第九話:嵐の予感と、お餅の誘惑
あれから二年。
僕は、12歳になった。体型は相変わらず「樽とお餅」のハイブリッド仕様だが、中身は少しだけ、以前のループとは違う。
「お兄様、エスコートをお願いしても?」
学園の門をくぐる馬車の扉が開くと、美しく成長したセリカが手を差し出してきた。
あの日、僕が無理やり「消去」した事件の後遺症か、彼女は僕に対して異常なまでの執着を見せるようになっている。
「いいとも、お嬢様」
僕がその手をとり、導こうとした瞬間。
「あ!」というわざとらしい悲鳴と共に、彼女の体が僕の腹部へとダイブした。
――ポフッ。
「あぁ……。相変わらず、お兄様のお腹はぽよぽよで気持ちいいです。最高の弾力……」
「大丈夫ですか、セリカ様。演技に磨きがかかっておられますね」
(そのお腹はわたしのものです)
メイアが冷ややかな目で、僕のお腹に顔を埋める妹を眺める。
そこへ、もう一人の「予定外」が華やかなドレスを翻して現れた。
「あらあら、相変わらず仲がよろしいですね。私もエスコートしていただけないかしら?」
「ソフィア様……王女が一人で歩かないでください」
この二年、彼女は「斑点の責任」という名の言いがかりでベルンシュタイン家に足げなく赴き、今やセリカと親友のような、あるいは「兄を奪い合うライバル」のような奇妙な関係を築いていた。
「モテモテですね、ぼっちゃま」
「メイア、もう『ぼっちゃま』はやめてくれよ……」
「あら、大人ぶってますね。アルフ様(※確信犯的な微笑み)」
「……わたくしも、ご一緒してよろしいかしら?」
さらにそこへ、かつて「傑物」と僕を見抜いたマーガレットまでが合流する。
本来なら勇者のハーレムを形成するはずのヒロインたちが、なぜか僕という名の「動くお餅」を包囲して歩いている。
そんな光景を、遠くから血の出るような形相で睨みつける男がいた。
(……見つけたぞ、汚らわしい豚め。僕のセリカは僕の物なのに、離れろ豚が)
男爵家の養子として学園に入り込んだ、自称勇者カイル
ゲームのシナリオでは、彼はもう少し後に、劇的な登場を果たすはずだった。けれど、二年前の「失敗」が彼の執着を加速させ、無理やり表舞台に這い上がらせたらしい。
あの夜、家宅侵入の証拠は完璧に消され、彼には完璧なアリバイすら用意されていた。世界そのものが彼を守ろうとしているかのような、気味の悪い「補正」だ。
「アルフ様? 急に顔が怖くなりましたわよ」
ソフィアが僕の顔を覗き込む。
「……いや、なんでもないよ。ただ、少しだけお腹が空いただけさ」
僕は笑って、彼女たちの中心を歩き続ける。
勇者よ。君がこのゲームの主人公で、僕が死ぬべき悪役だっていう設定は、もう10回分飽きるほど見た。
でも今世の僕は、少しだけ「薬」の配合を間違えてしまったんだ。
毒にも薬にもならない「お餅」だと思って甘く見ていると、その喉元、一気に詰まらせてあげるよ。




