2話
目を覚ました、嫌な夢だった
さっきのは…いったい?
あの少女、私を見た?
いや、それよりもまずはー
「ー……おはようございます、エミリーさん」
私を起こした少女に挨拶しなくては
エミリー、と私が呼んだ少女は満面の笑顔で私に飛びついてきた
折角、起きたのに押し倒された
「おはよう、シェリス♪」
「どうしたのです?
今日は、ずいぶんとお早いですね」
私の頬に、自分の頬をくっつけてくる彼女は、エミリー・ローゼンハイドという名前だ
彼女は、見た目は十歳くらいだが、実年齢は私よりも遥かに上だ
容姿は、腰まである先だけがゆるいウェーブがかかった金髪
そして、碧眼、ホントに小さな顔つきと、それに釣り合うような小さな身体
人形の様に可愛らしく、美しいが…
「あのね、あのねー」
「ー分かってます、『喉が渇いた』んでしょう?
でなければ、早く起こさないはず」
「あ、う…うん」
彼女は、吸血鬼だ
ローゼンハイド家の、一人娘にして私の雇用主の娘
私は、彼女の友人で喉を潤すための嗜好品だ
彼女は、嗜好品という単語を全力で否定するが
自分では、そう思っている
「いい?」
「なんら、問題ありませんよ
エミリーさん」
彼女は、私の言葉を訊き、ありがとうと呟き、私の寝間着を少しずらし鎖骨辺りまで晒すとゆっくりとした動きで、牙を突き立てた
「ーーッ」
「!?
ごめんね!?」
「構いません、寝起きで驚いただけです」
「うん、シェリス、ありがとう、大好き」
突き刺さる牙、初めは痛むがすぐに痛みを感じなくなる
代わりに、小さな喉を鳴らし、私の血を吸い飲む音が聞こえる
「ん、く、はっ」
「……ッ」
「シェリス、おいし」
「そう、です、か」
「んくっ…こく、はぁ、おいしい血
あは…ごくり」
喉を鳴らす音が止まった
彼女の顔が離れる
顔が真っ赤だ、まるで熟したトマトの様に
目が合うと、えへへと笑って私に身体をあずけてくる
彼女の重みを感じる、軽いけど
「ありがとね、ホントに」
「お気になさらずに、友人の役に立てるなら本懐としましょう」
脱力感は、あるが問題なし
私は、ここで物心着いた時から働いている
殆どは、エミリーさんの相手が勤務内容だけど
「ねえ?シェリス?」
「なんですか?」
「呼んだだけ、今日はなにしようか?」
「おまかせします、お嬢様」
「お嬢様禁止~」
「冗談ですよ、さ、着替えますのでエミリーさんも着替えてきてください」
「えー?」
不満そうに唇を尖らせる
どうやら、気づいてないらしい
「私の血で、折角のお召し物が汚れてしまってますよ?」
「あ、ホントだ、でもね、良いの」
「なぜ?」
尋ねると、見上げてくる頬を赤く染めて溢れんばかりの笑みを浮かべ
「シェリスだから」
と、答えてきたが
なら、本日のお相手は出来ませんと返すと慌て出ていった
「ふぅ、また、あの夢か」
私は、寝間着を脱ぎ捨てて、姿見の鏡の前に立つ
鏡の中の自分と目が合う
黒い髪は短く、首筋までしかない
青い瞳は、どこか無気力的だった
16歳にしては、低い身長ー152㎝しかないー
容姿については、身長はもっと欲しいとは願う
胸は、このまま小さくてもいい
「しかし、斬りたい、か」
あの夢を視ると、落ち着かない
まさか、あの男と同じ感情に襲われる
斬りたい、生きてるモノを
その感情を、抑えつけるのは大変だ
最初に視たのは、いつだったか?
覚えてないが、毎晩同じ夢だ
「……着替えるか」
着替え終えて、エントランスで待つ
遅い、食堂だろうか?
「おや、シェリス
おはよう」
「おはようございます、旦那様」
苦笑が漏れた、何か変だったろうか?
この屋敷の主ですジェイク・ローゼンハイドさんは、私の雇用主だ
「堅いな、まだ8歳の頃まではおじ様だったのに」
「お言葉ですが、旦那様
今の私は、雇われている身
立場を蔑ろには出来ません」
「…まあ、そうだけどさ
だが、俺だって言ってるだろ?
『親友の娘だ、わざわざ働く必要なんかない』ってな」
私は、この人にまだ赤ん坊だった頃に引き取られた
亡き父と、ジェイク氏は人間と吸血鬼でありながら親友だったらしくその縁で育ててくれた
感謝している、してもしたりない位に
「でしたら、答えは変わりません
『おじ様への、恩返しがしたい』です」
「……ハァ、仕方ないな
娘を頼むな、シェリス」
「かしこまりました、旦那様」
旦那様は、頭をがしがしと掻きむしりながら廊下の奥に進んでいった
「……斬りたい、
斬りたい、っ!?、何を考えて!?」
深呼吸、落ち着け、深呼吸だ
よし、問題ない
それに、ちょうど来た
「シェ~~リ~ス♪」
ブンブンと手を振りながら、階段を駆け降りてくる黒いワンピースを着たエミリーさんが
「お待たせ♪」
「お構い無く
さあ、本日はいかがいたしますか?」
「ん~、私はシェリスとなら何処でも」
「そうですか、分かりました
では、中庭へ行きましょう」
「うん♪」
中庭に行く
そこには、辺り一面に紅いバラが咲いている
で、ここが彼女のお気に入りの場所だ
椅子に座って、バラを眺める
紅い、赤い、朱いバラ
魔性の華
「ね、シェリス?」
「はい、なんでしょうか?」
「朝御飯、食べた?」
「…いえ、まだですが?」
そう言えば、まだだった
なるほど、食事抜いたから思考が変なのか
「じゃーん、これなんだ?」
「バスケット?」
「えへへ、正解」
開けて、中を見せてくれた
サンドイッチだ
「…失礼ですが、エミリーさんがお作りに?」
「うん!
あ、迷惑だった?」
しょんぼりとした、迷惑ではない
むしろ、ありがたい
だから、ソレを一つ手に取り食べる
「…あ」
「美味しいですよ、ありがとうございます」
「うん♪」
その後は、談笑して
夕方まで2人で、過ごした
そして、深夜
私は、エミリーさんから離れて屋敷の外に出た
落ち着かない時は、夜風に当たるが屋敷の外に出たのは今回が初めてだ
何か、落ち着かない
なんでだ?
「分かるわけないか」
分かれば苦労など、しないか
行く宛もなく、さ迷う
人気の無い道を歩いている
裏路地、か?
何かがいる
人か?
いや、だとしてもアレは…
「ようやく、見つけた」
あの少女だ、間違いない
夢に出てくる紅い瞳の娘だ
ニコニコと、私を笑いながら見ている
「はい、返すね」
無造作に投げ捨てられた刀は、私の足下まで転がってきた
これはあの男の刀?
なら、あの男は?なぜ、私に渡す?
「賽は投げられ、舞台は用意した
私は望みを叶えてやった
今度は、そちらの番
さあ、斬りたいだけ斬ればいい」
「……」
「まさか、と思うけど
使い方を忘れた?」
「…いえ、常に夢で視てます
問題なし、この暴力的な感情を抑えるのは難しい」
「うふふ、素敵ね
シェリス・クリスティア、期待するわ
手始めに、アレをやってよ」
指差す場所には、人がいた
この街の人間ではないな
それに、どこか虚ろだ
「用意してあげたわ、あっちは理性なんかないけどね」
なるほど、斬るだけだ
鞘から抜かず、構える
いつでも、抜けるようにしたままで
「さあ、本能のままに来い
こちらも、そうする」
「アア、アアァアア!!」
雄叫びをあげながら、迫ってくる
一瞬、反応が遅れたが
「ー構うことはない」
身体を捻り、迫ってくる相手の腰目掛けて抜刀する
横一閃に、振るわれた刀から確かな手応えがあった
「……ふう」
刀を納刀し、振り返る
上半身と下半身が別れた死体が出来ていた
…不思議と嫌悪感や罪悪感はない
少女は、満足そうにはしゃいでいる
「アハハ♪素敵ね、素敵
上出来、これからも頑張ってね」
頑張って、か
まさか、私が人殺しになるとは
……あの感じはマズイな
振り回されると、上手く言えないがマズイ
帰るか、エミリーさんを心配させられないので




