3.4.06
駅を出て、実家へと歩く。
まゆが寄りたいというので、途中のコンビニに立ち寄った。
オレは店の外でタバコに火を点ける。
1本吸い終わるころに、コンビニ袋を下げたまゆが、店から出てきた。
灰皿でタバコをもみ消し、まゆに近づく。
「……タバコくさい」
フードを被ったまゆの頭がのけ反る。
歩きながら、前回のログインで発見した「おやしろ」のことを、まゆに話した。
「……総司が、今ログインしている場所は、メモリア・ノードだよね。そこは、ログインデバイスの所有者だけの世界」
「おやしろというのは、どういう存在なんだ」
「たぶん、前のプレイヤーの家? おやしろって名前なのは、総司のメモリアだけだじゃないかな」
「他は何て呼ばれてる?」
「……わたしが知るわけないでしょ。みきさんなら、たぶん自分のメモリアのこと知ってる」
家の前に着くと、まゆはフードを降ろした。
黒髪から仄かなシャンプーの香りが混じった汗の匂いが溢れだした。
呼び鈴を押すと、玄関から母親が出てくる。
「あらいらっしゃい、まゆちゃん。総司もおかえり」
「……こんにちわ」
まゆが、挨拶したようだが、隣にいるオレでも微かな声だった。
「未希は?」
「部屋にいるわよ。よかったわ。帰ってきてくれて」
母に促されて、玄関へ。
靴を脱いで、階段を昇る。
未希の部屋のドアは閉じられている。
ドアをノックして声をかける。
「未希。起きてるか?」
「うん。起きてる。開けていいよ」
未希の声。
ドアを開けると、まゆが、オレを押しのけて部屋に踏み込んだ。
「みきさん、みて。お菓子買ってきた」
「やったぁ。まゆさんありがとー」
遊びに来たんじゃない……のはオレだけか。
未希は、ベッドから出ようとしているところだった。
白いトレーナーの上下を着ている。
まゆが、人が変わったように、ハキハキと喋っている。
ドアは、開けておくことにした。
母親が、お茶を運んでくるだろう。
「ログインデバイスは、二つともオレが預かっているが、かまわないか?」
「うん。おにいちゃんに助けてもらうまで、私も使えないみたいだし」
「須藤明美とは連絡とれたか?」
「うん。すごい良い人。こんどお茶する約束した」
オレには、お嬢様の皮を被った、やり手のオンナにしか見えなかったが。
まぁいい。
適当に腰を下ろし、しばらく未希とまゆとの、どうでも良い会話に耳を傾けた。
ふたりは、コンビニ袋から菓子袋を出して、食べ始めている。
階段を昇って来る足音。
母親が、ドア口に立った。
お盆にカップが3つと、クッキーの皿。
「あらー、まゆちゃんおやつ買ってきてくれたの? ありがとう」
オレは、立ち上がってお盆を受け取る。
「じゃね」
と言って、母親は階段の下へと消えた。
ドアを閉めて、お盆を床に降ろす。
ふたりの雑談が始まる前に、オレは目的の会話を始めた。
「未希、まずは、助けられた場所のことを詳しく教えてくれ」
「エレメント・ノードのわたしのおうち」
「そこには、どうやって行けばいい?」
「うん。えっとね、記憶の回廊を探して、そこを通れば行けるよ」
「記憶の回廊はどこにある?」
「う~んと……記憶の中?」
まゆが、興味深そうに聞いている。
オレには意味がわからない。
「どうやって記憶の中にいけばいい」
「回廊のことを覚えている住人を3人集めるの。そこでデバイスを出せば、回廊への道が開くよ」
まて……
集める? 3人も?
「未希、おまえはどうやって、あんなに危険な場所で生きていけたんだ?」
「危険……? たしかに、街の外に出ると危険だよね」
街……?
「村じゃないのか?」
「みきがログインするところは、街だよ? お店屋さんもいっぱい。お花屋さんとか、果物屋さんとか」
オレが死ぬ思いで辿り着いた村には、床屋と居酒屋しかなかったぞ……
「回廊のことを覚えてる人も、街にたくさんいたから、すぐ行けた」
「まゆ」
「ん?」
まゆは、口にチョコを咥えている。
「解説してくれ」
「……んん」
「まず……メモリア・ノードについてはわかった?」
「ログインする最初の場所だよな」
「……そう。合ってる。でもね。
総司と、みきさんのログインするメモリアは違う。
総司は、なにもないけど盗賊がうろつく平原スタートのメモリア。
みきさんは、安全な街スタートのメモリア」
「みきのメモリアはね、街の人たちが、すごく親切にしてくれた」
力が抜けていく。
ニフィル・ロードでの地獄の日々は、前のプレイヤーが残した遺産だというのか。
いったいそれは、どういう試練だ。
スナック菓子を抱える未希が言葉を続けた。
「あ、それとね、おにいちゃん」
「なんだ」
「エレメント・ノードは、4つの中から選ぶの」
「ああ、そんな話も、まゆから聞いたな」
「同じエレメントを選ばないと、みきのおうちには、行けないからね」
「どのエレメントを選べばいい?」
「えーと…………」
「忘れたのか」
まゆが、菓子を運ぶ手を止めた。
「……6ヶ月前だと……圧縮される記憶の感覚は50年近く前。忘れてても普通」
「だいじょうぶだよ。みきね、日記付けてるから」
未希は立ち上がり、クローゼットを開ける。
ごそごそと、1冊のノートを取り出した。
「あれ……?」
「どうした」
「だれかこれ触った? あ、もしかして……おにいちゃん、これ見た?」
行方不明になった日の朝。
オレは、この部屋に来て、あのノートを見た。
「すまん。ちょっと見た」
未希の顔が赤くなる。
「おにいちゃん……見ても、見たっていわないでほしかった……」
未希が後ろを向いて、ノートをめくっている。
どうしろって言うんだ。
「あ、まゆさんは、見てもいいよ」
「やった」
オレは、情報をまとめる。
オレが最後にログアウトしてきたのはメモリアだ。
未希を探すには、そのメモリアで、記憶の回廊を呼び出し、エレメント・ノードへ行く必要があるということ。
そのために、記憶の回廊の姿を知る住人を3人集める。
ムリだろ?
だって、オレのメモリアは……
最後に記憶の回廊が出現したのは、もう50年以上前ということになる。
つまり、50歳以上の人物を探さなくてはならない。
記憶の回廊のことを覚えている老人を、あの死と隣り合わせのメモリアで探せというのか?
冗談だろ……?




