第10話
森の中を進み続けている。時折、聞こえてくるホーホー、という梟の鳴き声だけが耳に届く。冒険者でもないのに夜の森に足を踏み入れた無謀な私を出迎えてくれたのは、子どもくらいの背丈しかない魔物、ゴブリン三体だった。
私が経てた足音に気づいたのか、ゴブリン達はこちらに振り向き、口角を吊り上げて、獲物を見つけたかのように笑いながら近づいてくる。ゴブリン達の手には棍棒が握られている。どうやら、女だからと舐められているようだ
『いいわ、シェリス。やっちゃっえ!!』
「はい、そうします」
一歩、また一歩とゆっくりと獲物を追い詰めているかのように距離を詰めてくるゴブリン達に、私も鞘から刀を抜き放ち、鞘を手放して歩みを進める。月明かりの淡い光を刃金は一身に浴び、反射させて自らの存在を主張している。
「ギャア?」
「ギィ?」
三体の内、二体が怯えて逃げる事をしないで近づいてくる私を見て首を傾げている。そんな他のゴブリンに構いもせずに残りの一体が駆けてきた
「……いいでしょう。私も全力で行きます。寄ってくるなら斬るまで」
それだけ呟き、私も駆ける。もう眼前まで迫ってきたゴブリンがその手に握られた棍棒を頭目掛けて降り下ろしてくる。アレに当たれば私の意識はもっていかれるだろうな、と頭の中に過った考えを振り払い刀でそれを受け止める。刀身から、棍棒からの衝撃が伝わってくる。見た目は子どもくらいの大きさでもその力までも一緒な訳ではなかった。
他のゴブリンも、顔を見合わせてから迫ってくる。囲まれたら堪ったもんじゃない。まずは、目の前の相手を処理しなくてはいけない。ゴブリンは何度も単調な動きで棍棒を振るい続けてくる。私は、それを受け止め続ける
「っ、ハァアア!!」
叫びながら、前へ前へと進む。ゴブリンは一瞬だけ驚いたのか力を緩めた、それを好機と見た私は刀を握り直し下段から棍棒を持つ手へと一撃を放つ。何かを斬った手応えが刃から伝わり、思わず身震いしてしまった。上空には、くるくると何かが回転しながら宙を飛び、ドサッと落ちた。
ゴブリンの棍棒を持っていた筈の腕が肘から先が無くなっていた。ゴブリンが錆び付いた歯車みたいに、ギギッとぎこちない動きで音を経てて落ちた物を、見た。それを見て目を大きく見開かせ、驚愕の表情を浮かべる。落ちたのは、私が斬ったのは棍棒を持つ手だった
「ギィア? ………ギィアアァア!?」
「うるさいですよ」
痛みからか、絶叫を上げだすゴブリンの腹に突き刺す。肉を裂き突き破り、ゴブリンの緑色の血を滴らしながら刀身が姿を見せる。ギョロギョロと落ち着きなく動く目と合った。何が起きたか分からないと訴えているように見えた。私自身、あの男の真似をしているだけだから説明なんか出来ない。だから
「言ったでしょう? 寄ってくるなら斬るまでだ、と」
最初にした発言をまた言うだけだ。言いながら、刀を引き抜き頭に一太刀浴びせてから蹴りを放ち、私から離す。
さて、あの分なら放っておいてもいいだろう。それよりも、仲間をやられた事から足を止めた残りを対処しなくてはいけない
「ギィギャア!!」
一体が、ビクビクと痙攣を起こしている仲間を見てから私へと襲いかかろう駆けた。それに遅れてもう一体も迫ってくる。
『へえ、臆病なハズのゴブリンにしては珍しいわね。シェリス一人だから勝てると思ったのかな?』
「さあ? どうでしょうね、私にはわかりません」
なんだかおかしな話だ。どこからか聞こえてくる声に応えながら私は森に入り、魔物と戦っているなんて。それでいて、冒険者でもなんでもない私が戦えているだなんて、本当におかしな話だ。
「ギャアギャア!!」
「ああ、失礼。ちょっと他事を考えてしまってました。」
迫ってきていたゴブリンの顔面に蹴りを一発食らわす。勢いよく転げ回って行く。遅れて走り出した方へと視線を向ける。さて、まずは、あちらを相手しますか。
「ギィギア!!」
縦一線に降り下ろしてくる棍棒を後ろに跳んで、躱す。ゴブリンは棍棒を握り直してから、今度は横一線に振るう。ブンという音がした。私はしゃがみ、そのままゴブリンの額目掛けて刀を突き刺す。
風が吹き、木々を鳴らし、私の髪を揺らす。額から浮かぶ汗が滴り落ちた。静寂。静寂が支配していた。ゴブリンは動かない。いや、動けないのか。額から後頭部へと刀が刺さったままゴブリンは絶命していた。
「ふぅー……―さて、残り一体」
「ギャア!?」
うつぶせの状態から、一連の行動を見ていた最後の一体が悲鳴を上げる。ゆっくりと引き抜き、私は近づいて、慌てて立ち上がり、自分の脚に縺れて転んだゴブリンを後ろから斬った
「ギィイイ!?」
絶叫。そして、全てが終わった。私は刀を左右に振り、血を払ってから鞘を拾い納刀する。ハァハァと息が荒い。こうも連続で斬った事はなかった。それに慣れない事をして体が悲鳴をあげている
『シェリス、大丈夫?』
私を気遣う声。この声の主を鏡に写った私だと思っていたが、私が私を気遣うだろうか? それに、花畑に行こうだなんて言うだろうか?
『シェリス?』
「……大丈夫です。少し疲れただけです。さあ、行きましょうか」
『うん♪』
やっぱり、私じゃないんじゃないだろうか? なんでさっきまで私自身だと思っていたのだろうか? 分からない。でも、花畑に着いたら分かるはずだ
私は、自分がやった事をチラリと一瞥してから、声に案内されるがままに森を進んでいく
その道中では、魔物に襲われる事は運が良かったのか無かった。ようやく目的地である花畑に着いた。一つ思い出した。ここでエミリーさんは私を家族として、友達として守ってあげると言ってくれたのだ。それがとても嬉しかったのを
花畑には、夜だというのに満開に咲き誇る花々があった。風が吹くと花びらが宙を舞い天高く飛んでいく。
『懐かしいね、ここ。』
「うん、そうだね。エミリーさん」
『………』
「どうしてこんな事したのかは、分からないけど、ありがとう。私はまたここに来る事が出来て嬉しい」
自分の気持ちを、そのまま言う。これは本心だ、嘘偽りなんかない
。もう、と聞き慣れた声がしたかと思えば、ゆっくりとその姿を現した。ああ、やっぱりこの人だったんだ
「あーあ、ばれちゃったか」
そう言って、月明かりを背にして、彼女、エミリーさんは微笑んだ。
戦闘描写、ムズすぎ。上手な人を本当に尊敬します。はい、本当に
少しでも読んでいただけたら、嬉しいです




