閑話:いつか、辿り着くかもしれない景色
辺境の小さな村の朝は早い。
霧が立ち込める森の境界線、そこに一軒の慎ましやかな薬屋がある。
「アルフさん、おはよう! また昨日の薬、分けてくれよ。あれのおかげで、もげかけた指が繋がったんだ」
朝一番にやってきた強面のハンターが、カウンターに数枚の銅貨を置く。
店主のアルフは、はち切れんばかりの丸いお腹をさすりながら、のんびりと笑った。
「おはようございます。指、無事でよかったですね。でも、次はもう少し無茶を控えてくださいよ? 薬も万能じゃないんですから」
彼の隣では、凛とした美しさを持つメイド服……ではない、村娘の格好をしたメイアが手際よく薬瓶を並べている。
「そうですよ。この人が夜中にこっそり森へ『素材採取』に行かなければならないのですから」
「ははは……メイア、それは内緒だよ」
村の噂では、この店主はただのデブではないと言われている。
ある者は、森の深部で巨躯のワイバーンを素手で叩き落とす「動ける樽」を見たと言い、ある者は、伝説のコッカトリスをフライパン一つで仕留める「黄金の魔力」を見たと言う。
けれど、本人はいつも「見間違いじゃないですか?」と、お餅のような頬を揺らしてとぼけるばかりだ。
店の奥から、パタパタと小さな足音が聞こえてきた。
「パパ、ママ、おはよう!」
寝癖のついた髪を揺らして飛び出してきたのは、二人の間に生まれた小さな女の子ミアだ。
「おはよう、ミア。今日は一段とお寝坊さんだね」
「うん、ミア、ゆめをみたんだよ」
メイアに抱き上げられながら、ミアは幸せそうに目を細めて言った。
「んとね、パパがママや、他にも他にも……いーっぱい綺麗な女の人たちと一緒に笑ってる夢」
「「……えっ?」」
アルフの頬が引き攣る。
他のお姉さんたち。かつてのループで自分を殺そうとしたり、あるいは今世で自分を「責任」の二文字で追い回したりしている、あの賑やかすぎる女性たちの顔が脳裏をよぎる。
「……そっか。みんな、笑ってたかい?」
「うん! みんなですっごく大きなパーティーしてたの!」
「そっか……。それは、いい夢だね」
アルフはメイアと顔を見合わせ、苦笑いした。
もしも、あの「シナリオ」という名の荒波を乗り越え、誰一人欠けることなく、勇者の野望も魔王の影もすべてをポーションで溶かした先に、そんな未来があるのだとしたら。
今はまだ、学園という名の騒乱の中にいるけれど。
いつか、この静かな村で、愛する家族と共にお餅のようなお腹を叩いて笑い合える日まで。
「さあ、ミア。朝ごはんのあとは、新しいキャンディの試食をしようか。、とっても甘いよ」
これは、十回の絶望を超えた「悪役令息」が、いつか掴み取るかもしれない、黄金色のポーションよりも輝く未来の物語。




