ディーラー
祐樹は不思議な人だった。
亜衣と付き合うキッカケは合コンだったが、その時もその後も、とにかく自分の事は語らず、部屋にも招かない。基本、話す言葉は「うん」か「別に」か「まあ」といった、肯定、もしくは中立の意見ばかりで、あまり自分を強く押し出さない。
それでも、亜衣は祐樹の事は好きだし、信頼もしている。寡黙だからこそ、それが硬派に感じられた。
だけど、亜衣としてはもっと祐樹の事を知りたかった。
「あのさ、祐樹はどんな仕事してるの?」
あるデートの日、ランチをとりながら尋ねた。デートスポットとして雑誌にも取り上げられている、おしゃれなイタリアンレストランだ。パスタが美味しいが、亜衣に味わう余裕はない。
「……ディーラー」
舌のかみそうな長い名前の、ナントカ風スパゲティを食べながら、祐樹はぽつりと言った。
「え、ディーラー?」
まじまじと祐樹を見る。どこか陰のある顔、ひょろりとした体躯。長めの髪をなでつければ、まさにカジノディーラーといった雰囲気。タキシードを着せたらきっとピッタリだ。
だけど。
今の所、日本にカジノはないはず。東京に作るとか作らないとか言っているけど、まだ実現していないはずだと、日頃ニュースを見ない亜衣は曖昧にも思った。
と、言うことは。祐樹は海外、もしくは日本のアンダーグラウンドな世界で活動しているということになる。
「す、凄いね」
「別に」
黙々とスパゲティを口に運ぶ。亜衣はフォークを握ったまま進まない。
「どこで活動してるの?」
「日本」
「変な話だけど、お給料ってどのくらい?」
「歩合」
「へぇ……厳しい世界なのね」
「まあね」
実は凄い人なんだ。亜衣は羨望の眼差しで見た。いや、違法行為なのだろうけど、それもまたかっこいい気がする。居心地が悪そうに、祐樹は体を揺らした。
その時、祐樹のジーンズのポケットから、携帯に着信がきた。
「ごめん」
祐樹は席を立つと、出入口の方に歩いて行った。それをうっとりとした目で見つめる亜衣。その視線を避けるように死角に入る。
よし、大丈夫だ。見ていない。
それを確認して、通話の画面をタップする。
「もしもし。はいっ。はいっ! あー申し訳ありません。納車までもう少々お時間かかります。はいっ。後日改めてお電話させて頂きます。はい、失礼致しまぁーすぅー」
驚く程しゃべり、ペコペコと頭を下げる祐樹。電話をきり、ふぅと溜め息をつく。
「……こんなとこ見せられないな。にしても、亜衣はディーラーの意味知らないのかな? まいっか。いい方に解釈してるなら」
新車ディーラーに勤める祐樹は、寡黙な男に憧れるただのかっこつけだった。
了