第十六話:辺境の防衛戦と、もう一人の救世主
「爵位も、領地も、僕には必要ありません! 僕はただ、家族と平穏に暮らせる小さな家があればそれでいいんです!」
王の間で必死に固辞する僕。しかし、運命(あるいはシナリオ補正)は僕の「隠居計画」を、別の方向から強制的に進行させた。
突如舞い込んだ報せ――。
隣国の軍勢が国境を侵犯。その場所こそ、王が僕に与えようとしていた、あの「隠居予定の村」を含む辺境の地だった。
「僕の……僕の夢が、蹂躙される……!?」
僕は怒りに燃えた。
いや、愛国心ではない。僕が十一回のループでようやく見つけた「終の棲家候補」に泥を塗る奴は、誰であれ許さない。
こうして僕は、新設された辺境軍の「医務官」として従軍することになった。
戦場に響く兵士たちの声は、僕の予想とは大きく異なっていた。
「おい、聞いたか! 今回はアルファード様が同行されるそうだ!」
「なんだって!? じゃあ、手足の一本くらい吹っ飛んでも死なねえってことか!」
「アルファード様のポーションさえあれば、俺たちは無敵だ! 突っ込めー!」
……なぜか、僕がいるだけで士気が天を衝いている。
数は劣勢のはずなのに、兵士たちは「全自動蘇生機能付き軍隊」のようなノリで、死を恐れずに突き進んでいく。僕は後方でひたすら、大釜を振るって特級ポーションを量産し続けることになった。
そしてこの戦い、かつての勇者カイルにとっても大きな転機となった。
彼は汚名返上のため、まさに八面六臂の活躍を見せた。剣を振るい、敵陣を切り裂くその姿は、一瞬だけ本来の「ゲームの主人公」の輝きを取り戻したかのように見えた。
しかし、戦い終わって王への報告書に記された評価は「プラマイゼロ」。
これまでの不祥事が多すぎて、いくら戦功を上げてもソフィア王女との縁談など夢のまた夢。
「ちくしょう……結局、僕は何をしても報われないのか……」
野営地で肩を落とすカイル。その背中に、凄まじい衝撃が走った。
「何? あんた、私だと不満なわけ!?」
学園祭で彼を引きずり回したあの女子生徒、クラリスがそこにいた。
彼女は騎士団副団長の娘という輝かしい家柄でありながら、戦場でもカイルの暴走を(物理的に)抑え、僕の元に運ばれてくる怪我人の搬送を仕切り、落ち込むカイルを叱咤激励し、尻を叩きで導き続けてきた。
「全く、あんたは私だけを見てればいいのよ! あんたみたいな馬鹿、私が見ててあげなきゃ、明日には溝に落ちて死んでるわ!」
「えっと、クラリス……それって……」
「もう、何言わせるのよ、ばか!」
バチィィィィン!!
カイルの頬に、本日最大の致命傷(平手打ち)が刻まれた。
……この瞬間、彼を縛り付けていた「勇者の呪縛(ヒロインへの執着)」は、クラリスの愛の重みによって完全に粉砕されたのである。
のちにカイルはクラリスと結婚し、一男九女という、ある意味勇者時代よりも過酷で幸せな「ハーレム(家族)」を築くことになるのだが、それはまた後の話。
そして、平和な朝
戦いは終わり、隣国は「あの国の兵士は斬っても斬っても即座に再生する。死神の軍勢だ」と恐れをなして撤退していった。
結局、僕は「辺境の守護者」として、半ば強制的にあの村を含む一帯の領主(辺境伯)に任命されてしまった。
「……メイア。結局、隠居はできなかったね」
「いいえ、アルファード様。しかし、この村がまるごと貴方の庭になったのですから、ある意味究極の隠居ではありませんか?」
メイアは優しく笑い、僕のお餅のようなお腹をポン、と叩いた。
「さぁ、アルファード辺境伯。領民の皆さんが、お披露目のための新しいケーキを焼いて待っていますよ」
僕は溜息をつき、けれど少しだけ晴れやかな気分で、自分の領地(隠居先)の道を歩き出す。
十一回目の転生。
悪役でも、勇者でもない。僕はただの「お腹の出た、村の薬屋さん」として、今度こそ長く、穏やかな時間を過ごしていくのだ。
完(……かな?)




