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3.9.02 - 渡し人


 目を開ける。


 最初に感じたのは、暗闇の圧迫感。



 ここは、いったい……


 どういう空間なんだ。



 床はあるが、天井が無い。

 上にあるのは真っ黒な闇。


 床だけがうっすらと青白く光る。


 前にも横にも壁が無い。

 視界にあるのは、遠くまで続き、薄くなっていく青白い床。


 床だけが青白く光る暗闇に、ぽつんと立っていた。



 もう一度ゆっくりと辺りを見渡す。


 すると、ひとつだけ。

 豆粒のような小さな白い光。

 暗幕についた塵のような点。


 手を伸ばしても、届かない。触れられない。

 おそらく、遙か遠くの光。




 オレは、その光りに向かって歩いた。

 他にあてがない。


 ずっと歩いた。

 何百メートル、もしかしたらそれ以上。

 歩き続けた。


 やがて、光が、だんだんと大きくなる。


 豆粒のようだった光が、障子に透かしたヘッドライトのような大きさになっていく。

 近づいても眩しくはない。


 その、ぼんやりとした大きな淡い光の中。


 そこに1人の男が立っていた。


 上半身は、真っ白の道衣。

 下半身は、床まで垂れた紺色の袴。

 帯に差しているのは、打刀。



 その男は、微動だにせず、オレを見ていた。


 そのまま男に近づく。

 あと10歩というところまで。


 そこで、オレは立ち止まった。


 男の顔には、見覚えがある。

 微かな記憶だ。


 オレがまだ小学生だった頃。

 未希が、幸せそうに笑っていた頃。



 田心啓介。



 10年前に死んだ、未希の父親。



 さらに2歩、近付く。

 男が右足をすり出し、左手を鍔に掛けた。


 それだけだ。

 たったそれだけの所作だ。


 その瞬間に男から放たれた、殺気と威圧。


 言葉も無ければ、音もない。

 それでも分かる。明白だ。


 それ以上近づいたら斬る。

 これ以上先は死地。


 尋常な空気ではなかった。

 剣の道を知らぬオレでもわかる。


 達人の所作。



 対峙して、浮かぶ推測。

 考えたくもない推理。


 おやしろにあった錆びた打刀、大量の竹刀。

 100倍圧縮の世界。


 田心啓介は、常人を遙かに超えた修行を続けていたのではないか。



 オレは、腰の剣。

 サンダーソニアに手を掛ける。


 そして、引き抜く。

 細い輝く両刃の西洋剣。


 すると啓介も、鞘を引き出し右手で刀を抜く。


 そして、正眼に構える。


 構えたまま、また動きを止める。

 その回りの空気すらも止めたかのように。


 オレも剣を構える。

 啓介と同じように、正眼で。



 そのままオレ達は静止した。


 何秒、何十秒。さらに数分。



 未希……


 これを乗り越えろというのか?

 おまえを助けた未来のオレは、この男に勝ったのか……


 ここで死んだら、オレはどうなる?

 未希は消えるのか?


 未希の父がそれを阻むのか?



 オレ達は、動かなかった。 

 啓介は、オレが動くのを待っている。

 だが、オレは動けない。

 どこも動かせない。

 動くきっかけがないのだ。


 だれか教えてくれ。


 この達人に立ち向かう方法を……



 ……うんとね


 ……つま先を鍛えて

 ……誘い出して

 ……突っ込め……だって…



 思い出したのは、病院から電話を掛けてきた未希の言葉。


 つま先なんて、鍛えていない……


 どうやらオレは、未希の言葉。

 未来のオレからの伝言を、無駄にしてしまったようだ。



 『誘い出して』

 『突っ込め』


 それだけなら、できる……

 かもしれない……



 考えろ。

 予測しろ。


 相手を出し抜け。



 すり足で、近づく。

 間合いまで、あと半歩。


 剣先を、少し左に寄せてみる。

 だが、啓介は全く動かない。


 せめて足の指はと、視界の下を意識したが、袴の裾で隠れていた。



 オレが右脚のつま先に、力をいれる。

 すると、啓介が僅かに反応した。


 刀の先が、ゆらりと右にぶれる。



 文字通り、一挙手一投足。

 目線、指の動き、筋肉の歪み、空気の揺れまで、オレは観察されている。



 分からない……


 啓介には、オレのコンマ数秒先の未来が見えている。


 だが、オレにはまったく見えない。分からない。


 脇汗が、横腹を伝って流れ落ちていく。

 グリップを握る腕にも、汗が滲む。



 相手が待っている以上、オレが仕掛けなくてはならない。


 だから、仕掛ける。

 まずは言葉だ。


「啓介さん? オレです。総司です……」


 啓介は、なにも答えない。

 微動だにしない。


「未希に呼ばれています。そこを通してくれませんか?」


 空気すらも動かない。


 これは、ガーディアン。

 プレイヤーを模したNPCだと、未希が言っていた。


 目の前の田心啓介には、心は無いのか?

 剣技で打ち勝つしか、方法は無いのか?



 すり足で、さらに寄る。

 腕を伸ばせば、剣先が触れる距離。


 オレが仕掛けなくてはならない。


 剣先を少し左に傾けたが、啓介は動かない。


 こんなのではダメだ。

 重心を変えるくらいの、看過できないフェイントが必要だ。


 狙いを定める。


 小手だ。右から小手を狙おう。

 それを払いに来た刀を弾き飛ばし、左の肩から斬り下ろす。


 狙いを決めて、右のつま先に力を込める。

 剣先は右斜め上に。

 啓介が払いに来たら……弾き飛ばし……


 オレは、右脚を前に出した。


 そして……



 それで終わった……



 オレの左胸。



 切っ先が、深く突き刺さっていた。

 だが、それすらも一瞬のことだった。

 左胸の痛みも感じぬうちに、啓介は刀を引き抜く。

 そして、左脚を踏み込み、オレの腹を撫いだ。


 オレはまるで、時代劇のやられ役のように、その場で前のめりに崩れた。



 まだ意識はハッキリしている。

 だが、カラダが動かない。


 啓介はオレを見下ろして、お手本のように刀の血を払う。


 懐から紙のようなものを出すと、刀に残った血を拭き取った。


 衣にも、袴にも、返り血はまったく付いていない。




 ああ…

 イナムラ爺さんが言ってたな……


 渡し人様。



 かっこいいなぁ……




 意識が途切れ始める。


 痛みは無い。

 だが、カラダが動かない。



 薄れゆく意識の中で思い浮かぶのは、未希だった。



 だめだ……意識が……


 目を開けているのに、色が褪せていく。



 最後に聞こえた音。



 「カチん」と……



 それだけ。



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