を力強い意思を秘めた瞳を持って睨み、咆哮し、命を奪わんと牙を向けて襲い掛かる
対する男は、笑みを浮かべていた。どこか狂気染みた獰猛な笑みだ。どっちが獣か分からないくらいに獰猛さを感じさせる笑みを浮かべていた。
「我、感謝を。己の生命が在ることを……そして、我は告げる。懺悔を。自然の摂理に在りし物を屠るこの行いに、懺悔を」
男が口にした言葉は、風に乗り私の耳にまで届いた。ならやるなよと言ってやりたいが、やめた
「さて、お嬢さん。暫し待っていてくれ、頼みがある」
「え?」
どうやら、私に気づいていたらしい。参ったな、関わりたくないなぁ
「行かねばならぬ場所があるのだがね、『楽しみ』に妨害されて、その後にこの彼らだ
到着時間より、大幅な遅れだ。それを取り戻さねばならん」
「……それで…どこまで?」
「吸血鬼が管理している街、『イクリプス』へ」
うわぁ、私の住んでる場所か。うわあー、どうしよう、なんか厄介事かも。どうしたらいいんだろうか?
「拒否しても構わんよ。だが、そうだな、もし協力を受けてくれたなら」
「受けてくれたなら?」
狼達を殴りながらも、私に話し掛ける男。別に金銭はいらないよ? 住み込みで働いてるし、そう言ってやろうとした
「私の血を与えよう。いかがかな、見目麗しい吸血鬼のお嬢さん?」
「なっ!?」
「長いこと飲んでいなくて、疼いているな? やせ我慢はやめたまえ。そのままだと、君の理性は吹き飛ぶぞ?」
思わず、言葉に詰まってしまった
余計なお世話だ、だけど、時々、危ない時があるのも確か。とはいってもこんな得体の知れない男の提案を飲むのは危険だ
「自制はまだ効くのか? 私が思うに相当にギリギリに感じるが」
「なんで、分かるのよ?」
「自分では、気付けていないか。クククク、これはまた珍しいな。簡単な話だよ。そこまで魔力を放っていて気付けていないとはな」
「……先払いで。」
「………」
なんか喋れや、なんで無言なんだよ。私がすべったみたいじゃないか。
「だから。
……さ、先払いよ。良いわね?」
「ああ、良かろう。
契約はここに、果たされる」
私が、樹の影から姿を現した時には、そこには狼達はいなかった。私をただ見据える神父服の男。先程と違う穏やかな笑みを浮かべていた。
私は、男に近付きつま先立ちになり、顔を首筋に埋め、止まった
「これは、あ、あくまで、旦那様やお嬢さまに迷惑をかけたくないからだからねっ!」
「煩い小娘だな。吠えるならば耳元から離れよ。
それと、速く済ませ。己の性に怯える臆病者よ」
「っ!? 言ったわね、後悔しないでよ?」
「クク、後悔だと?
生憎だが、後悔など、とうに済ましてある」
「……あ、そ。変なヒトね」
「ふむ。そうかね?」
「ええ、スゴく変なヒトよ」
私は、首筋に歯を立てて、その男―カイル・クリスティア―の血を飲むのだった。飲みながら、少しだけ感謝をした
この町にある古ぼけた教会がある。そこの老神父が流行り病に倒れた、その事で後任の人間を呼んだという。
老神父が物静かで、子供なら、人間だろうが獣人だろうが分け隔てなく接するいい人だったのだ、一週間前に来た後任の男は、あまり歓迎されはしなかったらしい。
しかし、旦那さまとエミリー様は、いたく気に入ったらしい
「後任がまさか、異端審問会の人間だなんて………面白いじゃないか」
旦那さまはそう言った異端審問会、この世界にある最大規模の勢力を誇る『クリスタロス教会』の一端だ。この教会にある異端審問会は魔族を穢れとする過激派な組織だ
そんな場所からの後任、いやな予感がした。教会に向かった日中の行動は避けたかったのだ、形振り構っていられない
教会から、出ていく人達とは逆に中に入る私。中には、修道女と一人の男。神父服を着て白い手袋に赤い十字架が描かれている
「おや、珍しいね。引きこもりメイドが来るなんて」
「ふむ、いらっしゃい。見目麗しい吸血鬼の臆病者」
「………違う」
「?」
「おや?」
「私は、レヴィ・ルシェ。臆病者なんて名前じゃない。」
なんで私はこんな男に名乗ったのか分からなかった。たぶん、臆病者呼ばわりされたのが腹立たしかったんだ
「ククク、それもそうか。そうだったな
良かろう、レヴィ。私はカイル・クリスティアだ、宜しく」
それが、カイルとの出会いだった
◇
日中、私は洗濯物を干しながら、昼までに屋敷の中で父について知っているだろうメイドさん方に聞いてみたが皆さんは、私が聞いた噂の内容のままを教えてくれた。
「父を知れば、あの男の狙いが分かるかと思いましたが、上手くいきませんね」
エミリーさんや旦那さまに聞いても面白い人としか言わないし、代表には聞きにいくのも手だけど、どうしたものでしょうかね?
いや、いっそのことシスターに聞いてみるか?
「シェリスー!! 誰が働いていいと言ったのかなぁ!!」
私を叱る声が正面から聞こえる。レヴィさんだ。まずいな、他の人に無理言って仕事してるのが見つかってしまうとは
パタパタと、慌ただしく駆けてきて私の前に立つと、両手を腰に置き私を上目使いに睨んでくる。少しかわいいと思ったのは内緒で
「傷口が塞がってるとはいっても、また開く事だってあるんだからね!! わかってるのかな、君は?」
わかってるのか、か。その答えは既にあるんですよ。レヴィさん
「わかりませ―!?」
痛い。思いきり頭を叩かれたようだ
「いい。シェリス? 君は人間なんだから、ちょっとの無理が思わぬ大惨事に繋がるんだよ?」
「それを言うなら、大怪我では?」
痛い。また叩かれた。流石の私でも、これは痛い。
「揚げ足を取らんでよろしいっ。もう、シェリス。怪我人なんだから、休んでくること」
「はあ」
「返事は?」
「……はい、わかりました。レヴィさん、一つだけ良いですか?」
「ん、何かな?」
レヴィさんは、父について何か知っているだろうかと淡い期待をして質問することにした
「父について、何か知りませんか?」
「え?」
目をパチパチと瞬きさせて、固まってしまった。何かまずかっただろうか? レヴィさんは、少ししてから空を見上げたり、髪を弄り出した
「……うんと、シェリスはアイツの事、どうして知りたいの? や、別に親子だし知りたいっていうの分かるんだけど、ほら、今まで関心無さそうだったじゃない? 急にどうしたのかな~とか気になったりしちゃったりして、アハハ」
確かにそうだ。今までは興味なかったけど、あの襲撃者は父の知り合いだ、あの男が現れて父の私物を漁るために教会を滅茶苦茶にしていったのだ
なら、父はどんな人で何をしていたのか位は知っておく必要があるんじゃないかと思ったからだ
「……ま、まあ。いいよ。でもね」
「なんですか?」
「あー、ごめん
私、アイツの事、あんまし良い印象がないんだよなぁ」
「へえ、そうなんですか?」
「そそ。だって、出会い頭から言いたい放題に言ってきたし
腹立って売り言葉に買い言葉でさー」
アハハ、と笑いながらキョロキョロと視線を彷徨わしているレヴィさん。
「レヴィさーーん。ちょっと良いですか?」
私の後ろから、誰かが大声で呼んでいる。そちらの方を振り返ると、洗濯物を両手で抱き抱えてふらついているメイドさんの姿が眼に映った
あのままでは、洗濯物を落としたりして大変だろうな。
「えっと、シェリス。行っても良いかな?」
「……まあ、あのままでは大変でしょうから良いですよ」
「ごめん。ありがとう」
パタパタとレヴィさんが駆けていくのを、私は見送る。
……まあ、今回はいいか。
明日、シスターに尋ねるとしようかな。
ちょっとだけでも読んでいただけたら幸いであります
ではでは