3.7.02
買い物を終えると、夕方だった。
ニット帽と、ダテ眼鏡。
シャツが3枚。カーゴパンツを1本。そして、薄手の革手袋。
今回の仕事が終わったら、全部捨てる。
文庫本は買わなかった。行くときでいいだろう。
まゆからメッセージ。
『夕方にしてっていったのに』
ニフィル・ロードへ、午前中にログインしたことを怒っているようだ。
『明日は、夕方にログインする』
『どこかに、ログイン用の秘密基地とか、借りられないの』
『無茶いうな』
『明日は何時にログインする?』
『16時以降だな』
『作戦会議する』
なんの作戦だ……
まぁ、いいだろう。
少し聞きたいこともある。
『わかったよ』
『じゃまた明日』
街を適当にぶらついて時間を潰し、定食屋で夕食を済ませてから、アパートに戻る。
やることが無いので、とっとと寝る。
翌日。
小雨がぱらつく。
仕事へいくのでログインデバイスは、冷蔵庫に入れたまま。
昼過ぎにアパートを出て、電車で仕事場の病院へ向かった。
病院までは少し遠い。
電車で、1時間以上。
駅前の本屋に寄って、文庫本を買い、紙袋に入れてもらう。
さらに駅から、タクシーで数分。
病院に到着したのは14時過ぎだった。
眼鏡を掛け、ニット帽を被る。
シャツも、カーゴパンツも新品だ。
それと、薄手の革手袋を嵌めておく。
白未川病院は、初めて来る病院だった。
案内板を辿って受付へ行き、手続きをする。
偽名も、住所も暗記した。
続柄は「いとこ」だ。
見舞い品は、本と写真。
最後に、偽の免許証を見せ終わると、カードホルダーを渡された。
怪しまれる要素は皆無だ。
エレベーターで5階へ。
505号室を探す。
すると、部屋の前に先客。
姿勢の良い紺色のビジネススーツを着た女性が立っていた。
オレは、階を間違えたフリをして通路の反対にある階段へ。
1つ下の階まで降りて、エレベーターを呼ぶ。
1階に戻る。
そして、エレベータが見える位置の長椅子に座った。
おいおい……
あれは、どうみても……
他の面会者とは、そういう連中かよ。
簡単な仕事では無かったようだ。
待つこと数分。
灰色の背広を着た男と一緒に、先ほどの女性がエレベータ―から出てくる。
早歩きで受付には寄らず、会話もなく病院を出て行った。
さらに数分待つ。
そして、エレベーターに乗って、再び5階へ。
病室の前に立ち、耳を澄ませる。
話し声は聞こえてこない。
盗聴器も考慮したセリフに組み立てなおす。
オレは病室の扉をノックした。
「どうぞ」
引き戸を開けて病室へ。
広さは、6畳くらいだろうか。
半分引かれたカーテンの奥に窓と、ベッド。
「こんにちは、栄次郎さん。お見舞いにきました」
小太りの男だった。
頭頂部がうっすらとハゲていて、目じりの皺も濃い。
典型的な、中年のオッサンだ。
吉村栄次郎は「だれだ?」という顔をしている。
「えっと、警察の方? ですか?」
「やだなぁ、僕ですよ。忘れちゃったんですか?」
オレは、紙袋から文庫本と公園の写真を出し、吉村に手渡した。
「これは……?」
「退屈だと思いまして。僕のオススメを持ってきました」
写真を見た吉村の顔色が変わる。
さっきまでの表情が、ふっと消えた。
口を開けて、何かを言いかけたまま、止まっている。
「用事があるので、今日はこれで。
また来週、お伺いします」
最後に、そう告げて、病室を出た。
受付に戻り、カードホルダーを返却する。
今日の仕事はこれで終わりだ。
病院を出てから、念のため、雇用主にメッセージをする。
『担当さんが面会に来ていました。継続の判断をお願いします』
ロータリーで、停車していたタクシーに乗り、駅までと告げる。
走り出すと、雇用主から返信。
『継続だ。スーツはあるか?』
『ありません』
『明日の昼までに送る。明日は受付せずに、スーツを着て病室へ直行しろ』
『わかりました』
やりとりしたメッセージを消去する。
雨が少し強くなっていた。




