第11話
「バレない自信、あったんだけどなぁ」
「そう、なんですか?」
「うん、もちろんだよ。でもまー。バレちゃったけどね」
そう言いながら笑みを浮かべ、そ場に座り、側で咲く白い花を慈しむかのようにゆっくりとし手を伸ばし優しくそっと触れる。
「エミリーさん、なんであんな事をしたんですか?」
「知りたい?」
「はい、とても」
どんな理由があるのか知りたかった。なんで、私に幻覚を見せたのか教えてほしい。こちらを見上げて、エミリーさんの紅い瞳が私を見る。
「え~、どうしようかなぁ」
「……」
「教えてあげようかな~。もう、冗談だってば。そんなにムスッとしないで」
「べつに、そんなことはしていません」
「してたよー。眉間の辺りにこう、皺を寄せてしてたよー。アハハ、ハハハー♪」
エミリーさんは、一人で笑っている。私は何も言わないで立ち尽くしている。ひとしきり笑うと目尻にうっすらと浮かんだ涙を拭い。一息吐くと空を見上げてぽつりと呟いた。
「……貴女とここに来たかったから、かな」
「それだったら、言ってくれれば良かったじゃないですか」
「ん、そうよね。それは、そうなんだけどねえ。口うるさいのがいたもん。 ムリよ」
口うるさいの?
「レヴィが貴女が怪我してから、うるさいの。シェリスは人間だから脆い。ムリさせたらダメだーだって」
「エミリーさん?」
「知ってる事をいちいち言ってきて、わたしのやろうとすることの邪魔してくるの。久しぶりに思い出の場所に連れていこうとしただけなのに
さすがのわたしも、イライラしちゃった。だから、レヴィを困らせる為にも貴女をこんな夜遅くに幻を見せて、連れ出したの」
そう言って、唇を尖らせて不満を漏らす。なんだ、ただのレヴィさんへの八つ当たりでしたか。エミリーさんらしいと言えばらしいですけど。
「レヴィさんにバレたらどうするつもりで?」
「その時は、その時よ。後で考えるわ。シェリスは細かいな~」
「はあ、まったく。貴女という人は」
「ふふ。ビックリした?」
「ええ、ビックリしました。スゴくビックリですよ」
満開の花のように笑顔を浮かべて、急に立ち上がり私に飛びついてくる。私は咄嗟の事に反応できずにそのまま押し倒された。ふぅ、と溜め息を吐きエミリーさんの頭に手を置き、優しく撫でる。エヘヘと笑うのが聞こえた
「ねえ、シェリス?」
「なんですか?」
「教会の一件があってから、わたしね。考えているんだけど」
「はい」
「……カイルは本当に死んだのかな、って」
はい? 私はエミリーさんを見る。先程までの笑顔は消え、真剣そのものだ。どうやら、冗談ではないようだ
なんて言えばいい? 父は死んだ。誰もが知っている事実だ。なのに、なんでそんなことを?
「あの男も、父は死んだと聞いてやって来たと言ってましたが……?」
「聞いた、だけだよね。父様も、わたしも、街のみんなはいつまで経っても帰って来ないから死んだんだって決めつけたの。死体を見たわけじゃない」
「……でも、生きてるとは思えません。生きてたら、何故、姿を見せないのですか?」
「分からない。ね、シェリス?」
「はい。」
「わたしは自分の目で実際に見て、確かめたい。街を離れてカイルが死んでるのかどうかを知りたいの」
エミリーさんは、本気なんだろうか? 本気、なんだろう。嘘や冗談には思えない。私は口を閉ざしたまま、何も言えない
「ねえ、わたしと来てくれる?」
「……」
「わたし独りでは、不安なの。ダメ?」
「私、は」
「あーあ、やっぱりダメかぁ」
私から離れて、立ち上がる。彼女の頭上に浮かぶ月は青白い光を放ち、私を見下ろしている。どうする? お前が決めろと言っているように見えてしまった。
『悩む必要があるのか?』
「―――」
私は
「行きましょ、シェリス。この事は内緒だよ?」
「……」
「シェリス?」
エミリーさんの、小さな手を掴む。困惑の表情が浮かんでいる。ああ、こんな表情も出来るんだと場違いな考えが過る
「悩む必要なんか、ありませんでしたね。まずは旦那様を説得しましょう。街を出るのはそれからです。もし断られたら、根気よく説得をし続けましょうか」
「え、え?……いい、の?」
「はい、もちろんです。嫌でしたか?」
「ううん、イヤじゃないよ。イヤなわけないよ」
「では、よろしくお願いしますね」
「うん、うん。ありがと! ありがとね!!」
感謝の言葉を私にするエミリーさん。その様子を見て、これで正解なんだと実感する。私自身、父について知らない事があるから、これでいいだろう。
ただ、ジェイクさんはともかくとして、あの代表が納得するかがわからない。あの人が私に目をつけた切っ掛けであるあの少女を調べるつもりでいる。接点である私が街から去るのをよしと思うだろうか?
「どしたの、シェリス?」
「いえ、少し気掛かりがあって」
「気掛かり?」
「アリアさんですよ」
「ふえ?」
キョトンとして、首を傾げてしまった。まさか、名前ではわからない?
「代表と呼ばれてる―」
「―ああ、あの人かぁ。そう言えばそんな名前だったね」
そんな名前、って。覚えてなかったんですか。イヤー、忘れてたと笑っているし
「その心配はありませんよ、シェリスさん」
この場にいるはずの無い男性の声がする。私とエミリーさんは声のする方へと視線を向ける。そこには一人の男性が居た。ゆっくりとした歩みで私達のいる場所まで歩いてくる。白銀の髪をし、笑みを浮かべる青年、アルストロメリアと呼ばれてる人がいた。あの時と違い執事服ではない
「……ビックリした。なんで貴方がいるの?」
「ふふ、何故だと思いますか?」
「代表の命令、とか?」
「はい、その通りです。エミリー様」
執事服ではなく、鎧を身につけ、腰に一振りの剣をぶら下げている。柔和な笑みを浮かべてはいるものの、今の格好ではどこか不釣り合いだ
「吸血鬼には、街の外は危険です。お戻りください」
「わかってるわ。今から戻るつもりだったの。それより、さっきの言葉はどう言う意味?」
「さっきの言葉、ですか?」
「惚けるの? 心配はいらないって言ったじゃない。忘れちゃった?」
あの言葉の意味はなんだろうか? いい意味ではないだろうが
「ああ、それはですね。街を去ることは容認出来ないということです」
やっぱりか、そうなるだろうとは予想していたけど。まさか、その通りだとは。さて、困りましたね。どうしたものか
「アルストロメリア、邪魔する気?」
「申し訳ありません、エミリー様。私の主はアリア様だけですので」
「ふぅん、そう」
「ただ、こう言うのはどうでしょうか? 私とシェリスさんが勝負し勝ったなら、微力ながらお力添え致します」
しれっとそんなことを言ってのけるアルストロメリアさん、なにが言いたいのか分からずに思わず訝しげな視線を向けるも、彼の表情に変化はない
「つけ加えるなら、純粋に興味があるだけですよ」
「興味?」
「ええ、シェリスさんの実力に興味があります。どうでしょう、そちらにも悪いお話では無いはずですが?」
勝てば、ですがね。しかし、代表が首を縦に振るようになる可能性は高くするに越した事はないか
「わかりました。お相手します」
「……感謝します、シェリスさん。」
ぶら下げられた剣が引き抜かれ、その白銀の刃が姿を現した。私も刀を鞘から引き抜き、構える
「では、いざ、参ります!!」
少しでも読んで頂けたら幸いです




