Ⅱ
八月一日さん、則次 火焔さん、LAN武さん、侍さん感想ありがとうございました!
とある合衆国のとある廃ビルで、少女は目を覚ました。
と言っても、目隠しをされているので周囲の状況は分からない。なにやら自分の膝の上で重みのある物体がカチッ、カチッ、と鳴っているが、それが時限式の爆弾であることなど少女には分からない。
「(……?)」
耳を澄ませてみれば、大人の男達が英語で話している声が聞こえる。
もともと学校での英語の成績(特にリスニング)がよろしくなかった少女には、断片的な単語しか消えなかったが、『大金』や『爆弾』、『人質』などと言ったかなり物騒な単語は聞き取れた。同時に、島の自分の状態も理解した。
「(……!?爆弾、膝の上の、これ……!?)」
状況が理解できてしまうというのは、時としてどうしようもない恐怖を植え付ける。
両手両足を椅子に縛られ、口と目をふさがれている少女には爆弾の存在など知ったところでどうにも出来ないし、仮にそうでなくてもきっと背を向けて逃げ出すだろう。
一緒にいたはずの両親は死んでいるのか、それとも自分と同じような目にあっているのか。近くにいるのか遠くにいるのか。それすらも分からない。
ヒーローはいない。今の自分を助けてくれる人はいない。その現実が、少女をさらに絶望のどん底へと突き落とす。
「(いやだ、なんで、私が、こんな、目に……)」
ただの観光のはずだった。
ホワイトハウスを見学したり、自由の女神を見上げたり、ボリュームたっぷりの本場のハンバーガーを堪能したり、そんな『特別な日常』のはずだった。
どうして自分がこんな誰も知り合いのいない土地で、友達にも先生にも気付かれず、明日にはニュースで他人事のように報じられるような死に方をしなければいけないのか。
しかし、少女に突然訪れた理不尽な現実は、そんな少女の気持ちなど汲み取ってはくれない。
ただ、生きていたいと、それだけを望む少女の願いなど叶えてはくれない。
『時間だ。子供から殺せ』
英語だった。聞こえた単語は『子供』と『殺す』。
もう、友達にも会えない。ちょっとカッコいいなと思っていた学校の先輩にも会えない。かわいい服も着れないし、誰かと言葉を交わすこともできない。
ここで終わる。全て終わる。
まだ死にたくない。誰かに助けて欲しいと願う心と、どうせもう、私の現実は終わっていると諦める心が少女の中で混ざり合った、その時、
バンッ!!という銃声が聞こえた。
まず、少女はそれが自分に向けられたものだと思った。次に、まったく痛みがなく、苦しみもなければ意識が消えることもないことに気が付いた。
「ぐぁ…ッ!?」といううめき声が聞こえ、ドサッ、という何か重い物が倒れる音が聞こえた。まるで、犯人が突然銃撃されたような―――――――
そう少女が想像した直後、今度はマシンガンのような連射系の銃声がした。
『うぐ、があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?』
誰かが叫んだ。別の声は、『うっ』という小さな声を上げるだけだった。
そして、目隠しをされても分かる、肌で感じられるほどの『黒さ』をまとう、それまでとは全く異質な存在を少女は感じ取る。
「……ったくさぁ、こっちは出席日数削って仕事に来てんの。それなりに楽しめる程度には強くないとすっげぇ無駄足な気がしてくるじゃん」
日本語だった。少年の声だった。
そして声の主は、少女の目隠しと口を縛っていた布を外した。
「……あなたは、だれ?」
「クソ野郎の一人で、とりあえず君を助けに来たやつの一人。怪我とかない?」
「ないけど……ば、爆弾っ!!私の膝の上の爆弾は……!?」
「解除したけど」
簡単に言う少年の手には、確かに動きを止めた時限式爆弾があった。
その手のスキルでも持っているのだろうか。しかし、工具もなにも無しで爆弾の解除なんて危険かつ精密な作業をやってのけるなど、可能なのだろうか?
「別に特別なことはしてないけどさ、能力柄、こういう兵器は構造の解析と逆算で内側から停止って誤信号を遅らせることも難しくないんだよね」
「???」
何やら色々な専門用語が飛び出してきたが、少女にはさっぱり理解できなかった。
それでも、自分が助かったことだけは理解できた。そして、その現実を理解した時、人は次の現実を知ろうとする。
「お、お父さんとお母さんは!?」
「別の奴が助けてる。まあどっちも核兵器以上の戦略的価値を見いだせるレベルだし、ただのテロリスト程度には負けないだろ」
核兵器以上の戦略的価値。それがどういうことなのかは一般の民間人である少女にも理解できた。そう言う人間が、最低3人もいる。それだけで、テロリストはおそらく壊滅に追い込まれるだろう。
それでも、テロリストもただでは引き下がらない。
ゴソリ、と背後で音がした。
それはテロリストの一人だった。
そして、彼は日本語でおそらくは少年へと、疑問をぶつけた。
「どう、して……、『トクサツ』が出てくる……。いや、出てきたこと自体がおかしいんじゃない、まだ俺達が事を公にしてから1時間しか経ってないんだぞ……、どうして日本の組織がこんなに早く現場にいるんだ……!?」
日本からアメリカまで、普通に来れば数時間かかる。
どう考えてもおかしい。計算が合わない。まるで、事前に事件が起こることを知っていたかのように、彼らは動いていた。まるで、予め知っていたかのように……。
「あのさー、俺達は『能力者』だぜ?アンタが言った通り、『トクサツ』だぜ?『予知能力者』くらい抱えてても何も不思議はねぇだろ」
「知って、いた、だと……!?」
「ただ、あまりにも『事前報告』が遅くて対応が遅れたけどな。予知科はあとでお仕置きだな、こりゃ」
つまり、発生には間に合わなかったものの、元からこういう結果に終わることが確定していたことになる。それはつまり、テロリストたちが自分達の命と引き換えにしてまで成し遂げようとしていたことさえも、元から『失敗』が確定していたことになる。
「ふ、ざける、な……だったら、俺達は何のために……!」
「ふざけるなはこっちの台詞だクソ野郎」
テロリストの必死の弁は、呆気なく遮られた。確かに彼らには、命と引き換えてでも成し遂げたい目的があったのかもしれない。それが大切な誰かのためだったのかもしれない。それでも、たとえそうだったとしても、
「関係のない人間巻き込んどいて『何かの為』なんて崇高な言葉使ってんじゃねえぞ」
直後、テロリストの中で何かが切れた。
『失敗』が確定した未来。全てを犠牲にした結果、元から失敗が決まっていて、しかもその原因の少年の、こんなガキに罵倒された。
その瞬間、もう、ただではくたばってはやらない。必ず何かを道連れにしてやる。その思いがテロリストの心を染めた。
本当は綺麗だったはずの『戦う理由』は、黒く染まった。
「う、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
取り出した拳銃は、NXG-202『三点装弾』。
三点スプリングによる通常の三倍の射出速度と、専用の貫通粉砕式特殊弾頭という、二つの特殊なギミックによって通常の拳銃の数十倍の、意味も感じられないほどに危険な拳銃。
人肉に当たれば確実にはじけ飛ぶそれは、迷いなく少年へと放たれた。
しかし、それは届かない。そもそも、そんなものが届くのならば、彼らテロリストが、こんな形で敗北するはずなど無いのだから。
「設定を変更。左手首より先端を核シェルターに」
言葉は現実になった。
突き出された少年の左手首より先が、核シェルターのような『盾』になり、『三点装弾』を防いだ。
「な、にっ……!?」
「容赦はしない」
驚くテロリストに、ただ一言、少年は告げた。
そして、告げられたテロリストは見る。
少年の手が、今自分が握っているのと全く同じ『三点装弾』へと変化していくのを。
「設定を変更。左手首より先端を核シェルターから『三点装弾』に」
それは、通常の拳銃の数十倍の威力を持つ拳銃で。
それは、愛用していた自分自身が一番その恐ろしさをよく知っているもので。
それは、この至近距離で向けられて、そうそう生き残れるほど甘い兵器ではなかった。
「すこし、グロッキーなシーンになる。目を閉じてろ」
少年は少女に告げた。
それがつまり、これから何が起きるかなど論じるまでもない。誰が死んで、誰が殺すのかなど、言わなくても理解できる。
けれど、理解することと実際に見ることは違う。すくなくとも、少年はそれを理解していたからこそ、少女に忠告したのだ。
「なんで、お前……ッ!!」
「こういう能力なんだ。このクソったれな峰嶋真琴って奴に宿っちまった、最低最悪な殺人能力だよ」
言い終わるのと、三つの轟音が響いたのは同時だった。
結局、そこに残ったのは、もともと人だったかどうかも疑わしいほどに破壊された肉塊と、頭部だけを綺麗にえぐり取られた男の死体だけだった。