表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捨てられた勇者  作者: 天村 一
ロンバルディア―消えぬ炎
5/30

大きすぎる力

 エドンに帰ってきたエラードはグーラとライに招かれ食事を共にしていた。沢山の村民がガヤガヤと囲む食卓には森で取れた新鮮な野菜、果物とよく火の通ったステーキが所狭しと並べられ、美味しそうな匂いが充満し。コップに注がれた透き通った水が、料理と人の熱で気温が上がった部屋に清涼な空気を与える。

 

「いかがですかな、エドンの料理の味は?」


 エラードの隣に座っているグーラが、淡々と食べ物を口に運ぶエラードに尋ねる。


「……おいしいです、自然の味が生かされてて」


 ここではロンバルディアのような香辛料が手に入らないのか、料理の味付けはとてもシンプルだった。しかし、それがかえって食材の新鮮な自然の味をよく引き立てており、噛むたびに口いっぱい旨味を溢れさせる。

 端から見ると、とても美味しそうに食べているとは見えなかったエラードが並べられた料理に満足しているのを聞いてグーラと反対側に座っていたライは嬉しそうに微笑む。

 食卓を囲む人々は美味しい料理をたべながら、無い酒に酔いわいわい騒ぐ。 野太い笑い声と甲高い笑い声が部屋を包み、暖かい火の灯りに映し出された陽気な陰達が石の壁の上で楽しそうに踊る。

 エラードはそんな楽しそうな世界を前にして、どこか別世界の光景を見ている感覚に捉われる。笑い声がやけに遠くに感じ、部屋の熱気が暖めるのは皮膚のほんの表面だけで、体はやけに冷えて感じる、現実感が感じられない、楽しそうに騒ぐ人々がどうしようもなく滑稽に見える。

 なんとなく妙な気持ちに(さいな)まれたエラードはコップに注がれた水をあおる。喉を通る冷たい水が首の生傷をちくりと刺激する。突然エラードは目の前に掛けられていた分厚いカーテンを一気に取り払ったように、現実に引き戻された。


「そういえば、メリルはどうしたんですか?」

 首を擦りながら部屋を見渡すエラード。そこにあのやかましい女の姿は無い。


「昨日の件でな、部屋で反省させておるよ」

 グーラはそう言って水々しい果実をゆっくり頬張る。


「僕はもう何も気にしていませんよ」

 そうとだけ返して、エラードはそれ以上は何も聞かなかった。


 やがて、夜が更け人々は各々帰路に立ち、宴会の余韻を残した寂しい食卓をエラードも後にしようとしていた。


「今夜も同じ部屋をお使いください」


 ライは当たり前の事のようにエラードに言う。

 エラードは礼を言って、部屋に戻った。


*******


 ベッドに潜ったエラードはなかなか寝付けずにいた。不快なもやもやしたものがエラードの頭の中でグルグル回る。昨日の睡眠で大分疲れが取れていたのも相まって、眠気が湧き出る気配は一向にない。


「くそっ……」

 

 寝るのを諦めたエラードが体を起こす。落ち着かないエラードは夜風に当たろうと身支度を整え、剣を差し部屋を後にした。


 深夜のエドンの内部はとても静かだった。最低限の灯りだけを残して灯火は消されており、夜風に冷やされた壁がひんやりとする。聞こえてくるのは窓の隙間を遠て聞こえる風のざわめきだけだ。

 昼間にライに案内してもらったのを思い出しながらエラードが入り口のある階まで降りると、入り口に誰かが二人立っている。なにを見張っているのかは分からないが、どうやら見張り番のようだ。そのままエドンから出ても良かったが、誰かと言葉を交わす気分ではなかったエラードは、他に出口は無いかと入り口とは別の方向に進む。

 

 エドンはエラードの想像以上に広く入り組んでいた。人の気配がある居住区などを避けていたエラードは知らず知らずの内にエドンの奥へ奥へと迷い込んでいく。

 歩き回りながら、大人しくしていれば良かったと後悔し始めたエラードが足を止める。通り過ぎかけた下に続く階段からなにか聞こえたのだ。音の正体を確かめようとエラードはじっと耳をすます。


「……うぅ……」


 女性のうめき声だ。微かだがはっきりとエラードの耳に聞こえた。

 エラードは一瞬だけ戸惑いを見せたが、断続的に暗闇の奥から聞こえるうめき声に引き寄せられるように階段を下りていく。

 一寸先も見えない闇の中、エラードは手の平の上に魔法を使い拳大の火球を生み出した。音も無く燃える炎が狭い階段を照らす。階段を下り圧迫感のある通路を奥へ進むとやがてうめき声が聞こえなくなった、しかし気配はある。エラードの足音に気付いて息を殺しているようだ。

 やがて石格子で囲われた小さな牢が暗闇の中に姿を現す。

 奥の方が暗くて見えない。エラードは炎の勢いを強くする。牢の中の闇が炎の灯りから逃げるように引いていき、牢の奥で天井につられている全裸の黒髪の女が照らし出される。

 

「な……なんのようだよ勇者様……」


 メリルだった。

 メリルはその緑色の瞳でエラードを睨みつけるが、力がない。彼女はつま先が地面にぎりぎり付く高さで腕を天井に吊られていた。隠しきる事の出来ない体力の消耗具合がどれほどの時間、彼女がこうしていたのかを物語っていた。


「何故こんな……!?」

 よもやこんな状況に出くわすなどエラードは思ってもいなかった。


「……ようこそエドンへ」

 炎に揺れる暗闇の中で自嘲気味にメリルは笑う。

 

 宴会の席でグーラはメリルを昨日の件で反省させていると言っていた。そして、ライも隣でその会話を聞いていた。他にも聞いていた者はいただろう。つまり、エドンの民はこの事を知っているし容認している。

 確かにメリルはエラードを殺そうとした、事実、一歩間違えれば殺していた。それ相応の罰は必要なのかもしれない。しかし、これはあまりにも陰湿だった。こんな拷問まがいの行為は、昼間にエラードが見て回ったほのぼのとしたエドンの村人達からあまりにかけ離れていた。


「じろじろ見るな……見世物じゃないんだ……」

 メリルに言われて気付いたエラードは急いで下を向く。


「……この後どうなるんだ?」

「さあ……勇者様はエドンの民と……ロンバルディアを滅ぼして……幸せに暮らすんじゃないか?」


 エラードには寝耳に水の話だった。


「ロンバルディアを滅ぼす? どういう事だ?」

「なんだ……まだ聞いて……ないの? エドンの民は……ロンバルディアに復讐するため……豊かな土地を……奪うため……あんたの力が……欲しいのさ」


 息を絶え絶えにしながらメリルは言った。

 俯いたままのエラードは体を震わせる。ライやグーラ、エドンの民がエラードに親切に接していたのは、なのことはない、結局エラードを利用する為だったのだ。ロンバルディアと大差はない。


「何故?ここだって充分豊かじゃないか?」

 エラードがこの日食べた朝食も昼食も質素だったが腹を満たすには十分だったし、晩餐の席に並べられた料理は豪勢と言っていいほどだった。新たな土地をエドンの人々が危険を冒してまで手に入れる理由などエラードは分からなかった。


「……もう……どっか行ってよ……話すのも……辛いんだ……」

 メリルはエラードの問いに答えず、辛うじて床につけている滑らかで美しい足を振るわせている。


「……君はどうなる?」

「さあ……あんたには……関係ない……だろ……」

 

 暗い未来を暗示するメリルの言い振りをどう思ったのか、エラードは火球を作り出していた手を石格子にかざしす。魔力を集められ火球が高速で回転しながら薄く伸びで大きな円盤になり、真っ暗闇だった牢の中を一気に、真っ赤に染上げた。


 突然の凄まじい熱気で全身に汗を滲ませたメリルが顔を上げると、さっきまでそこにあった堅牢な石格子が焼けたような匂いを残して大きく円形に焼失していた。そして、その中心で小さな火球がぽうぽうと何事も無かった様に燃え、その向こうの厳しい目つきのエラードを照らしている。


 驚いたメリルが言葉を発する前にエラードはメリルを吊るし上げていた鎖を炎で焼き切った。メリルが糸の切れた人形のようにぐしゃりと地面に倒れ込む。

 

「なんの……つもりだ……」


 吊り上げられていた間に足に溜まっていた血が全身に巡り、体温が戻ってくるのを感じながらメリルは体を苦しそうに起こす。

 先ほどまで見えなかったが、メリルの背中には痛々しく血を流す、赤いミミズ腫れがいくつもあった。


「……手を前に出すんだ」


 思考がうまく出来ないメリルは、混乱しながら言われるがままに手枷の重みで震える手を前に突き出した。

 エラードは素早く剣を抜くと、目にも留まらぬ速さで剣を真っすぐ振り下ろす。

 一瞬自分が切られたかと錯覚したメリルが我に返ると、メリルの魔力を封じていた手枷が両断されており、凄まじい力が加わった反動か、切断面からいくつものヒビが走り始め、遂にはガラスが砕けるように粉々に崩れ落ちた。同時に無理な使い方をしたエラードの剣も砕けた。


「誰が助けてなんて頼ん……」


 と言いかけてメリルは、突然上着を脱ぎだし上半身を晒すエラードにぎょっとして、あらわになっている自分の体を反射的に手で覆い後ずさりする。


「ここから出る道が分からないんだ、案内してくれないか?」


 エラードは脱いだ服を差し出しながら、警戒心をむき出しにするメリルに尋ねる。しかし、メリルは差し出された服に手を差し伸ばすどころか


「ふざけるな!」


 思いっきり払い落とす。


「なんで私が……布切れ一枚で……あんたの手助けをしなきゃならないんだ!」

 消耗しきった体でメリルは吐き捨てる。


「……俺の何がそんなに気に食わないんだ?」

 エラードには心底分からなかった、何故メリルはそこまでエラードを嫌うのかを。


「気に食わないものは……気に食わないんだ……」

 ばつが悪そうにメリルは視線を落とす。


「……そうか、じゃあもう何も言わないよ」


 エラードは地面にだらしなく転がった服を一瞥( いちべつ)して小さく溜め息を吐き、その場を立ち去ろうと、踵を返す。

 メリルは手と腕で体を包み、怒りのせいか、それとも苦悩のせいか、歯を軋ませる。

 歩き出そうとしたエラードだったが直ぐに足を止めた。階段の方から足音が聞こえてくる。そしてすぐ、足音の主達が松明の灯りの下、階段を下りてきた 


「誰かと思えば……エラード殿、こんなところで如何なされたのじゃ?」


 暗闇を隔てた向こう側で、松明の灯りが二人の供を従えて現れるグーラを不気味に映し出す。

 徐々にグーラ達の松明から漏れる灯りが、エラードの火球の灯りに近づき、二つの灯りが溶けるように合流して暗い牢の中を照し出す。

 上半身裸のエラードと、(うずくま)っている手枷の取れたメリルを見てグーラは首を傾げる。


「たまたま迷い込んでしまって。でも直ぐに出て行きますよ」

 エラードはそう言って難しい顔をしているグーラと供の二人の横を通り抜けようとする。しかし、グーラがそれを静止する。


「待つのじゃエラード殿、何かその娘に吹き込まれましたかの?」

「俺はロンバルディアを滅ぼすだなんて聞いてませんよ」

 

 エラードの言葉を聞いてグーラはちらりとメリルを見て、言葉に怒気がこもっているエラードに目を戻す。


「滅ぼすというわけではないんじゃ、ただ儂らがここで生き残るのはもう限界なのじゃよ。ここで取れる食料には限りがある、一度日照りかなにかあれば皆すぐ飢えるのじゃ。先ほどの晩餐はエラード殿のために(・・・)特別に振る振舞まったが、普段はあんな物滅多に食えんのじゃ」


 エラードは村人達が酒も無いのに酔っぱらったように騒いでいたのを思い起こしながら、グーラの話に黙って耳を傾ける。


「しかし、せっかく救い出したエラード殿にそんなひもじい生活を強いるのはあんまりに気が引ける。 エラード殿の幸福は儂らの悲願じゃ、少なくない犠牲も払った」


 犠牲……エラードの目に昼間会った盲目の老婆の姿が浮かぶ。 


「 じゃからエラード殿を長年苦しめ続けたロンバルディアにそれを賄ってもらおうという訳なのじゃ」


 グーラは諭すようにエラードに語りかける。ロンバルディアの地を手に入れるのはあくまでエラードの為であると、そしてエドンの民が苦しんだのはエラードのせいであると。


 ーー実に勝手な論理だ。


 エラードは助けてくれと頼んだ覚えも無い、優雅な暮らしをしたいと思った事も無い。


「俺にはーー」


 グーラが正直にエラードに懇願していたら違ったかもしれない。エラードがロンバルディアに復讐を考えていたら違ったかもしれない。以前のエラードなら自分の与り知らぬところで勝手にエラードのために苦しんでいた者たちに深く感謝したのかもしれない。

 しかし、 グーラは狡猾な手段をとった、エラードは復讐を考えるには高潔すぎた、そしてエラードは、


「ーー関係のない話です」


 以前のエラードではない。


「じゃあ俺はこれで」


 そう言ってエラードはグーラ達の横を通り抜ける。グーラと二人の供は苦悶の表情でそれを見送るしかなかった。

 迷うような表情で事の成り行きを見守っていた全裸のメリルにグーラは目を向けるーー呪いかけるように睨みつけながら。

 体を小さく折り畳み硬直させるメリル、グーラが凄まじい目付きのまま一歩踏み出す。


「ま……待って!」


 メリルの震えそうな声が、グーラと、その後方で部屋から出る階段に足を掛けていたエラードの動きを止めた。


「道案内……必要なんだろ?」


 床にそのままになっていたエラードの服を着てメリルは立ち上がる、視界の中にいるグーラを無理矢理見ないようにしながら。


「そうだな……頼むよ」


 道案内が必要……というより、来る者は拒まないっといた様子でエラードは答えた。

 突拍子も無くエラードに助命を請うたといってもいいメリルに、グーラの供の二人は悪意を音にしたような悪言雑言をメリルを浴びせる。だが、二人を従えるグーラは押し黙り一点を見つめたまま動かない。

 そして、メリルは大きな岩を避けるかのようにグーラ達の横を足早に駆け抜け、うるさく喚く供の二人と、背を向けたまま鬼の形相で憤怒に肩を震るわせているグーラを残し、エラードを連れて階段の上へ消えていった。


**********


 静まり返ったままのエドンの中を上半身裸のエラードは、エラードの服を着てぎりぎり下腹部を隠しているメリルの後ろを付いて歩く。長時間無理な姿勢を強いられていたせいで、メリルの足取りはおぼつかないが、なんとか一人で歩く事は出来るようだ。

 こんなあられもない格好で外を歩く訳にもいかず、二人はメリルの先導で取り敢えずメリルの自室に向かう。エラードがメリルに頼んだのはエドンを出るまでの案内だけだったが、メリルもエラードと一緒にこの地を出るつもりなのだろう。エラードはそれを気に留めもしなかったが、ただ、あれ程までに自分を嫌っていたメリルの考えを変化させたものは一体なんだったのかを考えていた。


 居住区に入ってもエドンは妙に静まり返ったままだった。全ての扉は固く閉じられており、人の気配どころか寝息すらも聞こえない。メリルは時折に壁に手を付きながら黙って歩き、やがて一つの扉を開ける。

 メリルの部屋はエラードにあてがわれていた部屋と同じように質素だった。違うのは窓が無い事と小さな物入れ箱が部屋の隅にぽつんとおかれている事だけ。

 メリルは安心したように物入れの前に座り込み上蓋を開けた。しかし、蓋を手で支えたままメリルは何かを取り出そうともせず呆然としている。


「どうしたんだ?」


 不思議に思ったエラードは座り込んでいるメリルに歩み寄り、肩越しに物入れの中を覗く。衣類は見当たらない。代わりにぐちゃぐちゃに切り刻まれたボロ布が乱雑にぶちまけられていた。

 メリルは何も言わず、布切れの中から大きい物を何枚か探し出し、それを縛る。


「少し後ろ向いてて……」


 エラードはどこか悲しげなメリルの言う事に従い背を向ける。

 メリルは手早く縛り合わせた布切れを、心もとなかった下腹部を覆う様に腰に巻く。


「……もういい、行こう」

 腰に巻いた不格好な布切れは上着で隠すよりマシというぐらいだった。靴も無かったのだろうメリルは素足のままだ。


「水か食料はどこかに無いのか?」

 エラードに斬り掛かってからすぐにあの牢にメリルが吊るされていたとすると、もう丸一日は何も口にしていない事になる。


「有るだろうけど、探しても無駄だよ……森で手に入れるしか無い」

 メリルはそう言って来た時と同じ様にもたつく足で部屋をでる。


 メリルの部屋を出て来た道を戻っているとエラードはある事に気付く。相変わらず人の気配はなかったが、意識を集中すると視線を感じる、耳を研ぎすますと固く閉ざされた其々の扉の向こうから微かに息づかいが聞こえるーーエドンの村人が扉越しに息を殺してメリルとエラードを見ているのだ。


 足取りのおぼつかないメリルが時間をかけているうちにグーラ達がエドン中に事の次第を伝えたのだろう。扉の向こう側で人々は特に何をする訳でもなく、みずぼらしい格好で苦しそうに歩くメリルと、その後ろを付いて歩くエラードをただ静かに見つめる。

 メリルはそれに気付いているのだろうか、黙って俯き視線の中心を足を引きずって進む。


 その後も誰に会う事も無く、メリルと後に続くエラードはエドンから出る。さっそく食料と水を手に入れようと眼前に広がる森を見てエラードは眉をひそめ、メリルは堪えていたものを堪えきれず下唇を悔しそうに噛む。

 

 エラード達と森を隔てる様に松明を掲げたエドンの男衆がずらりと森の前に並んで立っている。グーラの姿もあった。

 彼らは何をする訳でもなく、何かを言う訳でもなく、ただ立っているだけだ。しかし、メリルとエラードが歩き始めると、それに合わせて動く。


「森に入れないつもりか」


 エラードは彼らの意図を理解した。

 エラード達が歩を進めるたびに彼らの目が一斉にそれを追う。そして、 男達は無言でひたすらエラード達の歩く速さに合わせて同じ方向に移動する。

 

 メリルはもう森の方に目を向けようともせず、真っすぐ崖の上に繋がるスロープの方に、心無しか足早に歩いていく。エラードは力ずくで森に入ることも考えたが、そんなメリルの様子を見て黙って彼女の後ろに付いていく。


*****


「背負ってやる、もう限界だろう」


 スロープを上っている途中、躓いて倒れ込むメリルにエラードが声をかける。素足で歩いてきたメリルの足は傷だらけで泥と血で汚れていた。


「嫌……!」

 息を上がらせ、衰弱しきった体でメリルは意固地にエラードを拒絶する。


「じゃあ、ここでそうしてるのか?」

「……っ!」


 崖の下には未だに夜の闇に浮かぶ幾つもの松明の灯りが見える。遠くてグーラ達の顔はもう見えないが、メリル達の動向を目でずっと追っているのだろう。


「ほら」


 苦悩の末に、差し出されたエラードの背中にメリルは手を駆ける。メリルの目には涙が滲んでいた。エラードはメリルを軽々背負い上げると、しっかりした足取りでスロープを登り崖の上を目指す。


 メリルを背負ったエラードが崖の上に出ると、初老の男が二人を待ち構えていたーーライだ。しかし、それはエラードの知る柔和で寡黙な男ではなかった。

 エラードはあからさまな殺気を放つライをみて、複雑そうな顔をしているメリルを背中から降ろす。

 ライが両の手にナイフを持ち、ゆっくりと歩み寄る。


「死んで頂く」


 憤怒で顔を染めたライがエラードに斬り掛かる。



 


 



  

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ