艶やかな、黒
顔に、糸のようなものが絡まる。
蜘蛛の巣か?と手で掴んで引き剥がした。
手に絡まっていたのは艶やかに黒い、糸のようなものだった。
なんだこれ?とよくよく観察してみる。
そっと摘まむ。
蜘蛛の糸のようなべたつく感じはないが、
手にまとわりついてなかなか離れない。
ぴん、ぴんと引っ張ってみる。
滑らかで、多少引っ張ったぐらいでは切れたりもしない。
思い切り力をかけるとプツリと切れた。
1m以上もある、これはーーーたぶん、髪だ。
しかも、女性の。
大切に手入れされ伸ばされたのであろう、
根元から毛先まで均一な太さを維持している、髪。
何故「女性の髪」だと思ったのかはよくわからない。
だが、何故か「女性の髪だ」という確信があった。
…この部屋に来たことのある人間を思い浮かべてみる。
部屋にまであげたことがあるのは、幾人かの友人と、親だけだ。
こんなに長い髪のやつは、一人もいない。
そもそも部屋にあげた中で、女は母親だけ。
そして、その母親も、もう何年も前からショートヘアなのだ。
嫌な感じがした。
こんな長い髪が一体どこから?と眉を顰めつつ天井を見回すが、
いつもの木目があるだけで特に変わった様子は無い。
キョトキョトと部屋を見回し、部屋の中に何か異常が無いか確認する。
窓からはいつもと同じ夕方の日の光が差し込み、
家路につく小学生の声がかすかに聞こえる。
いつも通りの、部屋だ。
なのに。
たった一本の髪の毛が部屋にあった、というそれだけで、大層気味が悪い。
しかも「落ちていた」のではなく、「顔にかかった」のだから。
顔にかかった、ということは、顔の高さに髪の毛があったということだ。
だが、天井にはそんな形跡は無い。扉のすぐそばというわけでもない。
電灯のそばでも無い。
一体どこに、髪の毛が「あった」んだ?
目を軽くつぶって首を振り、嫌な考えを追い払う。
ーーー考えていても仕方ない。
たまたま、どこかで付いてきた「長い黒髪」が、
たまたまさっき、顔にかかった。
きっとそうだ。
左手にまとわりついている長い髪の毛をなんとか摘みとり、
捨ててしまおうとゴミ箱を覗く。
そこには、大量の長い長い黒髪がぐるぐると渦を巻き、
いまにも動き、溢れだしそうに詰め込まれていた。
超ショートホラーストーリー、7本目です。
6本目でいただいたアドバイスを意識しつつ書いたら、少々長めになりました。
少しでも「怖い」と感じてもらえれば幸いです。
感想やアドバイス等、心待ちにしております。
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