エピローグ:12回目の約束、黄金色の午後
カランコロン、と乾いたドアベルの音が響く。
そこは、辺境の村にひっそりと佇む、けれどどこか懐かしい香りのする小さな店だった。
アルファードは、自分の姿を鏡で見なくても分かっていた。
11回分の「お餅」のような肉体はどこへやら、今の彼は驚くほどスッキリとした身のこなしの青年だ。顔立ちも、かつての面影を残しながらも精悍で、その瞳には110年以上の時を旅してきた深い知性が宿っている。
店内に漂うのは、乾燥したハーブと、淹れたての紅茶、そして……焼きたてのクッキーの甘い匂い。
カウンターの奥で、一人の女性が背を向けて棚を整えていた。
その背中を見た瞬間、アルファードの胸は締め付けられるように熱くなった。
「いらっしゃいませ。……ふふ、ああ。やっといらっしゃいましたね」
彼女がゆっくりと振り返る。
そこには、かつてのメイド服でも、村娘の格好でもない、瑞々しい光を放つメイアがいた。
彼女もまた、重い記憶の枷から解き放たれたような、晴れやかな笑顔を浮かべている。
「どうです? 11回目は満喫なさいましたか、アルファード様」
その呼び声に、アルファードは一歩、また一歩と彼女に近づき、震える手でカウンターを掴んだ。
「……ああ、色々あったけど、幸せだったよ。皆に囲まれて、賑やかで、平和だった。でも、満喫はできなかった。……ただ、君が、いなかったから」
メイアの瞳が潤み、黄金色の西日が彼女の頬を優しく照らす。
10回の絶望と、1回の切ない別れ。そのすべてが、この瞬間のためにあったのだと彼は確信する。
「では、今世こそは満喫なさいませ、アルファード様。……今度は、私がずっとお傍にいます。死が二人を分かつまで、いいえ、分かったとしても、また追いかけますから」
メイアはカウンター越しに、かつてと同じ、けれど少しだけ違う熱を持つ手を差し出した。
「おかえりなさい、私のアルファード様」
「ただいま、メイア。……僕の、たった一人の正解」
12回目の世界。
そこにはもう、死ぬべき悪役も、歪んだ勇者も、逃げるべきシナリオも存在しない。
ただ、一人の青年と一人の女性が、美味しいお茶を淹れ、時折お腹の肉(※今世はこれからつく予定)を気にしながら、のんびりと暮らしていく未来だけが広がっていた。
店の窓の外には、雲ひとつない青空がどこまでも続いていた。




