第三話:これでも元・剣聖ですので
素材採取というのは、薬師にとって命がけのレジャーだ。
今日は「月光草」の根茎を手に入れるため、少しばかり屋敷の裏山……いや、魔物の棲む深い森に足を運んでいた。
バキバキと枝をなぎ倒し、僕の「餅ボディ」が藪を掻き分けていく。
すると、街道の方から悲鳴と、獣の濁った咆哮が聞こえてきた。
「……はぁ、またか。十一回も生きてると、エンカウント率の高さに嫌気がさすね」
そこでは、装飾の施された馬車が三体のゴブリンに囲まれていた。
この世界のゴブリンは、物語の雑魚キャラなんてレベルじゃない。繁殖期の彼らは狂暴で、獲物を見定めると執拗に襲いかかる。馬車の隙間から、震える令嬢のドレスの裾が見えた。
(……あ。そういえば今日、断り続けている婚約候補のマーガレット嬢が強行突破で顔合わせに来るとか言ってたっけ)
正直、関わりたくない。
関われば「勇者」という舞台装置が、僕を殺すための理由を探し始めるからだ。
でも、目の前で女の子が組み敷かれるのを見過ごせるほど、僕は擦れてはいない。
「……一瞬で終わらせよう。メイアが待ってるしね」
僕は腰に差していた、おもちゃのようななまくら刀を引き抜いた。
かつてのループで血を吐くような思いで習得した「剣聖」のスキル。肥大化した右腕が、最速の軌道を描く。
「馬車から出ないでくださいね。危ないですから」
ドシュッ、と空気が爆ぜる音がした。
一歩。たった一歩踏み込んだだけで、三体のゴブリンの首が同時に宙を舞う。
返り血を浴びないよう、太った体を器用にひねって残心を解く。鎧袖一触。今の僕にとって、ゴブリンなど道端の石ころをどけるようなものだ。
「ひっ……あ、貴方は……?」
馬車の御者台で腰を抜かしていた護衛の騎士が、信じられないものを見る目で僕を見つめる。
無理もない。森から現れた「巨大な樽」のような少年が、神速の剣で魔物を屠ったのだから。
「ぜひ、お礼を! お名前をお聞かせください!」
「名乗るほどの者じゃありません。……あ、これ。怪我人に飲ませてあげてください。じゃあ!」
僕は正体がバレる前に、全力の競歩(地響きがする)で森の奥へと消えた。
背後で「待ってください!」と叫ぶ騎士の声が聞こえたが、無視だ。
現場に残された騎士は、僕が手渡した小瓶を震える手で掲げた。
中には、濁り一つない、ダイヤモンドのように澄み切った透明な液体。
「……馬鹿な。この純度、王宮の筆頭魔導師が作る『最上級ポーション』すら霞んで見えるぞ……」
彼は、令嬢を狙っていたゴブリンを瞬殺した「謎の肥満体」の正体よりも、その手元に残された「神の雫」に戦慄していた。
一方、当の僕は屋敷の裏口からこっそり入り、メイアに「どこで転んだんですか、その泥汚れは!」と怒鳴られながら、大人しく着替えさせられていた。
「いやぁ、ちょっといい根っこが見つかってさ」
(まさか、あの令嬢が『自分を救った白馬の王子……ならぬ、白餅の騎士』を探して、ベルンシュタイン家に乗り込んでくるとは、この時の僕は夢にも思っていなかったんだ)
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