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第四話:鉄壁の「おデブ」ムーブ


屋敷の広間は、朝から異様な熱気に包まれていた。

昨日、僕が森で助けた(つもりの)マーガレット嬢が、血相を変えて乗り込んできたからだ。


「お父様! 私を救ってくださったあのお方を、どうか探してください!」


……目の前で、僕の父親であるベルンシュタイン伯爵が困惑している。

僕はといえば、メイアの後ろに隠れて、これでもかと頬張ったクッキーをモグモグさせながら「へぇー、大変だねぇ」という顔を維持していた。


「アルファード、お前……昨日は何をしていた?」

「ふぇ? ぼく? ぼくは、おにわで、おはなを見てまちた」


口いっぱいにクッキーを詰め込み、あえて「無能なデブ」を演じる。

マーガレット嬢が僕を疑いの目で見つめるが、この「動ける樽」が神速の剣を振る撃ったなど、誰が信じるものか。


「……いいえ、そんなはずはありませんわ! あの力強い背中、迷いのない剣筋……! アルファード様、貴方ではないのですか!?」


彼女の瞳が潤み始める。ヒロインの涙。本来なら勇者がハンカチを差し出す名シーンだが、僕にとっては死亡フラグでしかない。


「ごめんね、マーガレット嬢。僕は剣なんて重いもの持てないよ。……ほら、これでお腹いっぱいになっちゃうし」


冷たく突き放す言葉。彼女はショックで顔を伏せ、ついにポロポロと涙をこぼしてしまった。

(……ごめん、本当にごめん。でも君が僕に惚れたら、勇者に僕が殺されるんだ。これくらいで諦めてくれ!)


「納得がいきませんな」


一歩前に出たのは、昨日僕がポーションを渡した護衛騎士だった。

「アルファード様。不躾ながら、手合わせをお願いしたい。貴方が『ただの無能』であれば、お嬢様も諦めがつくでしょう」


願ってもないチャンスだ。

僕はメイアの「……やりすぎないでくださいね」という冷ややかな視線を感じつつ、中庭へと向かった。


「はぁ、はぁ……重いなぁ、これ」


わざとらしく竹光を引きずり、構えすらデタラメ。

騎士が鋭く踏み込んでくる。

僕は、あえてその太刀筋に「自分から当たりに行く」ように転んだ。


「ぶふぉっ!」


無様に土を噛み、砂埃を舞い上げる。

一度も剣を振ることなく、ただ転がって「痛い、もう無理だよぅ」と泣き言を漏らす僕。

マーガレット嬢は絶望したような表情で、静かに立ち去っていった。


(ふぅ……。これで『ただのデブ』確定だ。完璧な負けっぷりだったな!)


屋敷を去る馬車の中。沈黙を守っていたマーガレットが、ぽつりと呟いた。


「……騎士団長。やっぱり、人違いだったのでしょうか。あんなに弱そうなアルファード様が……」


しかし、対峙した騎士の表情は、かつてないほどに険しかった。


「……お嬢様。あれこそが『傑物』です」

「え?」

「彼は私を相手に、自然を装って負けました。あの転び方、あのタイミング……すべてが私の攻撃を『最小限の動きでいなす』ための、極限まで練り上げられた回避行動でした」


騎士は震える拳を握りしめる。


「おそらく……あれは剣を極限まで極めた者の域。本気を出せば、私など瞬きする間に斬り伏せられていたでしょう。それほどの方があえて『無能』を演じている……」

「……なぜ、アルファード様はそんなことを?」


マーガレットの瞳に、絶望ではなく、別の「火」が灯った。

「私を遠ざけるために、あんなに醜い役を演じてまで守ろうとしてくださったの……?」


(勘違いの方向性が、致命的に斜め上を向いていることに、僕はまだ気づいていなかった)



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