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第五話:その一滴、国家を動かす


僕が屋敷の離れで、寸胴鍋をかき混ぜながら「ふむ、この抽出液の粘り気が足りないな」なんてのんびり研究に耽っていた頃。

王都の豪華絢爛な王宮では、僕のあずかり知らぬところで、僕の「平穏な隠居計画」に巨大なヒビが入ろうとしていた。


年に一度、国中の貴族が集まるこの会議は、本来なら僕のような「出来損ないの廃嫡息子」には無縁の場所だ。

父であるベルンシュタイン伯爵は、居並ぶ重鎮たちの中で、国王陛下から直々に言葉を掛けられていた。


「ベルンシュタイン伯よ。予は感銘を受けている」

「はっ……もったいなきお言葉。なれど何のことでしょうか、陛下」


父は出てもいない汗を拭きながら頭を下げる。

国王は、机の上に置かれた「流行病の被害統計」を指し示した。


「今年の冬、国中で猛威を振るった流行病だ。他領では数百人単位の犠牲者が出ているというのに、貴公の領地だけは犠牲者が極端に少ない。これはどういうことだ?」


父は動揺した。

実は父も、密かに調査を命じていたのだ。

なぜ領民たちが、例年ならバタバタと倒れるはずの時期に、ピンピンして畑を耕しているのか。


「……巷に『予防薬』なるものが無償で配られていたことを突き止めました。どうやら、それが功を奏したようでございます」

「ほう、無償で、か。その薬はどこから出ている?」

「地元の商会が配っていたとのことですが……」


国王の目が、鋭く光った。

「素晴らしい。その薬を開発した者は、国家の宝とも言える存在だ。ぜひ、その医師くすしを王宮へ連れてくるように。予が直接褒美を遣わそう」


「いや、しかし陛下……その、正体が不明でして……」

「よいか。これは勅命である*」


その頃、僕は「よし、最高純度のビタミン剤ができたぞ!」と満足げにポーションを瓶に詰めていた。

メイアが、どこか不安そうな顔で部屋に入ってくる。


「アルファード様、なんだか王都の方で、お作りになった予防薬が話題になっているそうですよ」

「えっ、まさか。ただの予防薬だよ? 派手な効果なんてないし、地味なもんでしょ」


僕は笑い飛ばした。

これまでのループで学んだのは、「目立つと死ぬ」ということだ。だからあえて地味な予防薬にした。派手な聖水や蘇生薬なんて作っていない。


……けれど、僕は甘かった。

11回目にしてようやく気づく。僕が「適当に流した」ポーションの残り香が運河を浄化し、僕が「ついでに配った」予防薬が国家の統計を塗り替えてしまったことを。


「……あれ? でも、この展開って……」


記憶の隅にあるゲームの宣伝。

確か、『謎の天才薬師を捜索するイベント』で、勇者が聖女や王女と共に各地を巡り、ヒロインたちと絆を深める……というシナリオがあった気がする。


「まさか、僕がその『ターゲット』になってるんじゃないだろうね……?」


僕の背筋に、嫌な汗が流れた。

王命による捜索。それはつまり、勇者一行がこのベルンシュタイン領に「正解」を見つけにやってくることを意味している。


「……メイア。悪いけど、荷造りを手伝ってくれるかな。ちょっと、早めに夜逃げのシミュレーションをしておきたいんだ」

「アルファード様、まだお昼前ですよ?」


運命の歯車は、デブな僕の意思などお構いなしに、最悪の方向へと加速し始めていた。


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