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捨てられた勇者  作者: 天村 一
ロンバルディア―消えぬ炎
3/30

死の大地アポス

「死亡者は全部で4名です」


 森の中でぴりぴりしながら被害状況の報告を受けているガインの眼前にはメリルによって作られた大きな大地の刺によって串刺しにされている馬と騎士達の無惨な光景が広がっていった。

 串刺しになっている騎士の鎧の全ての隙間からは血が滴り落ち、貫かれた馬の大量の出血と合わさって辺りを真っ赤に染めている。


「やはり魔法なのでしょうか……」


 惨状の検分をしていた騎士がガインに尋ねる。大地を変形させる魔法の存在はロンバルディアで生まれ育った者にとって信じがたい物だった。


「魔法じゃなけりゃなんなんだよ」


 戸惑いを隠せない騎士達とは対照的に未知の魔法に関してガインはいたって冷静だったが、騎士達はガインの示した明確な答えにも物足りない様子で変形した地面の検分を続ける。

 魔法のことよりもガインにとっての頭痛の種は、エラードに組する者によって王国騎士団の騎士が殺されたという事実である。

 

「これからどうしますか?」


 騎士達から指示を求められたガインは顔をしかめる。 エラードは人を殺せないと踏んでいたガインにとって死者が出たこと自体大きな誤算だった。 ガイン自身はエラードの追撃を続け、最低でもエラードの行き先は突き止めておきたいところだが、10人いた追跡隊の中から半数近い死者が出た今、これ以上の追跡は望ましくないことはそこに居る誰の目からも明白だった。また、未知の魔法の存在もいち早く騎士団に報告しなければならない。


「馬の死体を焼却し死者を葬った後、一旦グリーンベルに戻る」


 ガインの指示で一斉に騎士達が動き出す。てきぱきと騒がしく作業をする騎士達をよそにガインは険しい顔で思慮を巡らす。


**********


 エラード達は追跡隊の追撃を振り切った後まっすぐ南東に進み、日が傾き始める頃には東ゴリアテ山脈と南の海岸線が交わるロンバルディア最南東に位置する不毛の地アポスの(ふもと)まで来ていた。アポスは鋭く切り立った赤茶けた山と崖が永遠と続く土地であり、植物は枯果て、住みつく生き物は毒を持つ昆虫や、獰猛な鳥類などだけであり、まさに死の大地と言うに相応しい場所である。

 山間(やまあい)の細い山道を通りエラード達がアポスの奥地に行くにつれてその様子は更に酷くなり、いつの間にか空から地上の獲物を狙っていた鳥達はいなくなり、地面をうごめいていた虫たちもどこかに行ってしまい、枯れた草木の残骸すらも見当たらなくなって、どんどん生の気配が消えていき、代わりに不気味さがどんどん増していった。


「本当にこんな所に人の住む村があるのか?」


 ライとメリルに連れられるがままここまで来たエラードだったが、誰かがこんなところに住んでいるなどとはエラードにとっては信じ難い話だった。


「こんな所で悪かったな」 


 メリルが明らかに不機嫌そうに答えた。エラードとガインの戦闘を見た後、エラードの実力を認めたのか挑発的なことは言わなくなったが、メリルは相変わらずエラードが気に食わないようだ。


「いや……すまない」


 いかに不毛の地とはいえメリルにとってみれば生まれ育った土地だ。それをこんな所呼ばわりされて気を悪くするのも当然だと思ったエラードはばつが悪そうに謝った。メリルはまだ何か言いたげな様子だったが、そんな二人の会話を聞いていたライはおだやかな口調で、


「確かにこんな所に人が住んでいるなどとは誰も思いますまい、しかし、だからこそ我々はここに住み続けているのですよ」

 

 と、いいながら場を取り繕った。

 しばらく山道を登っているとエラード達は少しだけ開けた円形の場所に出た。周りにはむき出しの山肌が壁のように囲んでおり、それ以上進める道もなく行き止まりのようだ。ただその場所の真ん中にT字型の鉄の棒が地面に突き立てられており、それの周りがほかの地面の色よりも少し濃く黒ずんでいる。


「ここがどういう場所かご存じで?」


 不意にライは思いついたようにエラードに尋ねる。


「……いや」


「ではロンバルディアの流刑については?」


 その言葉を聞いた瞬間エラードは、ここがどんな場所なのかを理解した。

 そしてライはエラードが気づくことを見越していたかのように話を続け、メリルも黙ってそれを聞いている。


「そうです……流刑にされた者は手足を拘束され、この鉄の杭にくくりつけられた上でここに放置されます」


 そう言いながらライは夕日に照らされ一面にオレンジ色に染まったなかで、ひときわ目立つ黒ずんだシミを見つめた。

 ロンバルディアの流刑、それはロンバルディアにおいて死刑以上の刑罰である。このアポスの奥地に、明かりも食料も無しに置き去りにされた罪人は数日もたたないうちに、何一つ生の気配がないこのアポスの奥地で孤独と、迫りくる死の恐怖に発狂しながら、満足に身動きもとれず死に至る。そして死体は乾いた土に水を一滴落とすように、アポスの大地に吸い込まれていくと言われている。


「エドンはその生き残りによって作られた村です」


 ライはそう言うと来た方とは反対側の壁のようになっている山肌を指さした。


「あそこから奥に行けます、メリル」


 メリルはライが指さした壁の前に立ち、手を壁にかざし魔力を込めた。すると突然壁が砂のように崩れ下に降りていく道が現れた。その道は一見険しそうだが歩く部分が不自然に整地されており馬を引きながら歩いても問題はなさそうだった。三人ともそこを通り抜けた後、メリルは再び手をかざし今度は砂になって崩れ落ちた壁をまたもとの形に戻した。

 ライが先導を務め三人はさらに奥に進んだ。山の形に添ってくねくねと曲がる長い道を下り、天然のトンネルを抜け、また下る。辺りはもう真っ暗で三人は、松明の明かりを頼りに山道を進む。

 最後に今までで一番長いトンネルを抜けると、エラード達の眼下に断崖絶壁に囲まれ、海に面した大きな半円の窪地が姿を現した。


「なんだここは……」


 エラードは目の前に広がる人工的にも自然的にも不自然な光景に驚きを隠せなかった。

 それは今までの殺伐としたアポスを歩いてきたエラードにとってあまりに不可思議な場所だった。窪地の中心部には大きな湖があり、その周りをうっそうと茂る深い森が囲んでおり、海に面した側の反対側には、崖を削り出して作られたとても大きな建物がある。


「あれが我らの村エドンです」


 ライはそう言うとその大きな建造物を指さした。

 

「ほら、突っ立てないでさっさと行くよ」


 メリルはそう言いながら予想外の光景にただ呆気にとられてるエラードの背中を蹴りつけながら前に進んだ。

 一見この断崖絶壁を降りるのは不可能のように見えるが、よくよく見ると絶壁に沿って降るゆるやかなスロープがあり、そこからエラード達は下の窪地に降りていった。

 窪地の底に広がる森は上から見えるよりもより一層と生い茂っており、森の中にはたくさんの動物が生活し、木々はたくさんの実をつけ、湖の水は澄み、死の大地アポスという名には程遠く生命に溢れている。

 エラードはその豊富な自然の中を抜け、エドンの真下に立った。


「すごいな……」


 沢山の窓から漏れる松明の明かりが崖を切り出して作られたエドンは下から見上げると一層その迫力を増し、その精巧な作りは芸術的言っても過言ではない。


「メリル!ライ!無事だったか!エラード様は!?」

「おお!エラード様も一緒なのか!!」


 エラード達がエドンに入ると住人達が口々にメリルとライの帰還を喜び、メリルとライの後ろにエラードの姿を見るや否やエラードを喜びとともに歓迎した。沸き立つ住民達の喧騒の中エラード達はエドンの上階に上っていった。


**********


「ここが我らの長の部屋です」


 そういうと、ライはエラードをエドンの最上階にある一室に通した。

 これまでとは打って変わり静まり返っている部屋の中で、炎の優しい光が動物の毛皮で作られた敷物の上に座っている、大きな真っ白い髭を蓄えた老人を照らし出していた。


「儂がエドン村長のグーラじゃ」


 メリルとライはエラードを間に挟みグーラの対面に腰を下ろした。


「今回は大変でしたのお、しかしここにはエラード殿を咎める者など一人もおりませんゆえ、ごゆっくりしてくだされ」


 グーラは微笑みながらエラードにやさしく語りかけた。


「あなた達はロンバルディア人なのか?でもその目の色は?」


 ライからエドンの民がかつてロンバルディアで流刑に処されたものであると聞いてからエラードはずっと疑問に思っていた。ロンバルディア人はすべからく皆青い眼を持つ。ライやこの部屋に来るまでに見たほとんどの住民の目は青かったが、メリル、そしてグーラのような緑色の目はロンバルディア人としてはあまりに不自然だ。


「確かに儂らの祖はロンバルディア人であり、今でも稀に流刑にあい、ここにたどりつく者もおる」


 グーラはゆっくりと柔和な声でエラードの疑問に答える。


「ただ、この地で生まれる者の中には、稀に儂やメリルのように緑色の瞳を持つ者が生まれることがあり、この瞳を持つ者は火の魔法ではなく、大地を操る土の魔法を使うことができますのじゃ」


 エラードはここに来るまでの道や窪地に降りるときのスロープ、そしてこの崖をくりぬいたエドンなどを不自然に思っていたが、この説明を聞いて納得がいった。土の魔法を扱えるのがメリルだけでないならこれだけの規模の大地の造形でも難しい話ではない。


「さて……エラード殿はこの後どうするじゃ?儂らとしてはまた魔王討伐に向かわれるにせよ、この地に留まるにせよ我らエドンの民は協力を(いと)いませんぞ」


 グーラは先ほどと変わらぬ柔和で聞き触りの良い声でエラードにエドンの意思を伝えた。


「なぜ俺にそこまで?あなた方も俺を利用するつもりですか?」


 エラードは自身の疑念を隠すことなく率直に尋ねた。グーラが伝えたエラードに対するエドンの支援は大変親切なものだった。親切すぎるほどに。ロンバルディアという国とその国民に裏切られたばかりのエラードにとって、グーラの親切すぎる申し出は大変不気味なものであり、自分の力を利用しようとしているようにしか見えなかった。


「……っこの!!こっちが下手に出てれば調子にのりやがって!!じゃあ今ここで死にやがれ!!」


 エラードの隣に座っていたメリルはエラードのグーラやライ、そしてメリルにも向けた侮辱とも取れる疑いの言葉に、今までエラードに対して溜めていたものを一気に爆発させた。メリルは激高し、怒鳴りながらエラードの喉笛目掛け切りかかる。だが、鬼の形相で殺気を込のこもったナイフを振り下ろし切りかかってくるメリルを前にエラードは避ける素振を見せない。

 

「メリル!!」

「やめんか!!」


 制止するライとグーラの声も聞かずメリルは渾身の力を込めてナイフを振り下ろした。


「……」


 前に垂れた綺麗な黒い髪の隙間から見えるメリルの緑色の目は忌々しくナイフから滴り落ちる血を見つめている。


「ご無事ですかエラード殿?」


 ライはメリルのナイフから守るために引き倒したエラードに尋ねた。


「ああ……」

 

 メリルのナイフはエラードの喉を皮一枚分だけ一直線にきれいに切っており、滲み出た血が首を伝っている。メリルに切りつけられた傷はもう少し深ければエラードの命を奪いかねないものだったが、それに対してエラードはさも興味がなさそうだった。


「メリル……しばらく外で頭を冷やしておれ、このことに対する処罰は後で伝える」


 グーラは静かながらも凄味のある声でメリルにそう伝えた。

 しばらくエラードを何も言わず睨み付けた後、メリルはナイフをしまいグーラの言葉に従い部屋から出て行った。


**********


 メリルが部屋から出て行ったあとライはエラードの傷を止血し包帯を巻き応急措置をした。


「大丈夫ですかな?」


 グーラはさも心配そうにエラードに尋ねる。


「どうということは無いですよ」


 エラードは殺されそうになったにも関わらず、憤慨することもなく淡々と答えた。


「自分が死んでもどうということは無いとでも言いたげじゃな」


 グーラはそう言いながらエラードが自分の命を何とも思っていないことを指摘した。エラードはそれについてなにも言わず、暫しの間松明の炎が燃える音だけが部屋の中にあった。


「……エラード殿はどのような者が流刑にされるか知っておられるかの?」


 グーラは沈黙を破り、場の雰囲気を変える様にエラードに尋ねた。


「王家に対する反逆を企てた者です」


 エラードはロンバルディア国民ならだれもが知っている常識を答えた。ロンバルディア王家に対する反逆を処する最上級の刑罰がアポスへの流刑である。


「では王家に対する反逆とは具体的にいったい何の事を指すのかを御存じかの?」


 グーラは続けてロンバルディア国民ならだれもが知っていることを尋ねた。ただしこれは、


「王族に危害を加えたりすること……ですか?」


 エラードだけが知らないロンバルディアの常識である。


「勇者として選ばれた者に真実を伝えたり、その教育の妨げになるようなことをすることが王家に対する反逆じゃよ」


 エラードだけが知らない、知らされることのない常識。


「それで流刑にされるなら俺がなにも知りえなかったのも無理はないですね」


 それを唐突に知らされたエラードはロンバルディアのあまりの徹底ぶりに思わず笑ってしまった。


「勇者に真実を伝えないのは魔王の指示によるものじゃが、流刑という恐怖で真実を隠しているのも、勇者というものを完全に道具と見なし使うのもロンバルディアという国の意志ですがの」


 それを聞いたエラードには怒りも悲しみも湧いてこなかった。魔王城で自分が伝説に描かれた勇者などではなかったことを知り、グリーンベルであわや処刑されかけたエラードにとって、ロンバルディアが流刑を使って自分を真実から遠ざけていたことなど、もはや驚くべきことでもなかった。


「儂らはもともと勇者として選ばれてしまった哀れな者を助けようとして流刑にされた者たちの末裔じゃ、今ここでエラード殿の手助けをしたいと思うのもご先祖様や儂らの悲願じゃて」


 エラードは何も言うこともなく複雑な表情でグーラの話を聞いている。


「まあエラード殿が何も信用ならんというのも無理はない。どうじゃろう、取りあえず一晩ここでぐっすり寝て、明日にでもどうするか決めるのは?明日にこの世界が魔物で溢れ返ってしまうことなどないじゃろうて」

 

 エラードは少し考えたあとグーラの提案に同意した。


「それじゃあ一晩お世話になります」


 それを聞いたグーラはうれしそうに頷いた。


「ゆっくりと休んでくだされ、お疲れじゃろう。寝所まではライが案内しますじゃ」


 ライも安心したような表情でエラードを連れて部屋を後にした。


**********


「こちらがエラード殿の部屋になります、ゆっくり休んでくだされ」


 ライがエラードを通した部屋は、ベッドと机がそれぞれ部屋の隅に置いてあるだけの質素で小さな部屋だったが、野宿や牢屋などまともな場所で睡眠をとっていなかったエラードには快適すぎる部屋だった。

 ボロボロになった剣を机に置き、エラードはベッドに沈むように倒れこみ、そのまま深い深い眠りに就いた




一ヶ月以内に投稿していく予定でしたが多忙の為にさっそく遅れてしまいました。今後は最低でもきちんと一か月以内に投稿できるよう頑張りたいと思います。

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