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ダンジョンで大切なものはなんでしょう

作者: gad

古代人が作った地下迷宮、モンスターが住み着いた洞窟、盗賊がのっとった砦、そして悪役貴族のお屋敷、他もろもろ。これらは一つの言葉でくくられる。

ダンジョン、つまりは冒険者が任務を達成する場所をすべてダンジョンという。

そこは夢や希望、そして恐怖と絶望が渦巻く空間である。覚悟ができていない人々、また訓練されていない人々にとっては触れてはいけない、アンタッチャブルな空間がダンジョンなのである、


そして今日もある青年冒険者が、ダンジョンへ旅立とうとしていた。


「よし、準備は出来たわね」


よくある酒場、よくある受付テーブルの前に一人の青年がたっていた。皮の鎧に身を包み、細身の鉄の剣と盾を腰に背負った、どこにでもいる駆け出しの冒険者である。若い顔つき、黒髪とちょっとだけ目立つ姿をしているものの夢と希望にあふれた若者である。しかしそんな彼はちょっとだけ不思議そうな顔をしている。


「はい、大体準備できました。けどこれって必要なものなんですかね」


彼が疑問に思っているのは、受付嬢に言われたとおりに準備をした鉄なべ、鉄板、そして各種野菜や肉、他油や調味料のことである。これをダンジョンに持って行けと言われているのだが、どっかで料理をしに行くのかという道具の数々である。


「そうよ、あなたの特徴を生かしたお仕事を仲介するのが私のお仕事、言ったら何で必要なのかわかるわ」


そんな彼の疑問にあやふやな感じで答える受付嬢。しかしあんまり彼の疑問には答えられてはいないようだ。まあそのような感じで答えているのだけれども


「確かに駆け出しの僕にしてはお金をもらえる、とても割のいい仕事だけど、何をするかぐらいは教えてほしいんだけど…」


「あなたの特徴って言ったら、あれとこれでしょ、経歴を生かせるお仕事だから心配しないでどんと行ってきなさい」


そんな風に疑問をつづける青年だが、受付嬢は実際に行ってみてから考えろと彼に言う。初めてのお仕事なのだからできるだけ安全に生きたい、と思う普通の心境なのであるが。

そんな風に受付前で長い会話をしているとあるおっさんが彼らに話しかけてきた。髭に貫録がある歴戦の冒険者のような格好のおっさんである。


「よう、リリスちゃん、今日も新入りの案内か。いつも通り新入り向けの仕事を準備してやるとは何て良い女の子、あとで俺にもサービスしてくれよ」


「つけてあるお代を全部返してくれてくれましたらね、お金あるんだからちゃっちゃと払ってくださいよ」


受付嬢に軽口をたたきながら、酒を飲むおっさん、ツケらしいのだが、それはさておき青年の疑問としている仕事内容は理解しているようだ。さらに親切なおっさんは彼の持ち物を観察するとあることに気付いた。


「しかし、坊主よ、お前、火種はいらないのか?」


「ああ、その点ですね、この方はその準備をしなくてもいいとってもこのお仕事に向いた方なんですよ」


火種がいる、そういうことらしい。しかし、彼にとってはさらによくわからない状況である。ダンジョンで自分は何を期待されているのかがである。自分の剣技は確かに未熟、そして知識もまだ学校で習った程度の知識しかない。しかし冒険してやろうという気概は人一倍にある。


「で、結局どんなお仕事なんです」


「新人の伝統のお仕事のひとつさ、まあ気になるだろうがまずはやってみろ、新入り坊主」


かなり不安なのだが、行くしかないという状況なのは、確かである。お仕事の時間まであと4時間を切った。確かにそろそろでここを出ないと間に合わない。


「まあ、どうにかなりますよ、あなたなら。期待しているんでちゃんとお仕事頑張ってきてくださいね」


笑顔で受付嬢は彼を見送ろうとしている。酒場全体の雰囲気も新たに旅立つ冒険者を見送る雰囲気になっている。荒くれだらけのはずなのだが、まあ新入りの旅立ちだからなのであるからか、皆が笑顔である。そのなかのある姉さんが大きな声で掛け声を出した。

「新入りの黒坊主君の無事の帰還を願ってカンパーイ」


「「「「「カンパーイ」」」」」


なんだかんだ騒ぎたいだけなのかもしれないが、彼の無事を願っているのは間違いない。そんな温かい雰囲気に一礼することで彼は、この酒場を出立していった。





「あの坊主、ちゃんと帰ってこれるかしらね」


「私は大丈夫と思ってますよ、何となくですけど」


彼を見送った後の酒場、ちょっとだけ彼を心配する先ほどのメインの2人。まあ新入りの旅立ちというものは、つまり今生の別れの可能性も非常に高いものだからであるが。


「今日は、エルリンの奴らが潜ってるから大丈夫だと思うぜ、まあエルリンたちに苦労させられるかもしれないが」


そんな心配をおっさんは、ある熟練冒険者が彼の目的地であるダンジョンにいることで溶かす。彼らの存在は冒険者仲間の間でも有名であり、彼らと一緒にいればまず大丈夫と言われているのだ。


「ままあ私は、大丈夫と信じていますよ、だったあの人は私にとって…」


「おい、なんだよそれ、あとできっちり問い詰めてやる」


なんだかわからない告白もありながら、酒場の人々は彼の無事の帰還を願うのであった。




さて、こんな形で一応温かく送り出された青年。酒場を出て、都市の郊外にあるダンジョンへとまっすぐ向かっていた。この都市は放射状に町が広がり、中央に官庁街が、そしてそこをぐるっと囲うように商業地域、そしてその周りを住宅街、そして最後に城壁に包まれているという非常に効率的な形の都市となっている。

そしてほぼ真北にダンジョン『シャリールの迷宮』が存在している。都市から徒歩4時間で着くダンジョンであり、いつも入口には都市の防衛隊が駐留していることで、ダンジョン外への不可思議の流出を防いでいる。このダンジョンからは、さまざまな鉱物、また古代技術が発見されており、この都市の発展の礎でもある。


そこへ向けて、商業地域から出発していった青年であるが、町ゆく人々からは好奇の視線を向けられまくっているのであった。確かに彼の格好は、冒険者とわかるのだが、ちょっと珍しい格好である。剣に鎧とそこまでは普通であるが、それに先ほどの料理人セットみたいな数々、わかる人にはわかるものなのだが、ふつうの一般人には何で冒険者があんな恰好をしているのかはわからない。


「おい、兄ちゃん、どこで何するんだい」

とか

「あら、大変そうね、何だか知らないが頑張って頂戴」

とかいう言葉をかけられるのであった。


そんな好奇の視線はさておき、徒歩四時間もふつうはダンジョンで仕事をする人間は歩かない。彼も普通の冒険者と同じく馬を借りてダンジョンへ向かっている。結構高いものなのだが、冒険者にとって足は必需品、ケチることは即ち命の危機につながる。ということで駆け出しの彼も馬を借りて、ダンジョンへ駆けている。


「なんだかわからんが、僕の初めての仕事だ、ちゃんと期待に応えないと」


と彼は馬に乗りながら考えているそのときであった。後ろから、彼とよく似たような格好をしている冒険者、つまり料理人+冒険者の格好の冒険者が駆けてきた。


「あら、御同業の方、私と同じお仕事のようね、であなたは、中華なの」


追いついたかと思うとそんな声をかけてきた女性冒険者、確かに彼の持っている鍋は中華鍋である。ちなみに中華とは「中央イスタールにおける華のある料理」であり、昔は貴族の食べ物だったものが庶民にも作りやすい素材で作られるようになった格式ある料理のことである。


「中華?確かに僕は中華料理を作れるけど、ダンジョンで何をするんだ」


「あら、私がちょっとだけ早く旅立ったようね、ダンジョンに行ったらわかるはずよ、ちなみに私は、西家よ」


彼女は、彼らがダンジョンで何をするか理解しているらしい。行ったらわかるという言葉は同じであるが、彼と同じ仕事をする仲間のようだ。ちなみに西家とは「西武イスタールにおける家庭料理」であり格式は高くないもののそこらじゅうにある食べ物でおいしい料理を作ることを目指した料理である。


「ダンジョンで料理を作る?そんなことってあるのか?」


「とりあえず行ったらわかるわ、初めは私も不思議に思っていたけど」


もう行って仕事をするしかないようだ、と彼は腹をくくることにした。とても不思議なのだが、やるしかない。冒険者なんだから依頼はこなさなければならない。


「そういやあなたもリリスさんのところで依頼を受けたの」


「そうだけど、君もそうなの」


「そうよ、あの人って本当にいい仕事を私たちにくれるから信頼しなきゃだめよ」


彼女も例の酒場で依頼を受けたようだ。駆け出し冒険者の仕事らしいのは間違いないようだ。そして金も儲かるらしい。なんだかいいことづくめに感じられる。


「ということで頑張りましょう、おそらく私は君とチームの依頼になっているはずよ」


こんなかたちで女性が主導権を握りながら、彼らは馬をダンジョンへ向けて走らせていった。



『シャリールの迷宮』通称魔術師の実験場。古代帝国の魔術師シャリールが何をとち狂ったか、人類には刺激がなければ発展は起きないと考え、一晩で作り上げたといわれる迷宮である。

若手は入り口付近、ベテランは深層部まで冒険を重ね、この不可思議の世界から算出される古代の神秘を町に送り出している。


そんな迷宮っぽい迷宮に、たどり着いた青年は入り口付近で自分の名前がはためいていることに気が付いた。

『歓迎、マーシュ・ヘンドリック』

よくわからんのだが、なぜかダンジョンで彼は歓迎されているらしい。確かギルドではダンジョンについたら仕事場はすぐわかるといわれていたことを彼は思い出した。


「ああ、私もやられたあれね…」


一緒に来ていた女性は、苦笑しながらそののぼりを見つめた。


「おい、何があるんだよ」


「ま、悪いことはないわ。ちょっちょと仕事をやりましょう、多分私もあそこで一緒に働くことになるわ」


そんなことしか、状況がわかっている女性は言わない。しょうがないと、青年は、馬をのぼりに進めていくのであった。




そして、彼は鍋をダンジョンで振り回していた。中華のいいにおいがする。油が野菜を炒める臭い、香辛料が食欲をさらにそそらせる。そう、彼は、なぜかダンジョンで屋台を開いている。


「おい、新入り!!まだ飯はできんのか!!」


「腹が減ったぞ、俺たちの資本は体なんだぜ」


腹が減った冒険者たちが、次々に飯を要求する。ダンジョンでくたびれたせいかかなり腹が減っているようだ。

「まあ待ってくださいな、うまい飯は僕の得意分野ですから」


そして、なぜか彼もノリノリで鍋を振っている。どういう心境の変化が彼にあったのだろう。さっきまで不思議そうに背負っていた食材、料理道具を華麗に扱い、まるで舞うように料理を進めていく。その鍋からは、うまそうな肉の香りが立ち上っている。


そして彼の隣の屋台では、フライパンを優雅に扱い、サラダ油、肉のにおいを漂わせながら料理を進めていく女性がいた。


「あら、やっぱりあいつ、なかなかやるわね、でも先輩の私にはまだまだかてないわね」


そして、彼女もものすごい勢いでさらに盛り付けをしていき、冒険者たちの腹に投入する準備をしていく。ポテト、ハム、卵、そしてキャベツ。伝統的な西家料理が次々と彼女の手から生み出されていく。


「よう、レインちゃん、今日はライバルいるけど俺は嬢ちゃんの料理が好きだからこっちで食わせてもらうぜ」


「やっぱ野郎よりは、かわいい子の飯だ」


「いや、男も結構俺たちの食いたいものをわかってくれるぜ」



なぜか、このような形で勝負をしている二人。ここにはこんなからくりがあった。


青年・マーシュには特技がある。高火力の火の魔法、そして中華の才能。

女性・レインにも特技がある。そこそこの火の魔法、そして西家の才能。


ギルドでは、初めての任務やそこそこ継続して稼げる任務を新入りに与えてくれる。新入りがダンジョンに入る前に装備を固めて、生存率を上げさせてやろうという心づかいである。

そして、料理の才能を持つ者には、ダンジョンで最も需要がある仕事を与えている。



人間は、なんだかんだ言ってうまい飯を食べることで活力を増している。それは冒険者とて同じことである。全力で体を動かし、頭を使いダンジョンを踏破する彼らにとっては、最も大事なものかもしれない。

しかし大体ダンジョンに持っていく保存食は、あまりうまいものではない。だがそこにできたての飯があるなら、多少相場より高くとも金を出す余裕は冒険者にはある。

だから単純に料理はもうかるのだ。


そんなからくりを聞かされた青年は、とても納得した。確かに今の彼は、学校でもらった弱そうな鎧にリーチが長いとは言えない剣。そして、薄い盾しか持っていない。こんな状況ではパーティにも入れてもらえないだろう。

なら、自分の特性を生かして、金もうけしようではないか。そう決めたのである。


そこから彼の動きだしは早かった。実家で鍛えた接客スキルを生かし、大声で呼び込みをかける。そして、うまそうなにおいを立てる料理を中心に鍋を振り回す。そしてダンジョンの入り口にうまそうなにおいが立ち上っていった。




そんなこんなで彼と彼女の周りには人だかりができていた。このダンジョンにどんだけ人がいたのかわからないが、おそらく一番の人を集めているだろう。

「おかっわり!!!」


「おい、おめえはもう食ったんだろ、はよ場所を空けろや」


「私より料理がうまいなんて…お婿にほしい。」


「私の飯が来ない…まだなのか。」


などと冒険者たちが楽しく飯を食っているそのときであった。


「グルアアアアアアア」

低階層では聞こえないはずのモンスターの声が聞こえた。

「おい、サンダージャイアントじゃねえか」


サンダージャイアント、ベテランでも苦戦する雷の巨人である。普通なら深層部にいるはずだが、飯のにおいのせいだろうか、もしくは偶然なのだろうか。何にせよ入り口付近に大群が現れて、屋台に雷を放ってきたのだった。しかし通常なら多くの冒険者を屠り、そして恐怖のどん底に叩き落とすだろうその一撃は、中級冒険者のシールドによって食い止められていた。普通ならばシールドは破られるはずなのだが。


「で、俺たちの飯の邪魔をする気か?」


そして、飯を後ろのほうで待っていた、歴戦の勇士のような戦士が呟いた。相当キレているようだ。


「「「一番邪魔をしていけない時間が何か、教えてあげようじゃねえか」」」


その言葉を契機に冒険者たちは、巨人たちへと突撃していく。いつもなら逃げ出すレベルの敵のはずだが、巨人は、その濁流に飲み込まれて消えていく。

白刃が舞う、石つぶてが舞う、炎が躍る、氷槍が突き刺さる。伝説の魔王がいたとしても瞬殺されるような嵐が、巨人に襲い掛かっていった。

このような形で巨人が瞬殺された後も冒険者たちは、怒り狂いながらダンジョンの魔物を狩っていく。いつもならあまり出さない巨大魔法や剣技がその日は飛び交い、、シャリールの迷宮から、モンスターが消えたといわれるくらいであった。


これでこのお話は終わる。


屋台を開いた青年はその日のうちに、体を守る十分な鎧、魔法を行使するのにも役立つ魔法剣、自分以外も守れる魔法の盾を手に入れることができた。

そして、信頼できる仲間も一人得ることができた。同じく屋台を開いていた彼女である。

人に出す料理を見れば料理人同士は分かりあうことができるといわれている。彼も彼女も双方の料理がどれほど人に尽くそうと努力された料理かを理解し、そんな人ならば仲間として信頼できると感じたのだ。


「で、これからどうする?」


「シャリールの迷宮ではちょっと目立ちすぎたわね、隣国の水龍の泉で、冒険者として名を上げましょう」


こんな感じで彼らは、隣国へと旅立っていった。鍋とフライパンを背負って。




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