第12話
一筋の光が弧を描いた、私は咄嗟に後ろに飛び退く。私が立っていた場所には純白の鎧を纏った騎士が剣を振り抜いた状態で立っている。顔に微笑を浮かべている。あのまま立っていたらどうなっていたかと思うとゾッとする。構えを解き、騎士は私の方を向く。冷や汗を浮かべる私に対して涼しげじゃないか
「いやはや、今のを避けますか。流石はカイル神父のご息女、ですね」
「それは、どうも」
「こらー、アルストロメリア!! 少しは手加減しなさーい!!」
エミリーさんがそう憤慨すると、肩を軽く竦ませた。私から視線を外すことなく告げる
「お言葉ですが、エミリー様。自分は今のでも充分に手を抜いております。これ以上はシェリスさんにも失礼に値します」
やっぱり、か。そんな気はしていた。だけど、それを当人の口から聞かされるとかなり堪えるものがある。エミリーさんはそれでも不満げに唇を尖らせている。私も不満は不満だが、実力差かなりのものなんだろう。そう思うと――
「―かなりカチンと来ました」
「おや、シェリスさん。貴女も不満ですか?」
「ええ、かなりカチンと来ました。ですから、こちらも行かせて頂きます」
「どうぞ、如何様にも攻めてきてください」
私は、走り間合いを詰め横一線に振るう。それを何でもないかのように剣で防がれた。刃がぶつかり火花を散らしたが、鍔迫り合いを避けるために私は後ろにいったん下がり、また攻める。
これもまた防がれる。また距離を置く。なかなかどうして、腹立つじゃないですか。この人。鍔迫り合いに持ち込ませては体格差もあり、私に分が悪い。体勢を崩されたらそこで終わりだ
「……あれ、この勝負って、私に勝ち目があります?」
私の呟きに、彼は笑顔を返してきた。ほぉ、そうですか。ノーコメントですか。様になってはいるが腹立つじゃないか。と言っても、だ。勝たないとエミリーさんの望みを叶えられない。なんとかして勝ちをもぎ取らなくてはいけないわけだ。ふぅ、と一呼吸し正面を見据える。騎士はただ静かに立っているだけだ。構えてすらしていない、さて、どうしたものか
「もう終わりですか、シェリスさん?」
「いえ、まだ続けますよ」
「そうですか、それはなによりです。では、こちらも」
アルストロメリアさんがゆっくりと剣を構え、一気に距離を詰められる。何が起きたのか分からない、ただ、気づいたら迫っていた彼に驚き、私は下がった。剣は一直線に向かってくる。刀の腹で受け止める刃金同士がぶつかる音が耳に届いた。
「……おや、今のを防ぎますか」
「ギリギリでしたが、なんとか」
「フフ、それでも、大したものですよ。刀を手にしてそう日が立ってないにしては」
お世辞は結構なんだが、さて、状況は俄然、私に不利か。でも、心のどこかで楽しいと感じてしまっている。面白い。
さて、どうこの状況を覆したものか。既に純白の騎士は地を蹴り、駆けてくる。私は彼に背を向けて走る。後ろから、驚愕の声が聞こえる。それもそうだろう。戦闘中に敵に背を向けたんだから。
「逃げるのですか!?」
非難するアルストロメリアさん。逃げる? ハッ、まさか。逃げませんよ。視界に映る一本の樹、姿勢を低くし跳ぶ、樹の幹を蹴り、反転して空中で回転し着地すると同時に下段から斬りかかる。
「ハッ!」
「なっ!?」
反応がやや遅れはしたが、またも防がれる。上段から剣を降り下ろす相手と下段から斬りかかる私。ジリジリと押されていき片膝を着いてしまう。彼の額には一筋の汗が浮かんでいた。よし、笑顔を崩してはやれたな
「驚きましたよ、あんな行動を取るとは」
「すみませんね。ですが、制限はなかったと記憶していましたので、いけませんか?」
「いえ、構いませんよ。何も言わなかった此方の落ち度ですから」
そうか、なら良かった。とはいえ、ここからどうしたものか?
「そこまでだッ!」
「「ッ!?」」
力強い声が辺りに響いた。アルストロメリアさんはその声を聞き剣を鞘に納めると私から離れ、頭を下げた。突然の事に私はついていけず、そのままの状態で声のした方を向く。夜の闇の中を一人、こちらへと歩いてくる。
「お父様!?」
「おう、エミリー。まったく、心配かけさせやがって。シェリス、ケガはないか?」
「………」
ジェイクさんの言葉に答える事もなく、私はゆっくりと立ち上がり立ち尽くす。なんで、ジェイクさんがいるのかが分からない。答えない私の頭をガシガシと乱暴に撫でる。恐る恐る様子を窺うと笑顔だった
「ま、コイツ相手にアレだけ立ち回れたんなら上出来か」
「……失礼ですが、なぜここに?」
「エミリーがシェリスを連れて外に行くのを見たって報告をレヴィから受けてな。駆けつけたんだよ」
そうだったのか、チラリとアルストロメリアさんを見るとジェイクさんもそちらを向く。頭を下げたままの状態でいる彼を見て、ハァと溜め息を吐いた
「お前なぁ、シェリスは素人だろうに分の悪い勝負を持ちかけるなよ」
「ですが、それに応じ奮戦なさったのも事実です。最後は驚かされましたし」
「ったく、お前って奴は……もういい、頭をあげろ」
言葉通り、頭をあげて静かに微笑を浮かべる。一瞬だけ、私の方を向いたが、すぐにジェイクさんの方に向き直る
「アルストロメリア。先に戻れ、勝負はお預けだ。それで構わないな?」
「承知しました。それではお二方、失礼しました」
恭しく一礼し、この場から去っていく騎士の背中を見つめる私とエミリーさん。ゴホンとわざとらしく咳払いするジェイクさん
「エミリーには帰ったら説教するとして、お前達、ケガはないか?」
「うう、はぁい」
「自分は無関係みたいな顔してるお前もだよ。シェリス」
私も、ですか。まあ、そうですか。分かりましたよ
「分かりました、お手柔らかにお願いしました」
三人に一礼をし、自分はその場から離れていく。腰に携えた剣の柄に手をやり、先程のやり取りに思いを馳せる。武器を使った経験のないシェリス嬢との手合わせをしたが、その戦い方は、まだまだ未熟としか言えなかった。
「しかし、最後のアレは」
敵に背を向けて、走り、此方の背後を取りに来るとは予想外だった。反応が遅れていたらどうなっていたことやら
シェリス嬢は気付いてはいないだろう。刃を交えた時に、彼女自身の口元にうっすらと笑みを浮かべていたということを。あの時に自分は、目の前にいる少女は間違いなく、あの神父の娘なのだと実感した。
で、あるならばだ。鍛えれば、或いは場数をこなさせればもしかすれば………?
「ああ、年甲斐もなくワクワクしてきた」
呟いて、俺は笑った。
久しぶりの更新。
戦闘描写、未だ慣れないです。
チラッとでも読んでいただけたら嬉しいであります




