第13話
さあ、斬れ、斬る為に、ただその為に、オレ、いや、私は、自分は此処にいるのだ。 今の平穏の時間では癒せぬ渇きがある。
この幸せな日々だけでは満たせない疼きがある。だから、だからこそ–––今すぐにでも、斬れ
「っ!?」
早朝、いつもの夢のせいで目が覚めてしまった。慌てて上体を起こす。額に浮かぶ汗を拭う。荒い息をする度に肩が上下に動く。このままではいれないと深呼吸して気持ちを落ち着けようとする。落ち着いてから気づいたが自分は刀を手放さないようにキツく抱きしめていた。その事に気づき苦笑する。
「どうしたいんでしょうね、私は」
漏らした言葉に、返事が返ってくるはずもなく、言葉はそのまま霧散した
しばらくしてから、寝間着からいつものメイド服に着替える。そういえば。昨夜の森でお嬢様、もといエミリーさんは私に街の外へ行き、私の父、カイルを捜しに行くと告げた。
その内容に何処か他人事の様に聞きながらも、彼女と共に行くと私も告げたものの、街の外へ行く。その願いは彼女の父親で、私の雇用主であるジェイクさんの手で却下されてしまった。却下されたことに気を悪くされたエミリーさんは、父親の顔面目掛けて火の玉を浴びせ、罵倒しながら自室へと戻っていった。顔面を焼かれたジェイクさんは、アチチと呟きながら頬を摩りつつ–顔は至って普通で、火傷すら負っていなかった–私と眼が合うと、笑いながら頭を撫で回し、もう休めとおっしゃった……まあ、その言葉に従ったわけだけども
「おう、シェリス。おはようさん」
「おはようございます」
と、エントランスでジェイクさんとレヴィさんと出会った。ジェイクさんは、昨日のことなどなかったかのように思えるくらい、いつも通りだ。レヴィさんは、一瞬だけ眉が釣り上がったが、それを抑え、ジェイクさんに鞄を渡して恭しく一礼した。
「悪いが、出掛けてくる。エミリーの事を頼む」
「どこかへ行かれるのですか?」
「そうだよ。教会の事とかで、アイツに会わなきゃならん」
教会の事。なんで、今更?
「色々とあるんだよ。アイツももちっと速く動けってんだが……と、そろそろ行かないとな」
「わかりました。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「ああ、レヴィ。留守は任せる」
「承知致しました。道中、お気をつけてくださいませ」
「気をつける必要がなければいいが、な」
そう誰に言うでもなく呟き、ジェイクさんは出ていった。私もそのまま、この場を後にしようと来た道へと戻ろうとしたら、肩を掴まれてしまった。
「シェ〜リ〜スちゃ〜ん?ご飯まだだよね?私が朝ごはんを作ってあげようか?」
「あ、いえ。お気持ちだけで結構ですので」
片手を挙げてお断りするも、肩を掴む手にこめられた力は強く動けない。流石は吸血鬼、なんと言う馬鹿力だ。しかも、よく見ると眉がピクピクと動いている。怒っていらっしゃるらしい。逆らうと後にどんな仕事を押し付けられるかわからないので従うしかない。
「……お願いします」
「素直でよろしい。さ、行きましょ」
……これが上下関係の哀しい性とかいう何だろうか?鼻唄交じりに歩くレヴィさんの背を見ながらそんな事を考えてしまった
「シェリス〜?」
「あ、ハイ。いま、行きます」
厨房でレヴィさんが朝食を作ってくれたので、それを頂いてから二人で中庭に向かうことになった。食事中に何か言われるのかと身構えたが何も言われていない。まさか、このままスルー?それなら、それで構わないが
「はい、到着。うーん、風が気持ちいい」
中庭に着くなり、そう言って背伸びをしだすレヴィさんに私は何も言わずに立ったままでいる。そんな私を横目でチラリと見て苦笑する。
「やれやれ、変なとこでだんまりなのは、親譲りか」
そうなのか?わからない。それに今の私は何と言ったらいいかわからないだけなんだけど
「えっとね、聞きたいことがあるんだよね」
「なんでしょうか?」
クルリと振り返り、彼女の青い瞳が私を捉える。視線を逸らす事も出来ずに見つめ返す。
「貴女は、お嬢様についてって外へと出ていくの?」
「ええ」
「まあ、昔から街の外に行ってみたいとか言って旦那様を困らせてたけど」
「そうなんですか?」
「そうよ。でも、旦那様が反対してるの。たしか、亡くなった奥様との約束で旅は禁止らしいけど」
詳しくは知らないけどねと付け加えるレヴィさん。そうなのか。奥様と私は会った事ないから知らなかったが
「とにかく、私もシェリスとお嬢様が危ない目に遭う可能性がある事には反対だから。わかった?」
「考えておきます」
よく考えておいてね。と言って去っていくのを見送る。とは言え、約束したので私は理解しないんだけど。さて、私も仕事に取り掛かりますか
昼過ぎになり、一息ついていたら屋敷の門へと向かう人影を見つけた。あの人は何をしてるんだろうか?辺りをキョロキョロと見回してホッとしている。誰にも見つかっていないと安心してるんだろうか?私はその人物へと近づくことにした
「何してるんですか?」
「わひゃあ!?」
ビクリと身体を震わし、ゆっくりとこちらを向く人物、エミリーさんは私を見てホッとしたのかぐいっと迫ってきた。
「もう、シェリス!びっくりしたじゃない!」
「これは失礼しました。ですが、エミリーさん。コソコソと何してるんですか?」
「う、えっと。ちょっとお出掛け?」
いや、私に聞かれても困る。ジト目で見つめると、あうと言って頬を膨らませる姿は見ていて和むので、つい口元が緩んでしまう。と、エミリーさんが私を上目遣いに見ている。
「むう。シェリス。ワタシと一緒に少し出かけよ?」
「え?」
「シェリスならいいわ。ね、一緒に出かけようよ」
「わかりました。私で良いのなら」
「ホント。ありがとー」
まあ、目の届くところにいてくれるならいいか。部屋に篭って何してた気になるけども、実は無断で出ていくのかと心配したがそれはないのかもしれない。あ、一応に刀を持っていこうか
屋敷から出て何をするのかと思っていたら、そのまま歩いていくのでついて行くことにする。どこか行く宛がある?
「どうしたの?」
「これから、どこへ?向かうので?」
「行けばわかるわ」
行けばわかる?どう言う事だろうか?ダメだ、さっぱりわからない。私達はそのまま大広場へと着いた時だった。純白の鎧を纏った金髪の女性と法衣を着た黒髪の男性がふと目に着いた。なんだろうか、あまり見たことない人達だが。その二人の周りだけ人が居ないのは何故か?
「質問。我々の目的は?」
「目的は至って単純。同志アインの報告にあったお嬢ちゃんと接触だとさ」
「……自己の判断で対処せよ。その娘は吸血鬼と繋がりがある。でしたか」
「そうだとよ。アインからはそれなりに楽しめると言われたが」
黒髪の男性の言葉に金髪の女性が眉をひそめた。しかし、今アインと言ったか?なら、あの男の仲間なのか?
「シェリス?」
「ああ、すみません」
「……お客様みたいね?」
そう言って、エミリーさんは指指した。私達の所までやってくる二人組を
「お嬢ちゃん達。すまないが、ちょっと話をしてもいいか?」
「申し訳ありません。ただ確認したい事があるのです」
「なんでしょうか?」
「お嬢ちゃん達は、アインっていう男を知っているかい?」
「……さあ、どうでしょうね」
ああ、最悪だ。一応、持ってきてはいるが実力差はあるだろう。
「おいおい、はぐらかさないでくれ。こっちは真面目に聞いてるんだ」
「……いえ、質問する必要はないかと」
何を言ってるんだ?女性は突如として身の丈以上もある大きな剣を抜いた。瞬間、周囲の人達がざわめきたった
「そちらの小さな少女は吸血鬼でしょう。手っ取り早い手段で確認させていただきます」
そう言って、彼女はエミリーさんに対して剣を振るう。くっ、この女。毒づきながら刀を咄嗟に抜きそれを防ぐ。が、その剣から伝わる衝撃に片膝をついてしまう
「……やってくれましたね。これは正当防衛だ」
「おいおい、アキレア。物事には順序ってもんが」
「相手に戦闘の意思あり。また、吸血鬼の疑いがある少女を庇っている。戦闘行為に移行します」
色々考えるのは後だ。さあ、やろうじゃないか。
久しぶりの更新であります。
少しでも読んでいただけたら幸いです。




